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【読書感想】テニスプロはつらいよ~世界を飛び、超格差社会を闘う~ ☆☆☆☆☆

テニスプロはつらいよ 世界を飛び、超格差社会を闘う (光文社新書)

テニスプロはつらいよ 世界を飛び、超格差社会を闘う (光文社新書)


Kindle版もあります。

内容紹介
「大事なのは、自分にとって人生のチャンピオンになること!」――松岡修造/プロ7年目、最高ランクは259位――プロテニスプレイヤー関口周一の闘いを軸に、その苛酷さ、競争の仕組みを、「テニスジャーナル」元編集長が丹念な取材で描く。テニスファン、「テニス親」必読!


 僕自身はテニスが大好き、というわけではないし、僕の子どもも、テニスプロなんて進路は考えたこともないと思います。
 日本人の現役プロテニスプレイヤーで、すぐに名前が思い浮かぶのは、錦織圭選手だけ。
 そんな僕にも、というか、そんな僕だからこそ、この新書はものすごく面白く読めました。
 テニスファンにとっては「常識」であるはずの世界ランキングの仕組みやポイント制度など、僕はまったく理解できていなくて、とりあえず「錦織が活躍したら世界ランクが上がり、大きな試合ですぐに負けてしまうとランクが下がる」というくらいの認識しかなくて。
 この新書、関口周一さんという、日本でだいたい10番目くらいのプロテニス選手の「テニス人生」を紹介しながら、どうやってテニス好きの子どもが「プロ」になっていくのか、そして、プロテニス界で生きていくということの厳しさが語られているのです。


 2014年、錦織圭選手は全米オープンで準優勝し、続く楽天ジャパンオープンで、第4シードから優勝しました。

 その楽天ジャパンオープンに出場した日本人選手の中に関口周一の名前もあった。と言っても錦織と同じ舞台ではない。2回勝ってようやく本戦への権利を獲得できる「予選」という裏舞台。関口は予選の1回戦で敗れた。関口の名前が本戦のトーナメント表に載ることはなかった。ほとんどのテニスファンは、当時ランキング440位の関口がこの大会に出場したことさえ知らなかったと思う。
 錦織は楽天ジャパンオープンの優勝で30万ドル(約3300万円、1ドル=110円で計算、以下同)の賞金を獲得した。いっぽう予選1回戦で敗れた関口が手にしたのは550ドル(約6万円)。錦織の540分の1だった。
 もし、関口が予選を突破していれば8850ドルの賞金があった。そして本戦で勝ち上がればその8850ドルの賞金は倍々で増えていく。これがテニスプロの現実だ。強くなければ注目も集められないし報酬も得られない。テニスプロの世界は苛酷な競争社会でもあるのだ。

 
 プロなんだから、そう簡単なものではないとは思っていたけれど、ここまで極端な「格差」があるのか……
 新聞の片隅にしか載らない、「全英オープンウインブルドン」の本戦の1回戦で負ける選手でさえ、プロテニスの世界では、「ごくひとにぎりのエリート」なんですね。
 選手間の格差も大きいし、おなじ「試合」でも、大会によって、ものすごい格差があるのです。
 

 テニス界では「世界ランキングで100位になれば食べていける」と言われている。100位=100人は、単純に言えば、グランドスラム大会に予選なしに出場できる選手数だ。
 グランドスラムは、全豪(メルボルン)、全仏(パリ)、全英(ロンドン)、全米(ニューヨーク)の4大会のことを指す。歴史と格式があって賞金額も抜群に高い。いまでは、すべての大会が日本でも生中継されるようになったので、その認知度は高いと思う。この4大会は本戦に出場するだけで約400万円の賞金が用意されている。つまり、4つの大会に出場することができれば、すべて1回戦負けだったとしても約1600万円の賞金をゲットできるということ。これならテニスで食っていける。そのために必要なのが世界100位のポジションなのだ。
 しかし、逆に言えば、「100位に届かなければグランドスラム大会への出場は大変」ということもできる。ダイレクトに本戦入りする選手は100人。それ以下の選手は厳しい予選で3回勝たなければ本戦に入れない。だから、選手たちは100位を目標に1年中世界中を飛び回っているのだ。

 
 日本でテレビによくうつっているのは、世界トップ10の選手くらいです。
 100位くらいなら……と思ってしまうのですが、この本を読んでみると、日本ではトップクラスの関口選手でさえも、世界では300〜500位というポジションから、なかなか抜け出せないのです。
 世界100位以内に入れれば、4大大会の本戦に出場するだけで、1600万円の収入。
 でも、最もランクが低い大会では、優勝賞金でさえ、1400ドル(15万円)程度なのです(1回戦負けなら賞金なし)。
 このクラスの選手たちは、賞金というより、自分のランクを上げるポイントを獲るために、世界中を飛び回っています。
 そうやって獲得したポイントも1年経てばリセットされてしまう。
 旅費や滞在費、用具代もかなりかかりますし、トレーナーを帯同すれば、もっと費用がかかる。
 ある意味、上に行けば行くほど、さらに自分を磨くためにお金を遣える環境にはなるのです。
 大会を開催する側も、「客を呼べるスタープレイヤー」を優遇します。
 その分、プレッシャーも大きくなっていくのですけどね。

 国際テニス連盟(ITF)の委託でキングストン大学(イギリス)が行なった調査によると、ランキング250位から500位の選手たちの年間ツアー賞金は平均1万1200ポンド(約190万円)、いっぽう、年間経費は平均2万7100ポンド(約460万円)だったとの報告がある。また、試合出場コストと賞金の収支がトントンになるのは、男子がランキング336位で、女子がランキング253位だったそうだ。
 2016年の全豪オープン前に「テニスの八百長」に関するニュースが話題になったが、八百長を行なっていると噂されたのはランキンングが高くない選手たち。年間500万円の経費がかかる選手に「この試合に負けてくれれば300万円」……そんな悪魔の誘惑があれば心が揺れてもおかしくない。


 錦織圭選手は、2015年の獲得賞金額だけで3億4650万円。
 その何倍ものスポンサー契約料も手に入れています。
 日本人選手の賞金獲得額ランキング9位の関口選手は、獲得賞金1万4849ドル(約170万円)。
 遠征時は少しでも安いチケットを探し、ホテルの部屋は似たような境遇の選手とシェア。 
 年齢的にも20代半ばの関口選手は、かなり厳しい状況にあるのです。


 関口選手は、これまでの人生をテニスに捧げてきた、と言っても過言ではありません。

 中学2年生からは試合や遠征が増えたこともあって、中間試験も期末試験も一度も受けていない。成績を評価しようがないから通知表はいつも空欄だった。
「周一はテニスの子でした。器用な子どもなら学校とテニスの両立もあったと思いますが、周一はつねにテニス100%。両立が無理なことは私たちがいちばんわかっていました。それに、あれだけ試合や遠征があると必然的に授業は疎かになってしまいます。テニスが強くなった子どもを持っているご家庭ならわかると思いますが、『テニスも学校も頑張れ』とは言えないのが現実でした」


 ここまでやっても、錦織圭になれるのは、ごくごく一握りの選手だけなのです。
 用具代や遠征費、テニススクール(+特別レッスン)は、家計に重くのしかかります。
 成功が保証されている世界ではない。
 とはいえ、挑戦しなければ、可能性そのものがなくなってしまう。
 

 テニス界の「現実」と、「そこで突き抜けることができない人たちの葛藤」が伝わってくる良書でした。
 錦織圭になれない「天才」たち、か……

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