琥珀色の戯言

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【読書感想】漂うままに島に着き ☆☆☆☆

漂うままに島に着き

漂うままに島に着き

内容紹介
乳がん治療の果てに、
離婚をし、一人暮らしを始めた著者。
しかし、
東京のせまいマンション暮らしが我慢できなくなり、
地方移住を検討し始める。
香川県の小豆島に移住を決め、
引っ越しを終えてからの折々の心境の変化をつづった
地方移住顛末記。


 瀬戸内海の小豆島に移住を決意した作者が、物件探しから、移住の手はずを整え、実際に生活してみて感じたことまでが欠かれているエッセイ集です。
 著者は僕より少し年上だけれど、ある程度年を重ねてきて、シンプルな暮らしをしたくなった、という心境はなんとなくわかるような気がします。
 その一方で、僕は内澤さんの「自分のことは、自分で決める。他人には左右されない」という強さみたいなものに惹かれるのと同時に、圧倒されるところも大きかったんですよね。

 すっからかんの、何もない、静かな部屋で暮らしたい。癌を抑えるためのホルモン療法中に起きた副作用をきっかけとして、狭い場所や騒音が苦手となり、自分の居住空間のゆとり部分を広げるべく、蔵書を半分以上処分し、仕事で描いてきたイラスト原画や収集してきた古書も手放した。別居を経て離婚して配偶者に去っていただき、その他生活夾雑物をどんどん捨てまくって仕事部屋と住居を兼ねた新しい部屋に移ったのが2012年5月のこと。


 乳がんの治療、そして離婚。島への移住。
 病気をきっかけに、いろんなものの「好み」が変わり、どんどん「自分らしく生きる」ことに妥協しなくなっていく内澤さん。
 離婚してしまった夫は、どんなふうにその変化をみていたのだろうか?
 なんだか、取り残されてしまったような気分だったのではないかなあ。

 自然豊かな場所に住みたいとは、以前から漠然と思っていた。しかしそれはもうすこし先のこととして想定いていた。40代から50代の前半までは、都内でみっちり働くつもりだった。しかしいつのまにか都内にいなくても、その気になれば海外からだって原稿を、いやイラストだって送ることができるようになっている。
 介護が必要な親がいたり、転校を嫌がる思春期の娘や息子がいたり、都内に勤め先を持つ配偶者がいるというならば、また話は別。だが、幸か不幸かその手のしがらみも今のところ一切ない。暮らしやすい場所に移住して、やりたいように仕事をする方が、どう考えても自分にとってはいいように思えた。


 うーむ、こういう「しがらみのない状況」だから移住ができた、というのはあると思うんですよ。
 ただ、「しがらみ」なんていうのは、けっこう、自分の思い込みでつくってしまいがちのものでもあり。
 僕自身は、都心のような大都会、つねに電車で移動しなければならないようなところに住むのは気詰まりだなあ、と思うのですが、その一方で、近所にコンビニとかTSUTAYAとかある程度大きな書店とかがないとイヤでもあるので、今の地方都市暮らしがちょうどいいのかもしれません。
 内澤さんくらい生活力があって、日常を大事にできる人なら、島での生活を充実させられるのだろうけれど。


 このエッセイを読んでいると、小豆島での生活というのは、僕がイメージしていたような「田舎の閉塞感」とは違っているところと、やはり、ある程度は「コミュニケーション能力」が求められるところがある、ということがわかります。
 そして、島に憧れて移住してきて、ずっと住み続ける人もいれば、すぐに現実と理想とのギャップに気づいて、去っていく人もいる。
 

 東京では、どうしても相手をハッと喜ばせなければならない場合は、花を買って持っていくことにしていた。本気を出すときには自分で一本ずつセレクトして長さもパッケージも指定する。ガサツなりに考えた末のこと。
 しかし島では美味しいお菓子であっても、買ったものはそれほど喜ばれない。困った顔をしてそんなに気を使わんでもええから、と言われてしまう。
 むしろ自分で作ったおかずとか、山や海や畑で獲れた何かなどのお金で買えないものの方が、さっくり貰ってくださるのだった。タッパに入れたおかずでも、少しの野菜でも、見栄えの良し悪しもあんまり関係ない。ちょっと曲がっているけど、小さいけど、で大丈夫。おすそわけが当たり前。地元の人も移住の人も。
 最初のうちはちょっと戸惑ったし、あげるよりも、貰うことの方が圧倒的に多くなってしまうため、申し訳ない気持ちもあった。しかし「食べ助け」という言葉を教えてもらい、より気楽に貰えるようになった。獲れ過ぎたもの、作りすぎたものを食べて助ける。無駄にするよりはいいから。とてもいい言葉だ。


 ああ、こういう雰囲気なんだなあ、ということがよくわかる文章です。
 こういう生活もいいなあ、というのと、お土産は買ってきたほうが、かえってラクかもしれないなあ、というのと。
 島での日常は、自分で事業を起こしたりするのでなければあまりお金はかからないけれど、何とやるのにも、ひとりだと、時間がかかります。


 内澤さんの場合は、これまで通り、原稿やイラストで生計を立てておられるので、小豆島で仕事を探したり、現地の人と一緒に働いたり、ということはありません。
 作家や自宅で仕事を受けるIT系など、どこにいてもできる仕事をやっている人が移住を考えるときには、この本はすごく参考になるはずです。
 小豆島の交通事情や(外食を含む)食事事情なども、けっこう率直に書かれています。
 

 さらに、実際に住むとなると、おそらくかなり気になってくるであろう、こんな話も。

 そして蜂。いろいろ飛び回っているのだが、一番困るのは、スズメバチ。何回か刺されると死に至るかもしれないのだから、そりゃあ、嫌だ。家の軒に巣を作ろうとするのは早めに察知して撃退しておかねばならない。屋内に侵入してくるやつは、専用のスプレーで殺す。スズメバチ撃退のスプレーは、必需品だ。台所と玄関に一つずつ置いてある。
 それとムカデ。これが得意な人も、いないだろう。なぜかわからないけれど一匹いたらもう一匹かならず同じ大きさのが出現する。ペアで暮らしているという説もある。寝ているときに耳に入ってきて刺されて救急車で運ばれたという話には、さすがに震え上がった。ガムテープで捉えてお湯をかけるか中性洗剤をかけて殺す。
 いまのところ家の中に出てくるやつらは動きがにぶいのでこれで十分捕殺できる。白アリ対策で撒いた薬の影響なのではないかと推察している。今後どうなるのかはわからない。
 言うまでもないかもしれないが、蚊も沢山いる。ドアを開けた瞬間に侵入してくる。東京では全く刺されなかったのであるが、毎日のように刺される。私は虫に刺されやすい体質なので、身体のどこかにつねに虫刺され痕がある。


 これは「あたりまえ」のことではあるのでしょうけど、こんなふうに虫と戦わなければならないのも、田舎暮らしの宿命」ではあるわけで。
 虫は大の苦手、という人には、こういう生活は難しい。


 海はきれいて、自然も豊か、野菜もおいしい。
 数年間の生活では、過剰に干渉されるわけでもなく、つまはじきにされるわけでもない(「あとがき」には、それでも、悔しいと感じたことはあった、と書かれていますが)。
 総じていえば、内澤さんは小豆島での生活が気に入っており、移住はうまくいっているみたいです。
 

 正直なところ、僕はこれを読んで、「自分も小豆島に移住したい!」とは全く思わなかったのですが、「田舎でのスローライフ」に漠然と憧れている人へのリトマス試験紙として、とても有益なんじゃないか、と思うのですよね、このエッセイ集。

 
fujipon.hatenadiary.com

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