琥珀色の戯言

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【読書感想】期待はずれのドラフト1位――逆境からのそれぞれのリベンジ ☆☆☆☆

内容(「BOOK」データベースより)
高校や大学、社会人野球で華々しく活躍し期待されてプロの道に進んでも、誰もが思い通りの成績を残せるわけではない。ケガに苦しみ、伸び悩み、やがてひっそりとユニフォームを脱ぐ…。しかしそれは人生のゲームセットではない。真価を問われるのはその後だ。新たな道を歩む元ドラフト1位選手たちのそれぞれの生き方をたどる。


 水尾嘉孝的場寛一多田野数人江尻慎太郎河原純一藪恵壹中根仁
 これらの「ドラフト1位で指名された選手たち」の名前(中根さんは1位じゃないのですが)、贔屓のチームの選手であれば「もちろん覚えている」でしょうし、プロ野球ファンなら、「名前くらいは知っている」のではないでしょうか。
 なんのかんの言っても「ドラフト1位」というのは、それだけで、下位指名の選手よりも、話題になることは多いですし。
 ドラフトで指名される選手には「どこの球団でも構わないから、プロになりたい」から、「3位以上じゃないと大学や社会人へ行く」「特定の球団の、しかも、ドラフト1位でなければ入団拒否」など、さまざまなグラデーションがあるのです。
 基本的に「自分の希望を言える選手」のほうが少数派なんですけどね。


 この本、「ドラフト1位で指名されたものの、その期待ほどの活躍はできなかった選手たち」が採りあげられています。
 藪投手は「1位にふさわしいレベルの活躍」をしているのですが、35歳でメジャーリーグに移籍してからの野球人生が長かった。
 傍からみれば「ずっと阪神にいれば、もっと成績は残せただろうし、お金にもなり、引退後の仕事にも、もっと恵まれていたのではないか」と思うのだけれど、本人はその「メジャー移籍後の苦闘」を自分の野球人生には必要だったもの、と認識しているのです。


 この本で紹介されている「イマイチだったドラフト1位」の選手たちは、周囲の期待にこたえられるほどの大活躍はできなかったけれど、「期待されるほどの活躍ができない自分」をしっかり見つめ直して、自分にできることをやって、現場で生き残った人たちでもあるのです。
 そして、彼らのその「生き延びるために工夫する姿勢」は、第二の人生においても、確実にプラスになっているんですよね。

 
 1994年の巨人のドラフト1位、河原純一投手の話。

 プロ2年目の1996年は開幕からローテーションに入ったものの、すぐに右ひじを痛めて戦列を離れ、わずか9試合の登板に終わりました。そのオフに右ひじの手術を行い、1997年は中継ぎに回りました(25試合に登板して2勝1敗1セーブ、防御率2.60)。オフにハワイのウインターリーグで投げ、万全を期して臨んだ1998年シーズン。開幕前に選手生命を脅かす故障に見舞われてしまいました。
 「肩にもひじにも痛みを感じることがなく、「今年こそ」と思っていたのですが、シーズン直前の練習で肩を痛めてしまいました。試合形式でバッターと対戦するシートバッティングで、カーブを投げた瞬間に右肩が飛びました。「痛っ」と思ったときにはもう遅かった。練習が終わって風呂で肩を温めて、しばらくしてもまだ痛い。次の日に起きたときには腕が上がらない状態でした。4、5日経っても痛みは取れません。それ以降、万全の状態で投げたことは一度もありません。調子のいいときで70くらいだったと思います」

 しかし、故障に苦しんだことで得たものもあります。
「肩を痛めたことでベストの状態で投げることはできなくなりましたが、別のことで補って戦うことができました。スピードが出ないのならボールのキレで、ボールのキレが悪いのなら配球で。それでもダメなら、気迫で勝負すればいい。100パーセントではない状態でどう戦うか、メンタルの鍛え方、コンディションの整え方など学ぶことが多かったので、これからの指導に役に立つと思います」


 河原さんは「どうすればいいのかについて、私にはいくつも引き出しがありますので、それを子どもたちに教えてあげたいと思っています。習慣と心構えは本当にすごく大切です」とも仰っています。

 ごく一部の抜きん出た能力を持つ選手を除けば、プロ野球にまで来るような選手のあいだには、そこまでの大きな差はない、と多くの選手が語っています。
 だからこそ、その中で生きていくには、「自分で考えて、工夫していくこと」や「つねに万全とは限らないコンディションのなかで、安定した成績を積み重ねていくこと」が大事なのです。
 第二の人生で、一から料理を修業した水尾投手やIT企業に就職した江尻投手などは、プロ野球選手としての栄光にこだわらず、新しい世界で、この「適応する能力」を活かしているのです。
 体力が衰え、怪我をしても、「考える力と姿勢」は受け継がれていく。


 この本を読んでいて痛感したのは、「良い指導者に巡り合うことの重要性」と「指導を受ける側の心構え」の大切さでした。
 どんな仕事でも、自分を指導する人や上司は、こちらからは選べないことが多いのです。


 横浜の1位指名だった水尾嘉孝投手は、1勝もできないままオリックスにトレードされ、そこで仰木彬監督と出会います。

「仰木さんから学んだことはたくさんありますが、一番大きかったのは何かが起こったあとの対応の仕方でした。内野手のエラーやピッチャーの継投によってピンチになることがあります。いくらプロ野球選手でもミスをするもの。そんなとき、だいたいの監督は「なにやってんだ!」と激怒します。そして、グラウンドにいる選手もベンチも、思考停止状態になるのです。コーチもみんな、指揮官の怒りが収まるのを待つ。すべてが止まってしまうから、次の一手が遅れてしまうのです」
 しかし、名将と呼ばれる仰木監督はそうではありませんでした。
 「ことが起こった瞬間に、すぐに手を打ちます。相手よりも先に指示を出して、選手たちを動かしていました。一呼吸置いてから、ひとりで怒る(笑)。仰木さんは反応ではなく、対応をしていました」
 仰木さんは感情をいったん脇に置いて、次の一手を考える。どんなに優れた指揮官でも大きなミスが出たときにはなかなか冷静でいることはできません。だから、多くの監督がベンチで叫んだり、椅子を蹴りあげたりするのでしょう。
 「監督が怒ると選手は畏縮します。仰木さんは怒っていることを悟られないように、知らん顔をしていました。だから、選手はベンチに気をとられることなく、プレイに集中できました。仰木さんを見てから私は、想定外のミスが起こったときには『対応しよう』といつも心がけています」


 これって、簡単なことなんだけれど、実際にその状況になって、「反応」よりも「対応」を先にできる人って、ほとんどいないんですよね。
 そして、リーダーの「機嫌」に、みんなが引きずられることになる。
 この話を知っても、仰木さんのように振る舞うのは難しいと思います。
 でも、知らないよりは、知っていたほうがいいし、少しでも意識することによって、状況をマシにすることは可能なはず。
 仰木さんだって、後でひとりで怒っているということは、怒っていないわけではなくて、自分のその場の感情を押し殺して、「対応」を優先しているのだから。


 そして、この本のなかで印象的なのは、多くの選手が「指導される側の姿勢」について述べていることでした。
 プロ野球のように、自分で考え、練習して「個人の力」を発揮することが求められる世界では、指導する側だけの責任ではないのです。
 中根仁さんは、東北高校の後輩だった佐々木主浩さんのことをこう評しています。

 「佐々木は自分が師匠と認めた人の意見しか聞きません。相手が先輩でもコーチでも、「聞き流す力」がありました。野球に関してはものすごく頑固。彼の場合はそれがよかったのでしょうね」


 また、中根さんはスカウト、コーチとしての経験から、こんな話をされています。

 中根さんは引退後、横浜でスカウト、コーチを務めました。コーチになってから、その選手の考え方が成長に大きな影響を及ぼすことを痛感しました。いくら能力があっても、考え方の悪い選手は途中で伸びなくなってしまうのです。
 「最初にいくらいい成績を残しても、頭が固くて意見を聞かない選手はそれなりのところで止まってしまいます。自分で思っている通りにやれないのに、現状を変えることもできない。これが数年続くとトレードに出されたり、ユニフォームを脱ぐことになったりします。アドバイスを聞かないから、周囲から人が消え、チームで孤立することになります。やっぱり大切なのは頭の柔軟さです」
 意見を聞いても、それを取り入れるかどうかはその選手の自由ですが、新しいことを受け入れることで客観的に状況を見ることができるはず。しかし、うまくいかない選手は情報を遮断し、自分だけで考え、落ち込み、せっっかくの長所までなくしてしまうのです。
 一方で、人の意見を聞きすぎる選手もいます。Aコーチに言われたことを試し、同時にBコーチにアドバイスを求める。そのうちに、投げ方や打ち方を忘れる人もいるのです。
 「あまりにも自分の考えがなさすぎるのも問題です。ちょっと試しては元に戻し、また別のことに手を出してしまう。1ヵ月ごとにバッティングフォームが変わる選手もいました。不安だから誰かにすがるのでしょうが、それでうまくいった人は見たことがありません。自分の真ん中にしっかりとした芯がないと、おかしな方向に行ってしまいますね」

 

 どちらのタイプの人も、心当たりがあるなあ。
 僕はどちらかというと、前者の「情報を遮断してしまう」方向に行きがちなのです。身につまされます。
 人の意見に耳を傾けないと伸びないけれど、振り回されすぎてもいけない。
 どっちなんだよ!って言いたくもなりますが、結局「本人のバランス感覚と指導者との縁」なのでしょうね。
 

 自分は「ドラフト1位」なんて縁がない人生だけど、という人にこそ、「沁みる」一冊だと思います。
 他人の評価はともかく、自分にとっての「ドラフト1位」は、自分自身なのだから。

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