琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】フランスはどう少子化を克服したか ☆☆☆☆

フランスはどう少子化を克服したか (新潮新書)

フランスはどう少子化を克服したか (新潮新書)


Kindle版もあります。

フランスはどう少子化を克服したか(新潮新書)

フランスはどう少子化を克服したか(新潮新書)

内容紹介
少子化に悩む先進国から、子育て大国へ。大転換のカギは、手厚い支援策の根幹を貫く新発想だった。「2週間で男を父親にする」「子供はお腹を痛めて産まなくていい」「保育園に連絡帳は要らない」「3歳からは全員、学校に行く」――。パリ郊外で二児を育てる著者が、現地の実情と生の声を徹底レポート。日本の保育の意外な手厚さ、行き過ぎにも気づかされる、これからの育児と少子化問題を考えるうえで必読の書。


 日本では「少子化」がずっと社会問題となっており「少子化担当相」までいるのですが、なかなか出生率の上昇にはつながっていないようです。
 僕も「日本という国の将来を考えると、どんどん人が減っていくというのは、大きな問題だ」とは思うのですが、「日本の将来のために、子どもをつくれ、産め」と言われても、そんなことを考えて子どもをつくる人なんていないよなあ、というのが実感ではあります。
 この新書では、「少子化を克服した国」として、紹介されることも多いフランスで出産・育児を実際に行なった著者が「フランスの実状」を紹介しています。
 何が日本とは違うのか?
 そして、問題はないのか?

「言っておいますが、ここは保育園ではありません。国家教育者の学習目標に沿って学び、しっかり『生徒』になってもらいます」
 3歳になったばかりの長男が「保育学校」に入学したときの説明会。校長先生の発した言葉は、耳を疑うくらい衝撃的でした。国家教育者による学習目標? なだ言葉もおぼつかない3歳児が、なにを学ぶって?


 フランスでは毎年9月、その年に満3歳を迎える子供、つまり2歳9ヶ月から3歳8ヶ月の子供たちが一斉に、「保育学校」に入学します。ここはフランス国内のすべでの子供が入学できる週4日半、3年制の学校です。日本の文部科学省に相当する国家教育・高等教育・研究者(以下、国家教育省)の管轄で、義務教育ではないものの教育費は無料、2015年時点の入学率はほぼ100%となっています。数少ない例外は病気の子や、親の教育方針で義務教育までは学校に行かない、という子たち。
 朝8時半から夕方16時まで、3歳クラスはお昼寝がありますが、4歳からはそれもなくなって、生徒たちは読み書きの初歩や数学、体の動かし方、色の見分け方などを学びます。教える先生はもちろん、国家教育免状の保有者です。
 3歳から全入の学校があるということは、3歳児以上の「待機児童」はこの国には存在しないことも意味します。


 フランスでは、3歳からすでに「義務教育化」されているのです。
 だから、親たちも「とりあえず3歳になるまで」と、日本よりも短い期間頑張れば良い、と考えています。
 ただ、こんなふうに「3歳児を『生徒』として扱う」ことに対して、これまでの日本人的な感覚からすれば、やはり違和感があったとも、著者は述べています。
 フランスは「大人の国」だと言われますが、「子供に対しても、早く大人になっていくことを求めている」ようにも見えるんですよね。
 日本では、「子供らしさ」を親たちが喜ぶことが多いのに。


 3歳になるまでのフランスの保育園は、こんな感じなのだそうです。

 フランスの保育園は、「子供が健やかに発育するところ」であるのと同時に、「保護者の負担を軽減するところ」。お世話になってみると、その保育園運営の根本にあることを実感します。実際、求められる保護者参加は必要最低限でした。
 保護者は朝、子供を年齢別の保育室まで連れて行き、担当の保育スタッフと「その日の子供の状態」について話をします。夕方にお迎えに行くと、保育スタッフが食事や昼寝、排泄状況などを保護者に報告。これは口頭のみで行なわれます。
 子供が洋服を着替えるのは食事や排泄などで濡れてしまった時だけで、その場合は汚れた服がビニール袋(園配布)に入れて返されます。本人に不快感がない程度の汚れであれば、着替えずにそのままです。我が家の場合は1年間で数回、トイレトレーニング中はその回数が少し増えたかしら、という程度でした。
 保護者会はなく、他の保護者と交わす会話は毎朝毎夕のご挨拶程度。日々のやりとり以外の保育園とのつながりは年に1回の説明会、年1回の個人面談、年に2回の季節行事(クリスマスと年度末のお祭り)に限られます。その行事の運営にも基本的に保護者が参加することはなく、「ご招待」での出席でした。私の場合、保育料以外で園に貢献したのは、長男・次男合わせてティッシュ4箱と生理食塩水4箱。バカンス明けのお土産や、年度末に担任の先生へ感謝のプレゼントを渡す慣例がありますが、プレゼントも千円くらいの小さなもので、当然、渡さない保護者もいました。
 保護者に対して最低限のことしか求めない考え方は、フランスにおける保育園の始まりに由来しているようです。


 日本では考えられないくらい、フランスの保育園では、親の負担が軽減されているのです。それは保育園が「保護者が働くことへの援助」であり、そこでは極力親の負担を減らすのが当然のことだ、という考えに基づくものなんですね。
 親と園との「連絡帳」もフランスには存在しないそうです。
 ああいう「義務的なやりとり」がないだけでも、だいぶ負担って、減りますよね。
 その一方で、入園式や卒園式、運動会やお遊戯会もない、というのには、日本育ちの著者は「素っ気なく感じられることも多々あった」と述べています。
 うーむ、確かに、入園式や卒園式の「区切り感」というのはあるよなあ。
 こういうのは、どちらが優れているというよりは、文化や考え方のちがい、としか言いようのないところがあるのです。
 ただ、「親の負担を減らす」という意味では、フランス式のほうが効果は大きいのではないかと思います。


 この本のなかでは、フランスの「無痛分娩」についての考え方とか(ほとんどの出産時に無痛分娩が選択されるそうです)、男性の育児への意識の高さ、妊婦と乳幼児に対する社会の扱いについても紹介されています。

 誤解を恐れずに強い表現をすると、妊婦と乳幼児は、ハンディキャップの扱いなのです。フランス国民の医療費負担をカバーする社会保険制度が法整備されたのは、第二次大戦終了直後の1945年10月のこと。その時からすでに出産は、疾病・障害・年金・死亡と共に、「補償されるべきリスク」と定められてきました。
 まず、妊婦と乳幼児を社会的弱者、リスクを負った存在と認める。その弱者にさらなる負担をかけない形で、支援をする。その支援も強制ではなく、選択肢として提案する。フランスの妊娠出産・乳幼児医療には、その認識と考え方が通底しています。
 この認識は日常社会でも一般的です。スーパーのレジや交通機関の優先マークには、身体障害者・高齢者と並んで、妊婦・乳幼児連れの親子が描かれています。空港や駅のタクシー乗り場では、案内係が妊婦や乳幼児を見つけたら、声をかけて最前列に回します。列を作る人々は(内心はともかく)、表立って不満を表明しません。妊婦や乳幼児連れの親も、他者を押しのけることなく、申し訳なさげに身を縮めることもなく、静かに列の前方に進みます。そして、そこに高齢者や障害者がいれば、「より身体的に辛い方」を推し量りながら、順番を譲り合っています。
 妊婦や乳幼児の健康保護が、高齢者や障害者の支援と並んで扱われているのだな、と、毎回つくづく実感する場面です。そしてその度に、この国で子供が増えて行く理由を目の当たりにしたような気持ちになるのです。


 日本でも、もちろん、妊婦や乳幼児への配慮が求められてはいるのですが、周囲の人の扱いは「でも、妊娠は病気じゃないんだから」という戸惑いが入り混じっているように感じるんですよね。
 その点、フランスは「病気や障害と同じ」として扱うことに社会が合意しているのです。


 この新書を読んでいて感じるのは、フランスという国では、「子供をはやく成長させること、大人に、一人前の人間にすること」が正しいと信じられているのだな、ということでした。

 年少・年中の学習内容は遊びの要素が強いので、クラスごとの授業内容の差はあまり感じられません。先生の個性や考え方の差が顕著に出てくるのは、5歳の年長組です。
 前述のオードレイ先生は、年長クラスで長男を担当していた時、「人類の歴史」を年間テーマに据えました。その授業が始まったばかりの9月のある日、夕食の席で5歳の長男が突然こう言い出したことがありました。
「世界は最初、真っ黒で何もなかったんだってね」
 驚いて聞いてみると、先生が「ビッグバンと宇宙の誕生」の話をしたのだ、とのこと。
 その後も、食事の席では「原始人と同じ木の実が食べたい」「クロマニョン人は石で狩りをしていた」と言い、お絵描きをすれば「パピルスは草で出来た紙なんだ」と話し、積み木をすれば「ピラミッドは三角形」など、授業で習った話題がポロポロと出てきます。新年を過ぎると、古代ピラミッドの資料でよく見る「横向きのエジプト人」の等身大の切り絵が、教室の廊下にびっしりと並ぶようになりました。
 本を見ながら生徒たちが自分でポーズを選び(体の部位の学習)、自分と同じ肌色に着色し(人により肌の色の違いがあることを知る)、ハサミで切断し(図画工作)、首飾りには三角と四角で模様をつけ(図形の学習)、自分の名前をサインして(名前の練習)、エジプトの壁画を再現したのだそうです。学年末遠足で「ルーブル美術館のミイラを見に行く」と連絡が来た際には、ほとんど感動するような気持ちでした。
 この国では5歳児が学校で、古代エジプト人の生活を学ぶのだ……!


 日本がフランスの真似をすれば、「少子化」を変えていくことはできるのか?
 この本を読んでみると、システムを取り入れるだけでは、なかなかうまくいかないのでは、と思えてくるのです。
 そもそも、日本の親たちは、フランスのシステムに「物足りなさ」や「行き過ぎ」を感じるのではないか。
 基本的な考え方が違うところに「システム」だけを載せても、成功はおぼつかないのではないか。
 ただ、フランスも最初からこんなシステムではなかったんですよね。
 だから、「自分たちは、本当はどう変えていきたいのか」を考えることが、いちばん大事なのかもしれません。
 国が「変えてくれない」ことをもどかしく思うだけでは、迷走していくばかりだから。