読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】大国の掟 「歴史×地理」で解きほぐす ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
大統領選後のアメリカはどうなるか?イギリス離脱後のEUのゆくえは?プーチンのユーラシア主義の本質とは?英米からロシア、中東から中国まで。新旧政治家の比較考察から、各国に特有の論理を読み解く歴史的アプローチ。地理をふまえて各国の戦略に迫るアプローチ。双方の合わせ技で国際情勢の本質を一気に把握する。「分析家・佐藤優」の集大成!


 佐藤優さんが語る「大国を動かす掟」。
 さまざまな「世界情勢を解説する本」が溢れていますが、そういう「いまの情報」は、すぐに古くなってしまいがちです。
 かなりの数が準備されていたと思われる「ヒラリー・クリントン大統領のアメリカ本」の多くは、アメリカ大統領選挙の結果を受けて、雲散霧消してしまいました。
 「トランプ本」が並んだ書店の棚をみると、「これを書いた人たちは、かなり分が悪そうな賭けに勝ったのだなあ」なんて考えてしまいます。
 そんな、「読めない世界情勢」のなかで、「すぐには変わらないもの」とは何なのか?

 地理を学ぶ意義は、まさに先述のとおり「長い時間が経っても変化しない」ということに尽きます。100年前と現在とでは、時代環境は大きく異なるでしょう。しかし、地理的な要因はそう簡単には動きません。たかだか数百年で、日本列島がユーラシア大陸とつながったりはしないし、アメリカ大陸が分裂することもない。したがって地理的な環境は、国家にとって所与の条件として考慮されることになります。
 たとえば、海のない国は「海がない」という地理的条件に、半島国家は「半島」という地理的要因に規定されています。そして、国際情勢のように複雑な問題を解くためには、こうした「動かない要因」を知ることが何よりの近道となるのです。
 地理的要因を学ぶ利点は、国際情勢の理解にとどまりません。たとえば、企業が海外に進出して工場を建設する場合、地理を把握しなければ、スムーズな物流システムを構築することはできないはずです。
 もっと卑近な例では、私たちが引っ越しをするときだって、地理的な思考が身についていれば、災害のリスクを把握したり、暮らしやすさを予測したりするのに役立ちます。
 このような地理的思考を、国家戦略に活用したものが地政学と呼ばれるものです。これまでに私は、国際情勢を読み解くためには、地政学の考え方が重要になってくることを繰り返し主張してきました。
 ただし、地政学は誤った使い方をすると、戦争の道具となったり、自国の膨張を正当化したりする方便となってしまう。たとえば戦前の日本でも、満州中国東北部)進出を正当化するために、「万蒙は日本の生命線」という言葉がよく使われていました。
 ナチス・ドイツの侵略行為の理論的支柱となった「生存圏(レーベンスラウム)」という言葉も地政学の一種であり、これは国家が自給自足をおこなうために必要な政治的支配の及ぶ領土のことを指します。
 このように、地政学は、戦争遂行を正当化する理論として使われたという事情があったため、戦後の日本では、地政学の研究を避ける傾向にありました。それは高校地理の教科書にも反映されていて、地理と戦争の関係はいわずもがな、地理と政治の関係についてもほとんど扱われていないのが実情です。


 太平洋戦争という、日本人にとっての苦い記憶と結びついていることもあり、「地政学」を扱うことは、日本では避けられてきた、というのが実情なのです。
 たしかに、「生存圏」なんて考え方は、戦争を起こす理由になりやすいですよね。
 しかしながら、「地理的な要因と国家の政治や戦略の関連」は否定できないのです。
 日本であれば、「周りを海に囲まれている島国」という条件が、海軍重視の国策に反映されてきましたし、国境とか言語とか外国人との接触に対しての考え方に大きな影響を与えているのは間違いありません。
 最近は、この「地政学」があらためて見直されてもきているようで、書店でも関連した本をけっこう見かけます。
 もちろん、飛行機や大陸間弾道ミサイル、そして、インターネットが無い時代とは、地理的要因の影響度も異なってきてはいるのですけど。


 佐藤さんは、「トランプ現象」は、けっして「アメリカにとって異常な状況」ではないのだ、と述べておられます。

「メキシコとの国境に“万里の長城”を築き、不法移民は本国に強制送還する」
「過激派の流入を防ぐため、すべてのイスラム教徒のアメリカ入国を禁止する」
 こうした過激な発言を連発するトランプの外交政策は、感情に任せて思いつきで物を言っているだけのように思えます。
 しかし、アメリカの地理的条件、そしてこれまでの歴史をふまえるならば、彼の立場は、それほど異常なものではありません。すなわちトランプは、かつてのアメリカ外交の基調であった「孤立主義」への回帰を主張しているのです。


 佐藤さんは、アメリカの孤立主義は、1823年の「モンロー宣言」から、1941年12月8日、日本軍による真珠湾攻撃まで続いたと定義しています。
 歴史的にみれば、アメリカは「孤立主義」の時期が、かなり長かったのです。
 実際にいまアメリカで生きている人にとっては、あまり実感がわかないかもしれませんが、アメリカは「もともとそういう国」ではあったんですね。


 また、ギリシャ危機の「歴史的な要因」についての話もでてきます。

 古代ギリシャの滅亡以降、ギリシャの地は、マケドニアローマ帝国ビザンツ帝国オスマン・トルコの順番で支配され続けていました。つまり「ギリシャ」という国は、ずっと存在していなかったのです。
 ギリシャという国家は、1821年のギリシャ独立戦争が発端となって誕生します。オスマン・トルコの支配下にあったギリシャが独立を求めて蜂起したのですが、独立戦争の陰の主役は、イギリスとロシアです。ギリシャは19世紀に恣意的につくられた国家だと言ってもいいでしょう。


 その後、第二次世界大戦中のドイツの支配を経て、ギリシャは、スターリンチャーチルの会談により、欧米の勢力圏となりました。

 問題は、欧米が勢力圏とした後の支援の仕方です。西側は、ギリシャの産業化を支援しませんでした。なぜか。工業が発展して工場労働者が生まれると、共産党による組織化がなされるからです。そのため、農業と観光だけの国にし、NATO北大西洋条約機構)の基地を置いて、金銭的援助によって経済が成り立つようにしたわけです。
 産業がないのだから、ギリシャ債務危機に陥るのも当然です。ギリシャに言わせれば、欧米諸国の世界戦略のせいで、基幹産業が発展しなかったし、慢性的な財政赤字の構造になっている。ギリシャが借金を返せないことは、最初からドイツもわかっていたはずです。にもかかわらず、ユーロを導入したギリシャに対して、ドイツは「借金してでも買え」とドイツ製品を売りつけた。ギリシャ人としては「返せないことがわかっていて貸し付けて、ドイツはいい目を見たのだから、返済を値引きしろ」と言いたいわけです。


 こういう歴史的経緯を知ると、「公務員が多く社会保障頼りで、働かないギリシャ人」というような語られかたは、一面的なものだということがわかります。
 「もともとはお前らのせいだろ!」とギリシャ人たちがドイツに対して開き直るのも、故なきことではありません。


 佐藤さんは、2015年の半ばから、中央アジアに「第二イスラム国」が誕生する可能性を指摘しているそうです。

 2015年夏に、ウズベキスタンイスラム教過激組織「ウズベキスタンイスラム運動」(IMU)が、IS(イスラム国)本部に忠誠を誓い、中央アジアにISの拠点を築くことを求める動画を公開しました。
 ISには、タジキスタンから約300人、キルギスから約350人、ウズベキスタンから数百人が参加していると推定されています(ロシア連邦保安局や各国情報機関による)。この数字は、各国情報機関が把握できている範囲内のものであり、実際の参加者は数千人にのぼるという説もあります。
 こうした中央アジアからのIS参加者が、シリアやイラクで戦闘員として実戦経験を積み、帰国して現地過激組織に参加、あるいは指導的立場に立つとすれば、ISの「中央アジア支部」設立は難しい話ではありません。
 ウズベキスタンタジキスタンキルギスの三国の国境地帯に広がるフェルガナ盆地では、多くの民族が共生していましたが、第三章で述べたとおり、旧ソ連により複雑な国境線が引かれ、当事者国間の紛争を誘発する火種が絶えません。


 ISそのものは、空爆の効果もあり、かなり勢力が衰えてきているようなのですが、大国が強引に国境をつくったことによって生まれた「空白地帯」に、IS的なものが生まれてくる可能性があるのです。

 中国の海洋進出に対して、「いまの中国が抱えている本質的な問題を考えると、海への進出にばかり注力するわけにはいかないだろう」という指摘など、佐藤優さんならではの「インテリジェンス」に感心するばかりです。

 先日のアメリカ大統領選挙をみながら、「とはいえ、こんな世界の大問題にヤキモキしたところで、僕の人生が変わるわけでもないんだよな」とあらためて思ったのも事実なのですが、「知る」というのは、役に立つ、立たない以前に「面白い」ことではありますよね。