琥珀色の戯言

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【読書感想】買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて ☆☆☆

買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて (文春文庫)

買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて (文春文庫)


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
30代―安くてカワイイからは卒業したものの、さて今、何を買えばいいのかは、いまいち分からない。そんな著者が、迷いながらも選び抜いたものたち。今の自分や、これからの自分にフィットするものって何だろう。「何を買うか」の先にある、「現代の消費」や「処分の仕方」にも踏み込んだ、新世代お買い物エッセイです。


 40年以上生きてきて、最近ふと思うようになったことがあるのです。
 それは、こうして20世紀の終わりから21世紀のはじめを日本という国で生きていて、「ものすごく身近にあるんだけれど、絶対に立ち入ることができない場所」っていうのがあるのだ、ということ。
 皇居の中や首相官邸とかについては「まあ、しょうがないな」とは思うのですが、女子トイレとか女子更衣室なんていうのは、社会の中にものすごくたくさん存在しているにもかかわらず、たぶん、これから一生立ち入ることなく一生を終えるのだな、と。
 もちろん、身体の動きとして「入ってみる」ことは不可能ではないのですが、それに伴うリスクを思うと、あえてそれを実行することはない。
 入ってみても、そんなに面白いものではない、とも思われます。
 それでも、世の中には「そういう場所」が厳然として存在しているんですよね。


 前置きが長くなってしまいましたが、この『買い物とわたし』は、作家・山内マリコさんが「お伊勢丹」を中心とした日常の買い物(書かれているのは「本当に買ったもの」で、「ステマ」は無いそうです)について書いたエッセイ集です。

 のっけからものすごく俗っぽい言い方でいやになるけれど、生きることは、買い物をすることである。食べるものからなにから、買い物なしには生きていけない世の中だ。とかく女性は買い物が好きだし、女性をターゲットにした商品が街にもネットにも溢れている。
 たしかに買い物は楽しい。けれどもちろんお金は有限なので、あれもこれもというわけにはいかない。お金どころかおうちの収納スペースの問題だったある。なにより重要なのは、自分はその商品の、どこをどう気に入ったかということ。何気なくポンとレジでお金を払う行為も、実はフル回転で考えた結論だし、身の回りのものすべては、その積み重なりである。ちょっと大げさに言えば買い物へのスタンスは、そのまま生き方に直結する。


 僕は買い物に関しては「書店か電器屋かレンタルビデオ店」以外の場所ではあまり心が踊ることはなく、服を買いに行くのは、「このタイミングで必要なもの」を最低限購入するときだけです。
 「試着」とかしても、どうせ自分には似合わないし、それを店員さんがあれこれ説明してくれて「お似合いですよ」とか言ってくれるのも居心地が悪い。こういうのこそ、AIが本当に似合っているのかどうか「採点」してほしい。
 それはそれで、けっこうショッキングな結果が待ち受けていそうだけど。


 僕にとっては、「デパートでの女性の向けの洋服や化粧品売り場」というのも「人生で知らないまま過ごしていくことが、ほぼ確定的な場所」なんですよね。
 さすがに、入っただけで変態扱いされたり、逮捕されたりはしないと思うのですが、心理的に「自分とは隔離された世界」であるという気がしています。
 このエッセイ集に書かれている、山内マリコさんの買い物やブランドの話を読んでいると、「世界のもう半分は、こうなっているのか……」という感慨があるのです。
 僕が電器店で「パソコンなんて、どれも似たようなものじゃない」といわれたときに「こんなにそれぞれ違うのに!」と思うのと同じように、多くの女性にとって、洋服や化粧品や靴というのは「ひとつひとつ違って、自分に合うものを探すのは難しい」ものみたいなんですよね。


 それにしても、僕は「女性が買っているもの」にここまで無頓着だったのか……と思い知らされる本なんですよね、これ。
 おそらく、「このエッセイのメインターゲットは女性」なんでしょうし、「これを読んで同じものが欲しくなって買いました」という反響も多かったそうなのですが、だからこそ、僕にとっては新鮮というか、はじめて読んだ少女マンガ(というかレディコミ?)のような驚きがありました。

 世の中にはいろいろと理不尽なことがあるけれど、新品の靴を買ったら「裏を張らなくちゃいけない」という文化(?)と直面したときほど、不合理を感じたことはないかもしれない。「裏」とは、革靴の前底(ソール)に張る、ラバー製の滑り止めのこと。一般にパンプスなどは裏がつるつるの状態で売られていて、そのまま外を歩くとすぐに傷むし、地面が濡れていれば滑るし、靴底の減りを防ぐためにも、「裏」を張った方がいいとされている。
 シール式のものも市販されているけれど、靴のリペア専門店に持っていけば2000円台で張ってもらえる。ヒールの高い靴なんかは、新品のままじゃ怖くてとても履けないので、買ったその足でミスターミニットに直行し、「裏」を張ってもらうまでがワンセットだ。スニーカー一辺倒だったわたしは、二十歳のころアニエスベーでブーツを買ったとき、はじめて「裏」のことを知り、それが別料金だなんてどうしても腑に落ちず、「騙されているのかなぁ」と本気で首を傾げた。詐欺か、すごくサービスの悪い店のどっちかだと思った。可愛いもの以外にビタ一文払いたくない20代の女子に、「裏」の出費は辛い。「お代はアニエスにつけといてください」と言いたい気持ちをぐっとこらえて、お金を払ったっけ……。


 僕はこの年齢になるまで、靴に「裏」なんていうのが存在することを知りませんでした。
 ビデオなら知ってたけど!
 というか、これを読んでも「そんなら最初から張っておけばいいのに!」としか思えない……

 モコモコしたルームウェアを武器に一気に勢力を拡大させたジェラートピケが来襲する前は、この国には(というかわたしの活動範囲には)パジャマの選択肢は2つしかなかった。1つはツモリチサト スリープ。奇抜かつファンシーなプリントの、16歳くらいの女の子に似合いそうなものを主に扱う。もう1つはキッドブルー、花柄や水玉がメインの、可憐なアンダーウェアブランドだ。この2つが発表する新作パジャマをチェックして、琴線に触れるものがなければその年の収穫はナシになる。ちなみにいずれも年齢的な壁にぶち当たってここ数年は不作。ツモリの対象年齢からは大きくはみ出し、かと言ってキッドブルーの花柄パジャマを着ると、ぐっとおばさんっぽくなってしまう。そんなわけで最近はもっぱら無印良品で、これぞパジャマ! って感じのストライプや無地のものを必要に迫られて買い足していた。値段も手頃だしモノも悪くない。ただしときめきはゼロ。パジャマにはもっとロマンがなくっちゃ……。


 何語なんだこれは……
 「パジャマ」に対するこんな文章も、僕にとっては、「これなら、『古代ローマ史』とかのほうが、スッと頭に入ってくるな……」という感じなんですよね。
 ジェラートピケって、F1ドライバー?
 「近くて遠きは男女の仲」なんて言葉がありますが、「買い物」についても、本当に「遠い」な、って。
 もしかしたら、これは「性差」ではなくて、「ファッションに対する興味やこだわりの差」なのかもしれませんが。


 僕が買った紙の文庫版には、雨宮まみさんのこんな推薦文が書かれていました。

「これぐらいは年相応って呼べるのか? 30代のリアルな『普通』ってどこにあるの? 山内マリコがその答えを、自腹で探ってくれます」

 僕は山内マリコさんって、お洒落な人なんだな、と思いながら読んでいたのですが、結局のところ、ある年代のリアルな「普通」って、その年齢にいる人にとっても「手探り」なんですよね。
 そこには「具体例」があるだけで、「診断基準」が存在するわけじゃない。


「なんかわけわかんないよ」と思いつつも、興味深い異世界探検ではありました。
 いや、「伊勢丹探検」なのかな。


ここは退屈迎えに来て

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