- 作者: 星野源
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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- 作者: 星野 源
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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内容(「BOOK」データベースより)
携帯電話の料金を払い忘れても、部屋が荒れ放題でも、人付き合いが苦手でも、誰にでも朝日は昇り、何があっても生活はつづいていく。ならば、そんな素晴らしくない日常を、つまらない生活をおもしろがろう。音楽家で俳優の星野源、初めてのエッセイ集。巻末に俳優・きたろうとの文庫版特別対談「く…そして生活はつづく」も収録。
あの「今をときめく」星野源さんが、2009年に雑誌に連載後、出版した初のエッセイ集。
『逃げるは恥だが役に立つ』で、新垣結衣さん演じる・みくりの相手役として、「僕にとってのブレイク」を果たした星野さんなのですが、5年くらい前から、「文化系女子」にはアーティストとしても文筆家としても大人気だったみたいです。
この2009年に書かれたエッセイを読んで、「こんな、めんどくさい、かつ面白い人だったのか」と僕は星野さんが好きになりました。
なんというか、中二病だった学生が、その中二病を極めることによって世の中の一部から圧倒的に共感され、人気者になった稀有な例なのかもしれません。
仕事から帰ってくる。
携帯電話の支払い請求書をポストの中に見つける。
「払わなきゃ」と反射的に思うが、仕事の都合上帰宅時間はいつも遅く、今日も既に夜中の12時を回ってしまっている。
この時間で支払えるとしたらコンビニくらいだろう。しかし今から行くのもめんどくさい、というか既に買い物を済ませてきてしまったので、もう一度出向くのもおっくうである。
とりあえず部屋に入り請求書を適当な場所、たとえば床に積んである買ったばかりでまだ読んでいない本の上にポンと置き「明日払おう」と心に決める。
翌日出勤前に思い出して請求書を探すのだが、全く見つからない。本の上に置いたはずのものはこつ然と姿を消し、代わりになぜか友達にもらったマイケル・ジャクソンのメンコが置いてあったりする。
焦って様々な場所をひっくり返してみるのだがどこを探しても見つからず、神隠し的なものを想像してビクビクするも、いつの間にか家を出なければいけない時間になってしまい、後ろ髪引かれながら慌てて仕事に出かける。
夜になり、仕事を終えて家に帰ってくる。
帰り道にコンビニで買った夕飯をベッドに置き、一息ついてなんとなく鞄を開けると、見つけやすいように本の上に置いたはずの請求書が鞄の奥のほうでくしゃくしゃになった状態で入っていることに気づく。
最初に出てくる、この携帯電話の料金が払えない(お金はとりあえずあるし、本人は払う気満々なのに)、というエピソードなんて、「あなたは僕ですか?」って感じです。
なんで結果的にそんなことになってしまうんだろう、悪気はないのに……
というか、自分なりに「気をつけよう」とか「忘れないように、あらかじめ準備しておこう」とするのだけれど、それがかえって悲劇を生むんですよね。
「これは自分のことだ」と感じた人が世の中にはけっこういるからこそ、このエッセイ集はけっこう売れたのでしょうけど。
「そういうのを残念な人って言うんですよ、星野さん」
Kがナポリタンを食べながら言う。
ここは喫茶店である。仕事仲間のKと、ある企画の打ち合わせ中だ。打ち合わせの最中に食事をするのは失礼かなと思い、私はここに来る前にちゃんと食事を済ませてきたのに、Kは堂々とナポリタンを食っている。相手がモリモリと食事をしているんじゃ仕事の話もうまく進まない。そこで私は軽い笑い話として先ほどの料金未払いの件を自嘲する形で話したというわけだ。
「残念な人?」
「外側はしっかりしてるのに内側がダメな人のことです。仕事はキッチリやるのに、身の回りの生活が全然できないっていう残念な人」
この「仕事はやるけど、生活ができない人」って、けっこう最近も話題になってますよね。
星野さんは、それを2009年の時点で先取りしていたのです。
僕もどちらかといえば、このタイプなんですよね、生活にあまり興味を持てないというか。
この年齢になってくると、生活をきちんとやっていかないと、体も心ももたないし、良い仕事もできない、ということを認識せざるをえないのだけど。
巻末の星野さんのコメントによると、昔もちゃんとしなければと思ってはいたし、最近、少しはちゃんとするようになった、とのことです。
どの程度ちゃんとできるようになったかまでは、書かれていませんが。
星野さんは、このエッセイのテーマを「つまらない毎日の生活をおもしろがること」にした理由を、こう書いておられます。
一見華やかな世界にいるように見える芸能人や、一見ものすごく暗い世界にいるように思える犯罪者だって、当たり前に生活をしている。その人のパブリックイメージと実際の生活は、必ずしも一致するとは限らない。
たとえばアカデミー賞の授賞式。ファンの声援に応えながらレッドカーペットを歩いているスター俳優の家の炊飯ジャーでは、一昨日炊いて食べ残したご飯が黄色くなり始めているかもしれない。
ある人気ロックバンドのギタリストが三万人の観客の前で素晴らしい演奏をしたその10時間前、彼は自宅のトイレで便器の黄ばみが取れなくて悩んでいたかもしれない。
どんなに浮世離れした人でも、ご飯を食べるし洗濯もする。トイレ掃除だってする。シャワーカーテンが下のほうからどんどん黴びてきて、新しいの買ってこなきゃなあとか思う。一国の首相だって、たまたま入ったトイレのウォシュレットの勢いが強すぎてびっくりしたりする。どんなに凶悪な殺人犯だってご飯を美味しいと思う。どんなに頭のおかしい奴だって、一人暮らしならば家賃を払う。水道代を払う。顔を洗う。
たとえ戦争が起きたとしても、たとえ宝くじで二億円当たったとしても、たとえいきなり失業して破産してホームレスになってしまったとしても、非情な現実を目の当たりにしながら、人は淡々と生活を続けなければならない。
全ての人に平等に課せられているものは、いずれ訪れる「死」と、それまで延々とつづく「生活」だけなのである。
でも私は、生活というものがすごく苦手だ。
この「生活」というやつは、おそらく「あまり意識せずに日々こなしている」人のほうが多数派だと思うのです。
星野さんがこんなに「生活」というものを意識して、言葉を尽くしているのは、「生活というものが苦手だからこそ、意識せずにはいられないから」なのかもしれません。
少なくとも、僕はそうです。
炊事、掃除、洗濯や公共料金の支払いなど、そういう「あたりまえのこと」を「あたりまえのようにやっている人」は、本当に凄いと思う。
本当にやろうとしてもなかなかうまくいかないのに、周囲からは「甘えている」とか「やる気がない」という印象を持たれてしまう。やる気は、本人なりにはあるんだけどなあ。
星野さんは、そういう「生活へのプレッシャー」からの逃避としてエンターテインメントの世界にはまり、いっそのこと自分がそれを作る側として生きていこうと決意したと仰っています。
そういう意味では、星野さんは「生活コンプレックス」をうまく昇華させ、社会的に成功している人なんですよね。
もしこれでミュージシャンや作家、役者として成功していなかったら、どうなっていたんだろう、それこそ、今の僕と似たようなものだったのでは……とも想像してしまうのですけど。
ただ、「苦手」だけで終わらず、「それを苦手にしている自分」を客観的に見てしまう習慣が、星野さんの創作者としての武器なのではないか、と僕はこれを読んで感じました。
作品として昇華するという出口を持たなかったら、自分自身を責め続けて悲惨なことになったのかもしれません。
私は小学校の頃、ちょっとしたいじめにあっていた。それがきっかけで神経性の腹痛に悩まされ、そしてそれは今でも続いている。だからその頃のことはあまり思い出さないようにしていた。嫌な思い出だったのでとにかく忘れたかった。しかしこれを機に、ちゃんとその頃の自分と向き合ってみようと思ったのである。
その晩、一人で昔育った町をうろついた。通学路や学校、よく行っていた本屋や公園など、懐かしい風景を眺めながら歩いた。しかしいつまでたっても学校であった嫌な出来事はフラッシュバックすることなく、代わりに先ほど書いたような家の中での親とのバカな出来事ばかりをどんどん思い出してきたのだ。
てっきり悲しい思い出ばかりだと思っていたのに、実際に思い起こされるエピソードは親にだまされ遊ばれたという、バカで、くだらなくて、楽しいものばかりだった。
私はそういったことをほとんど忘れてしまっていた。そして、学校での辛い体験を思い出さないようにすることで痛みを増幅させ、「私は心に傷を負っ人間です」と思い込もうをしていたのだ。そして私はそのとき初めて、自分は「そんな人間」だったんだということに気づいたのである。
自分を不幸にしているのは、もしかしたら、「不幸になりたがってしまう」自分自身なのかもしれません。
これもまた、僕自身にもあてはまるような気がして、身につまされました。
深刻な話ばかりじゃなくて、基本的には「笑えるエッセイ」です。シモ系のネタも多いし。
僕はこれを読んで、星野源さんが、なぜ、今こんなに多くの人に愛されているのかが、わかるような気がしたのです。
ああ、みんなけっこう、星野源なんだ。
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