読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】世界観 ☆☆☆

世界観 (小学館新書)

世界観 (小学館新書)


Kindle版もあります。

世界観(小学館新書)

世界観(小学館新書)

内容(「BOOK」データベースより)
本書はこの5年間に世界で発生した大事件に対して、作家・佐藤優氏が正面から思考した記録である。国際情勢分析は、同氏にとって外務省主任分析官時代からのライフワークである。インテリジェンスや地政学、宗教的知見から事象の「本質」を導き出すアプローチは、大陸から隔絶された島国で暮らす日本人が国際社会で生き抜く術でもある。


 佐藤優さんが『SAPIO』に連載している『インテリジェンスデータベース』の2011年12月号から2016年12月号分をテーマ別に再編集し、古めのものには補足を加えて新書化したものです。
 佐藤優さんの話、とくに世界情勢の分析をきくと、「同じ世界を生きているはずなのに、日々の仕事と生活に汲々としている僕の知らないところで、こんなふうに世界を動かしているシステムが存在しているのだな」と、ちょっと不思議な気分になります。
 そういう世界への憧れも少しはあるのだけれど、たぶん、直接関わらないで生きていけるというのは、僕にとっては幸せなことなのだろうな、とも思うのです。
 この本を読んでいると、世界はずっと薄氷を踏み続けているような気がしてきます。
 でも、こうして「ニュースで伝えられていることの、もうひとつ深いところ」を知るというのは、けっこう面白いんですよね。
 外交官は「面白い」じゃ済まないのでしょうけど。


 先日、久々に訪日したロシアのプーチン大統領については、もともと佐藤さんがロシアの専門家ということもあって、とくに詳しく分析されているようです。

 1956年の日ソ共同宣言では、平和条約締結後にソ連が日本に歯舞諸島色丹島を引き渡すことが記されている。共同宣言は両国の国会で批准されているのでソ連の継承国であるロシアは2島引き渡しの義務を負っている、どうも首相官邸と外務省は、今年12月15日に山口県長門市で行われる安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領との会談で、共同宣言を手掛かりに北方領土問題の打開を摸索しているようだ。
 ところで日米安全保障条約では、日本の施政が及ぶすべての領域で米軍が活動できることになっている。歯舞群島色丹島の返還が実現した場合、この2島は日本の施政が及ぶようになる。そうなると歯舞諸島色丹島においても米軍が活動できるようになる。
 現在の米露関係の緊張を考えると、米軍の活動が歯舞群島色丹島に及ばないことをプーチン大統領は引き渡しの条件にするであろう。日本がこの条件を呑めば、日米安保条約の適用除外地域が生じることになる。これによって日米同盟に風穴を開けることができればプーチン外交の大勝利だ。
 同時に日米同盟は弱体化する。特に日本が歯舞群島色丹島を適用除外にするあらば、米国が「それならば中国との武力衝突のリスクを負う尖閣諸島日米安保条約の適用除外地域にする」というカードを切ってくる可能性がある。この難問を外務省はどのようにして解決するつもりなのだろうか。外務省幹部の発言から、このような難問について考えている気配がまったく感じられない。どうも偏差値秀才型の外務官僚には、多くの事象が同時進行する複雑系としての現代の世界の動きをとらえることができないようだ。


 本当に日本の外務省が、そういう可能性を想定していないとも思えないというか、思いたくはないのですが……
 まず2島返還となったとしても、まあ、現実的なところで、日本としては悪くないと考えていたのですが、結果的には、ロシアも「タダでは返さない」ことになりそうです。
 ちなみに、佐藤さんは、トランプ大統領になったら、こういう問題に対して、「例外を認める」という現実路線をとるかもしれない、と仰っています。
 それは、尖閣諸島の問題についても「例外」にされてしまうかもしれない、というリスクはあるのですが。


 外交官として、世界の諜報機関とも接点があった佐藤さんは、イスラエルモサドを「世界最強のインテリジェンス機関」として挙げています。

 客観的に見て、世界で最も強力な対外インテリジェンス機関はCIAだ。しかし、個々のインテリジェンス・オフィサーの能力においては、SIS(英秘密情報部、いわゆるMI6)、モサドのほうがはるかに高い。これは、逆説的だが、米国の国力、特に軍事力が他国の追随を許さない圧倒的な水準にあるからだ。
 インテリジェンス活動の主体は国家である。そして、その究極目標は戦争で自国が敗北しないようにすることだ。米国の場合、情報や分析を間違えても、圧倒的に強力な軍隊を持っているので戦争に敗れることはない。CIAは、イラク大量破壊兵器を持っているという情報が正しいと考え、サダム・フセイン政権に対して武力を行使した。実際には、イラク大量破壊兵器は存在しなかった。米国は間違えたインテリジェンスに基づいて戦争を始めた。しかし、戦争に勝利した。
 米国の場合、インテリジェンスの失敗故に国家が存亡の危機に瀕する危険はない。これに対して、イスラエルは、インテリジェンスを誤ると国家が消滅する危険がある。実際に1973年10月のヨム・キプール戦争第四次中東戦争)の時は、モサドを除くインテリジェンス機関と国防省、首相府は「アラブ連合軍による奇襲攻撃はない」と判断を誤った。この戦争では最終的にイスラエルが勝利したが、一歩間違えれば、イスラエルが地図上から消滅してしまう可能性があったのだ。
 米国にとって、インテリジェンスが間違えても、戦争でかかるコストが増えるだけであるが、イスラエルの場合、インテリジェンス活動において深刻な過ちを犯すことができないのである。


 たしかに、アメリカの圧倒的な軍事力があれば、諜報機関が判断を誤っても、国が滅ぶ、ということはなさそうです。
 イラク大量破壊兵器問題のように、間違われた国にとっては、「いい迷惑」どころの話ではありませんが。
 しかしあれは、本当に大量破壊兵器が存在すると信じていたのか、それとも、無いかもしれないのは承知の上で、まずイラク攻撃ありき、だったのか。
 置かれた環境がシビアであることが、すぐれた組織や人材をつくる、ということもあるのでしょうし、イスラエルの場合には、愛国心が強い人が多いので、優れた人材が「国のため」の機関に集まりやすい、というのもあるそうです。
 日本では、諜報機関というのは、「優秀な人の最初の選択肢」にはなりにくいですよね、たぶん。
 諜報機関の就職情報はよく知らないけれど。


 あと、ブラック企業について、自らの外務省での体験も踏まえて、こんな話をされています。

 ブラック企業は日本の資本主義にかっちりと組み込まれてしまっており、われわれがこの構造から抜け出すことは、きわめて難しい状態になっている。
 むしろブラック企業の存在を必要悪として、そこでの対処について記している本を読むと事態の深刻さがよくわかる。例えば、人材紹介会社のカウンセラーを長く務めている蟹沢孝夫氏の見解だ。

 世の中で「ブラックだ」とささやかれる職場であっても、詐欺商法などビジネス自体が違法なものを除くと、その多くはもはや現代の経済社会の歯車の一部として必要不可欠な存在になっているからだ。別のいい方をすれば、私たちの豊かで快適な生活を維持するためには、相当の犠牲を払ってくれる彼らのような存在が欠かせないとさえいうことができよう。
 それゆえブラック職場には、景気の動向に関係なくつねに相当数の求人ニーズが存在する。新卒であれ中途であれ、少なからぬ人にとって就職先としてブラック職場を完全に避けるのは現代の日本では不可能であり、理想論だけで「ブラック企業悪玉論」を唱え、その存在を完全に排除しようとするのは現実的でない。(蟹沢孝夫『ブラック企業、世にはばかる』光文社新書、2010年)

 もっとも外務省には別の文化もあった。語学の勉強や、科学アカデミーの研究所での調査、さらに外交官の仕事のかたわらモスクワ国立大哲学部ではプロテスタント神学について、東京大学教養学部では民族・エスニシティー理論について、筆者が教鞭を執ることについて奨励してくれた。
 語学力や大学教諭をつとめる過程でつけた知識がなかったならば、筆者が職業作家に転身することは不可能だった。その意味では外務省に感謝している。外務省には、ブラック企業的な文化が一部にあるが、適切な給与が支払われ、個人的能力も努力によってかなりつくので完全なブラック企業とは言えない。


 日本のサービス業って、多かれ少なかれ「ブラック企業的」な要素はあるような気がします。
 顧客が「わがまま」であるかぎり、「完全にホワイトな企業」というのも、成り立つのは難しい。
 サービスという面では、「働いている人優先」と「顧客優先」の企業が勝負すれば、後者のほうが「サービスがいい」と生き残ってしまいますし。
 働く側としては、「完全なブラック企業」は勘弁してほしいけれど、あとは、自分のなかでの優先順位に応じて考えていくしかないのかもしれません。
 専門職のなかには、どうしても「最初のうちに少しキツい思いをしてでも、経験を積んでおいたほうが、後々ラクになる仕事」も、あるんですよね。
 

 みんなが佐藤優さんのような「世界観」を共有するのは難しいし、その必要もないと思います。
 でも、「こういう世界の見方があるのだ」ということを、2時間くらいかけて知っておくのは、けっして無駄ではないはずです。