琥珀色の戯言

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【読書感想】バンド臨終図巻 ビートルズからSMAPまで ☆☆☆☆☆

内容紹介
あなたが好きだったあのバンドはなぜ解散したのか?


カネの分配、ドラッグ、メンバーの死、女性関係、そしておなじみの「音楽性の違い」。
ときにはマネージャーが暴走し、メンバーが殴り合い、美しい解散宣言もあれば、泥沼の裁判沙汰に至ることも。


ビートルズからSMAPまで、古今東西のバンド191の死にざまを網羅する音楽ファン悶絶必至&阿鼻叫喚の大著!


古きよきロックはもちろん、ソウルもJ-POPも、メタルもパンクも渋谷系も、アイドルにフォークにプログレシューゲイザーまで、古今東西の音楽ジャンルを横断。X JAPANスコーピオンズなど「臨終」から不死鳥のごとく甦ったバンドも収録。SMAPFUNKY MONKEY BABYSgirl next doorモーターヘッドなどを追加。Hi-STANDARDの16 年ぶりのシングルリリース、ABBA再結成ツアー敢行、嗣永桃子 芸能界引退発表など最新情報も。


あのバンド、このバンドの「死因」が一目瞭然:メンバーの死(T・レックス、カーペンターズほか)、メンバーの逮捕(カルチャー・クラブ)、メンバーの離婚(ABBA)、マネージャー(ザ・クラッシュデスティニーズ・チャイルドほか)、成功による重圧(イーグルスニルヴァーナほか)、兄弟げんか(オアシス)、公約通りの解散(横浜銀蝿)……


 この『バンド臨終図鑑』の単行本が出たのは、2010年4月。
 山田風太郎さんの伝説の名著「人間臨終図鑑』を踏まえ、数々のバンドの「生きざま」そして、「死にざま=解散までの経緯」を集めたこの本が文庫になる際に、まさか、SMAPが登場することになろうとは……
 

 本書は、古今東西のバンド、グループ、ユニット、総勢191組の解散理由を調査し、集めたものである。
 世のバンドの多くは、解散の理由を「音楽性の違い」という言葉をもって表そうとする。もちろん、それが多くの場合、嘘であることを誰もが知っている。ある正直なミュージシャンはこう言う。「世の”音楽性の違い”を理由に解散するバンドの9割は、金か女でもめて解散している」と。そしてこれは、誰もが暗黙の了解としているところであろう。
 だが本書は、こういった「音楽性の違い」などという都合のいい言葉をバンド解散の理由として真に受けるのではなく、その裏側に隠れている本音を調査し伝える試みを行うものである。


 なぜバンドは解散するのか?
 この本を読んでいると、「解散しないバンドなど存在しない」かのように思えてくるのです。
 人気が出て、名声が高まるほど、いろんな形で、バンドのメンバーたちはすれ違っていく。
 カネ、女(男)、バンドの主導権争いなど、さまざまな理由はあるのですが、この本を読んでいると、結局のところ、「他人どうしが一緒に何かをやり続ける、とくに創造的な活動を続けるということには限界があるのではないか」と考えずにはいられなくなってくるのです。
 しかしながら、いざ喧嘩別れして、ソロになってみると、自分が持っていたはずの可能性とか「やりたかったこと」が、できなかったり、ウケなかったりする。
 それでまた、再結成しては、やっぱり喧嘩別れ……
 「音楽性というか、人間性の違い」みたいな理由って、案外、本当なんじゃないかな、という気がします。
 夫婦間の「性格の不一致」と同じような「便利な言葉」ではあるけれど、そうとしか言いようがない場合もあるんじゃないかな。


 これを読んでいると、バンドマンにもいろんな人がいるということがわかります。
 自分は曲を全く作らないのに、「作詞・作曲料」をメンバーで等分することを求めて呆れられた人もいれば(ちなみに、このバンドの場合、実際に曲をつくった人が印税の半分を取り、あとは他のメンバーで等分する、という、かなり「つくらない人にも手厚いシステム」だったそうです)、中心人物が、なんでも独り占めして、他のメンバーの不満が蓄積される場合もある。
 そもそも、関係がギクシャクしてしまう理由は「悪意」や「強欲」だけではないのです。


オフコース』の項より。

 バンドの転機が訪れたのは、鈴木(康博)が小田(和正)に脱退の意思を伝えた1979年の年末。小田が中心になりつつあったオフコースに対する鈴木のジレンマの表れだった。「『さよなら』は小田が書いた曲であって俺のヒットじゃない」と鈴木に言われた小田は「おい、ちょっと待てよ。『さよなら』はオフコースのヒットだろう」と思ったという。この考えのズレが鈴木のジレンマの元だった。知らないうちに高校時代からの盟友を傷つけていたと知った小田は悔やんだが、結局、鈴木は82年6月に行われた日本武道館10日間連続公園を最後に脱退。この出来事は小田に自分の音楽のキャリアは終わると思わせるほどのショックを与え、残ったメンバーでオフコースを続ける決断をするまでに1年以上の時間を要した。


 この話、小田さんが「『さよなら』は俺が作った曲だ、俺のヒットだ」と思っていたのなら、ある意味「わかりやすい」のです。
 でも、高校時代からの盟友だった鈴木さんは、小田さんとの「才能の差」を痛感し、そのうえ、この小田さんの「みんなのもの」という言葉に、友人から「憐れみ」を受けたと感じ、さらにプライドを傷つけられたのでしょう。
 じゃあ、「そうだよ、俺のヒットだよ」と小田さんが返していたら、鈴木さんは脱退せずに済んだのかというと、そうも思えません。
 なんというか、こうなってしまうと、もう「詰んでいる」としか言いようがない。
 そして、どちらの気持ちも、理解はできるんですよね。
 こういう「状況や立場の変化によって、ギクシャクしていく人間関係」というのは、どちらかが悪いというわけではないのです。


 世の中には、解散と再結成を繰り返し、「いま、どうなっているんだっけ?」とわからなくなってしまうバンドもけっこうあります。


 甲斐バンドの項より。

 メンバーの入れ替わりはあったものの勢力的に活動を続けていた最中の1986年3月2日、「スポーツ・ニッポン」が解散をスクープした。翌日、甲斐よしひろは解散を認めた。ファイナルツアー終了後、6月29日に黒澤フィルム・スタジオで行われた小規模のライブ「スペシャル・ラスト・ナイト」をもって甲斐バンドは解散した。ソロアルバム準備中だった甲斐が解散を主張したのだと当時は思われていたが、口を切ったのは耳の不調に悩んでいたギターの大森信和だったことを、のちに甲斐はDVDのインタビューで明かした。
 ここで歴史が終わっていれば、あるいは伝説になったかもしれない。だが、甲斐バンドはその可能性を自ら握りつぶす。96年7月に期間限定で解散したのを皮切りに、09年までに実に5度もの再結成を繰り返したのである。
 08年4月からの4度目の再結成がもっとも本格的なもので、10ヵ月にわたる全国ツアーが敢行された。09年2月7日の武道館での最終公演のあと、甲斐は「バンドはなくなっても曲は残る」と完全終結を宣言、マスコミも「感動のフィナーレ」「有終の美」などと大きく取り上げた。
 ところが完全終結宣言からわずか5ヵ月後の7月、5度目の再結成ツアーが発表される。さすがにマスコミの対応は冷ややかで、甲斐も「謝罪会見になるかもと思った」と頭をかいた。09年10月、5度目の再結成ツアーが開始された。タイトルは「NEVEREND TOUR」だった。以降断続的ながら活動は継続されている。


 甲斐バンドは、僕も子どもの頃『ザ・ベストテン』などでよく観ていたのですが、その後、こんなことになっていたんですね。
 これを読んでいて、大阪にあった、20年以上ずっと閉店セールを続けてきた靴屋さん『オットー』のことを思い出してしまいました。
 解散するする詐欺というか、いくらなんでも、解散からたったの5ヵ月で再結成って、「計画解散」?とか思いますよねそりゃ。
 本人たちは、解散した時点では「もうダメだ」っていう状況だったのかもしれないけれど。
 なんのかんの言っても「解散」とか「再結成」とかいうのはビジネスとして「美味しい」ところもあるんでしょうね。


 聖飢魔Ⅱは、デビュー翌年から「売れなくても世紀末までは解散しない、売れていても世紀末には解散する」と宣言しており、その言葉どおり、1999年12月31日23時59分59秒に解散しました。

 解散前のインタビューでデーモン小暮は解散時期について「いいポイントに定めていたんだなって、最近非常に感じる。5、6年前ではもったいなさ過ぎるし、10年先だったらちょっとしんどいかもな」と語っている。それまでにも解散の危機は度々あったが、活動期間を定めておいたおかげで結果的にバンドが長く続いたのだという。


 この「終わる時期」を決めていたから、結果的に長く続けることができた、というのは、すごく考えさせられる話だな、と思うのですよね。
 「こんな状況が、これからもずっと続くのか……」っていう将来への不安が、人間関係をさらにこじらせる原因になりがちだから。
 

 読めば読むほど、「人生って、社会っていうバンドのメンバーになるようなものだよな」とか、考えてしまう本です。
 SMAPでさえ解散してしまうし、口もきかない、目も合わせないような状況で別れたはずのバンドが、再結成されることもある。
 文庫になって、新しく情報も更新されたことですし、「一家に一冊、置いて損なし」です。