琥珀色の戯言

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【読書感想】談志が死んだ ☆☆☆☆☆


談志が死んだ (新潮文庫)

談志が死んだ (新潮文庫)


Kindle版もあります。
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内容紹介
42年前のあの日、談志は本気で嫉妬した。三島由紀夫の派手な死に様に……。一門の落語協会脱退騒動の張本人にして、「小説はおまえに任せた」と談志に言わしめた著者が、苦しみも喜びも半端じゃなかった、入門以来42年分の感慨を込めて、あの全身落語家と弟子たちの裏も表も、虚実皮膜の間に描き尽す長篇小説。「オレが死んだら悪口だけで三時間はもつはずだ。笑って送ってみせろ」――はい、師匠!


 これはすごく面白かった!
 立川談志という人は、亡くなってから、さらにその存在感を増しているようにさえみえるのですが、その談志さんの古参の弟子であり、「小説はお前に任せる」とまで言われていた著者が、巨星が亡くなった直後の喧噪、そして、晩年の師匠との葛藤について描いたものです。
 

 読んでいて驚かされたのは、談志さんの死は、当初、本当に親族だけにしか知らされていなかったということでした。
 「身内」であるはずの立川流一門の弟子たちも、身の回りの世話をしていた一人以外には、密葬が終わってから連絡があったそうです。
 ただ、それは悪意からではなくて、重篤な状態が続いていた談志さんの「死亡説」が何度か流れ、そのたびに家族がマスコミからの取材攻勢に辟易していたから、だったのです。


 この作品のなかでは、ファンが期待している「いかにも立川談志」という人物像もたくさん出てくるのです。
 著者が生前の師匠に最後に会ったときのエピソード。
 そのときの談志さんは、かなり体力が落ちていて、声を出すこともできず、抱えられるようにして、短時間、一門の宴席に出席されたそうです。

 座が和み、談志はニヤリと笑い、小ぶりの画用紙とサインペンを出して見せた。筆談に応じるという意思表示だが、そんなことはさせられない。弟子はいっせいに喋り始めた。失敗り話である。儲け損ねた話、女に逃げられた話、酒の失敗談、エトセトラ、エトセトラ。
 談志はニヤニヤしながら聞き、ときどき肩を上下させてウケたという演技をし、ある者の話には、いつまでたっても下手だなあという風情で、両の口角を下げた。
 三十分ほどそうしていただろうか。そろそろ、ということになった。一同は、画用紙とサインペンが一度も使われていないことに気づいた。「あの、弟子にメッセージを」と誰からともなく言い、談志が頷いてサインペンのキャップを取った。
 小さな字だ。震えてもいる。覆いかぶさるように画用紙を覗き込んだ弟子の間から、いっせいにドカンと笑いが上がった。それは原語であった。カタカナであった。関東では四文字、関西圏では三文字のあれであった。
 スゲエ、師匠はスゲエ、筆談でもウケさせた。誰もがそう言い募った。

 すごい、たしかにすごい。
 でも、こんな体調であっても、立川談志であり続けなければならないというのは、それはそれでキツかったのではないかな、なんて想像してしまいもするんですよね。
 これはもう「業」みたいなものであり、とにかく人を驚かすことが、談志さんにとって、生きることだったのか。

 十一月二十五日だった。秋も深まったその晩、談志は「美弥」で頭を掻きむしった。
「やられた、チクショー、やりゃがった。うーむ、その手があったか」。
 談志はそう言い続けた。その日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地において、三島由紀夫が割腹自殺を遂げ、談志はそれがために荒れていたのだ。私はとんでもない人の弟子になったのだと戦(おのの)いた。談志と三島が親しかったのかどうかは知らない。互いをどう思っていたのかも判然としないが、少なくとも談志は同等に見ていた。ライバル視と言ってもいい。だからこそ号外が出るほどの派手な死に様に嫉妬し、頭を掻きむしったのだ。かくて私は、小説と小説家を意識せざるを得ない運命を背負いこんだ前座となった。


 しかし、そんな談志さんにも、表には出せない「老い」や「変化」がみられていたのです。
 それは、身近な人々を困惑させ、衝撃を与えたのだけれど、常におかしい状態だったわけでもなかったことと、あまりにも一門にとって巨大すぎる存在だったことが、さまざまな「歪み」を生み出した。
 でもまあ、これは立川一門にだけ起こる「問題」ではないのだけれど。

 二度鳴ったところで談志が出た。
「少し電話から離れてまして……」
 名を告げ、そう言うと、留守番の声の調子に戻った。
「てめえ談春の本を褒めやがったろ。でたらめばかり書きやがってよくもオレの名誉を目茶苦茶にしてくれたな。おまえは要らねえ出てけクビだ破門だとっとと失せろ。詫びに来たって許さねえから早く出てけってんだ」
 一方的に切れた。月刊誌に載った書評が逆鱗に触れたのはかろうじてわかったが、そのどこだろう。名誉を目茶苦茶に……そんなはずはない。私は弟弟子談春の評判の新刊『赤めだか』を褒めただけなのだ。しかるに談志は激怒した。わからない。何がなんだかさっぱりわからない。

 談四楼さん側から語られる経緯を読んだかぎりでは、「一門の談春さんが修業時代や師匠・談志さんのことを書いた本を褒めた」ことに、談志さんが怒る筋合いはなさそうです。
 僕も『赤めだか』を読みましたが、すごく面白い本です。
 暴露本じゃないし、談志さんの「奇人」っぷりを書いたところにも、師匠への敬愛が込められている。
 ……と、思うのだけれどねえ。


 40年も師匠と弟子の関係で、古参の弟子として、一門の発展に尽力してきたという自負もある談四楼さんが受けた衝撃や悲しみ、やるせなさが伝わってきます。
 それでも、師匠は師匠だし、弟子は弟子。
 そんな晩年の一部だけを切り取って、憎んだり恨んだりすることへの抵抗もある。
 談四楼さんは、情の人であるからこそ、悩みます。
 現実問題として、立川一門から追放されて、やっていけるのかどうかという不安もあったはず。

 この本には、落語家として、小説家としての談四楼さんのスタンスが、談春さんとの会話のなかで、こんなふうに語られています。

 代々木上原駅前で下りて、小さなカフェに入った。ワインが置いてあり、ここならアルコールを得意としない談春にも合うはずだった。
 お疲れさんと赤ワインで乾杯、楽屋と「美弥」への車中でのことをかいつまんで話し、私は言った。
「どうして爪楊枝なんかにこだわるんだろ」
「そうですよね、いっそ爪楊枝の件だけがホントであとは全部ウソだと言ってくれた方がスッキリします」
「作り込むことがいけないと言ってるんだろうか」
「そりゃ皆さんやるでしょ。ホントのことばっかりじゃ面白くも南ともありませんから。邪魔になる人が出てきたり、どうしてもそこにいてもらいたい人がいなかったり。だから本ではいるはずの人がいなかったり、いないはずの人がいるという……」
 談春は連載中に様々なことを学んだようだ。いやすでにモノを書く機微を感覚的に掴んでいて連載に臨んだ本書く派だったのか。
「本は売れてるアンタへの嫉妬?」
「まさか。師匠は量を評価する人ですよ」
「でもアンタの何かが癇に障ってるんだ。覚えはないか」
「ありません。だけどここんとこ見てると、どうも声だけの変調じゃない気もするんですよねえ」


 噺家というのは、師匠の死もネタにして、笑いに変えるのが供養だという世界で生きている人たちでもあります。
 ウケるためなら、話を大きくしたり、部分的に改変してしまうこともある。
 無かったことを「あった」とは言わないとしても。
 この作品は「小説」であり、「ノンフィクション」ではないのです。


 そういう「事実とネタ、話を大きくしているところ」との境界の曖昧さに向き合うことも含めて、この本を読むのは、僕にとって至福の時間でした。



赤めだか (扶桑社文庫)

赤めだか (扶桑社文庫)

赤めだか (扶桑社BOOKS文庫)

赤めだか (扶桑社BOOKS文庫)

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