琥珀色の戯言

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【読書感想】世界はこのままイスラーム化するのか ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
移民、難民、驚異の人口増加率で2030年、22億人に
なぜイスラーム教徒だけが増え続けるのか?


近代以降、世界は先進国のキリスト教文化圏の価値観で回ってきた。それが今、資本主義システムへの不信感と共に、根底から揺らいでいる。実際、ヨーロッパではクリスチャンの教会離れが深刻化し、キリスト教は衰退の兆しを見せている。そこに、ムスリムの人口増加、移民・難民流出問題が加わり、イスラームは相対的にその存在感を増している。テロや紛争、移民の労働問題に苦悩しつつも、先進国がイスラームに魅せられる理由は何か。比較宗教学の島田裕巳が、世界屈指のイスラーム学者かつムスリム中田考と激論。日本人だけが知らないイスラームの真実と未来とは。


 比較宗教学者島田裕巳さんとイスラーム学者であり、自らもムスリムイスラム教徒)の中田考さんによる「イスラム教の歴史と現在」についての対談本。
 おふたりとも最近精力的に仕事をされていることもあり、「また同じような話で本を出してるなあ」と思ったのですが、イスラム教についてかなりわかりやすく説明されており、良書だと思います。
 日本で、それも僕のように地方で生活していると、イスラム教徒と接する機会というのは、ほとんど無いんですよね。ムスリムが礼拝している姿もテレビで観たことはあるけれど、ナマで見たことはありません。


 島田裕巳さんの「まえがき」より。

 日本人イスラーム教徒の数は多くても1万人程度と見込まれ、外国人イスラーム教徒を合わせても11万人程度と推定されている。人口の0.1%であり、これは世界的に見ると圧倒的に低い数字である。店田廣文の推計では、ベトナムが同率だが、それは世界でも最低の数字となっている。日本は、世界でもっともイスラーム教徒が少ない国と言えるのである(『世界と日本のムスリム人口 2011年』早稲田大学 人間科学研究 第26巻第1号)。
 日本ではキリスト教徒の数も少なく、総人口の1%程度で、この数字も世界的にはかなり低いが、キリスト教とのかかわりの歴史は長く、文化的にも影響を受けている。なにより、数多くのミッション・スクールが存在していることが大きい。
 このように、日本にいる限り、イスラーム教徒と接する機会は少ない。だがそれは、世界的に見れば例外的なことである。お隣の韓国でも、移民によって16万人のイスラーム教徒が入ってきている。韓国の人口が5140万人で、日本の半分以下であることを考えると、その数は相当に多い。アジア全体では、インドネシアやマレーシアといったイスラームの国もあり、四分の一がイスラーム教徒である。
 周囲にイスラーム教徒がいなければ、イスラームに対する関心も生まれにくい。日常的にかかわりがあれば、関心を持たざるを得ないが、今の日本はまだその状態にはない。
 けれどもそれは、世界的に見れば例外的なことであり、イスラームの重要性は日増しに高まっている。しかも、ヨーロッパではキリスト教が大幅に衰退の気配を見せており、イスラームの移民が増加した結果、「ヨーロッパのイスラーム化」ということが真剣な議論の対象になっている。なにしろ、ドイツやフランスなどでは、すでに人口の5パーセント程度を占めるに至っているのである。

 アメリカのピュー研究所の推計では、2030年にはイスラーム教徒の総人口は22億人足らずまで増え、世界人口の26.4%に達するとされているそうです。
 現在のイスラーム教徒は16億人程度で、まさに「世界は急速にイスラーム化してきている」のです。

 
 いま、ムスリムが多い国は、上から順にインドネシア、インド、パキスタンバングラデシュ、ナイジェリアで、その次にエジプトだそうです。
 僕が「イスラム教の国」としてイメージするアラブの国々は、信者数では、東南アジアやインド、アフリカの国々に抜かれているのです。
 これらの国々と今後付き合っていくうえでも、イスラム教について、ある程度は知っておいたほうが良さそうです。


 イスラム教徒の数が増えていくのに対して、キリスト教の衰退が目立ってきているのです。

島田裕巳日本人はまだあまりはっきりとは認識してないし、関心も薄いのかもしれませんが、ヨーロッパではいま、キリスト教徒の教会離れがかなり深刻な形で進んでいます。とくにプロテスタントが多いドイツやイギリス、北欧などの地域で顕著です。
 どういうことかというと、こうした国々では、教会に所属していると、所得税の8〜10%くらいの額を教会税として支払わなければいけない。ところが、それを払いたがらない若年層が増えていて、この数年の間でも相当な数の人々が教会をやめている。イギリスでは、日曜日に教会に通っているキリスト教徒は一割を切っているほどです。同じことは、ヨーロッパのかなりの国で起こっています。
 そのために、教会が維持できなくなって、住宅として売られたり、天井が高いのでサーカスの練習場として売られたりしています。そこで興味深いのは、維持できなくなった教会の売り先で一番多いのが、イスラームの礼拝施設であるモスクになっていることです。「居抜き」でそのまま売れるわけで、売る方も、世俗的な場所に転用されるよりも、祈りの場として使われるならと歓迎している面もあるようです。


 こういう話を聞くと、とくに若い人たちの間でのキリスト教の衰退、ということが実感できるのです。
 僕は特定の信仰を持たないので、所得税の8〜10%のお金を払ってまでも教会に所属する必要はない、と考える若者たちに共感してしまうのですが、これまでのキリスト教徒の慣習からすれば、嘆かわしいこと、なんでしょうねこれは。
 個人主義や経済的な利益の追求が進んでいる国ほど、「教会をやめる」という人が多い傾向があるというのも、わかるような気がします。
 その一方で、イスラム教は、まだ人口が増えている国に信者が多いこともあり、どんどん信者数が増え続けているのです。
 ヨーロッパの国々で、イスラム教徒に対する「危機感」が増しているというのは、感覚的にはわかる。
 僕だって、何だか自分には理解できないものを信じている人たちが身近なところにどんどん増えてきたら、「なんとなく怖い」と思うだろうし。
 「理性」で偏見を持たないようにしよう、と外野が言うのは、簡単なのだけれど。

 
 中田さんは、「イスラーム教徒が増えている理由」のひとつを、こう説明しています。

中田考歴史的に見れば、イスラーム教徒はまわりの非イスラーム教徒よりも、文化的にも経済的にも進んでいたので、イスラーム教徒だと商売に便利だとか、そういう実利的な動機もあってみんな自発的にイスラーム教徒になっていったわけです。
 でも最近は、やっぱりイスラーム教徒との結婚が多いからじゃないですか。イスラームの場合、男性は、ユダヤ教徒キリスト教徒とも結婚できるけれども、女性はイスラーム教徒としか結婚できないんです。だから、女性が結婚するときには、たいてい相手の男性の宗教が変わる。そしてイスラームは子供が多いので、どんどん増えていくんです。
 しかも、イスラームの男はすぐに「結婚しよう」と言います。日本の恋愛ドラマを見ていると、男がいつまでたっても、結婚しようと言わないじゃないですか。言わなければ、結婚はできません。イスラーム教徒は、会って一日目で言ってくれる。それだけでも、他の宗教の女性にとっては魅力的なんですよ。


 話半分、みたいな感じなのですが、少子化がすすんでいる「先進国」の信者の割合が多いキリスト教よりも、イスラム教のほうが、信者が増えやすい環境にあるのは事実なのでしょう。
 実際に、増えてきていますしね。


 イスラーム国(IS)にヨーロッパの若者たちが集まってくる理由について、おふたりは、こんな話をされています。

中田:わかるといえば、わかるんですよ。ヨーロッパでは、ムスリムだということで謂れのない差別を受けたりする。彼らは、ずっと居心地の悪い思いをして生きなければいけないわけです。
 じゃあ、彼らの受け皿はどこにあるのかというと、いままで話したように、エジプトだってサウジアラビアだって、反イスラーム国家になってしまっている。残念ながら、いまムスリムというだけで受け入れてもらえる場所はイスラーム国(IS)しかないのが実情です。
 イスラーム国(IS)に行けば、まわりはムスリムしかいない。髭を伸ばしたり、ヒジャーブを着けても嫌がらせを受けることもないし、時間が来たらみんなでモスクに行って礼拝する。少し語弊があるかもしれませんが、欧米からイスラーム国(IS)に参加している若者は、おそらく学園祭や体育会系の合宿みたいな気分になっているのだろうと思います。


島田:なるほど。ある意味では、イギリスから新天地を求めてアメリカ大陸にやってきたピューリタンと似ている部分もありますね。


中田:イスラエルをつくったユダヤ教徒もそういうものかもしれません。勘違いしないでほしいのは、イスラーム国(IS)を美化して言っているわけではないんです。現実として、ムスリムの避難所になる場所が、イスラーム国(IS)ぐらいしかないというのが問題なんですよ。


島田:ヨーロッパだと、移民という形で大量のムスリムを抱えているわけじゃないですか。ドイツでもフランスでも、400万とか500万のムスリムがいる。だけど、社会にうまく統合できないという問題に直面して、その上、移民排除の極右的な運動も起こっている。この問題を解消する道はなかなか見つからないですね。


 なんて物騒な「学園祭」なんだ……とは思いますが、こういう「ヨーロッパで排斥されているムスリムたちの居場所の無さ」が、イスラーム国をつくり、そして、そのイスラーム国や過激派によるテロが、ドイツやフランスでのムスリムの立場をさらに悪化させている……まさに悪循環、になってしまっているのです。


 興味深かったのは、最近話題になることが多い「ハラール認証」について、中田さんがこんな見解を示していたことでした。

島田:イスラームの食べ物の規定では、食べてはいけないものが「ハラーム」、食べていいものが「ハラール」ということになります。「ハラール認証」とは、ある食べ物がイスラーム法的に許されていることを証明する制度ですが、本来のイスラームから見ると、どうなんですか。


中田:ハラール認証は、ひどい詐欺だと思います。本来、ハラームというのはアッラーが決めたものであって、イスラーム法では、酒や豚肉はハラームだと規定しているわけです。でも、イスラーム法の規定はそこまでであって、個々のラーメンやカレーがハラームかハラールかということは、個人がその都度、判断すればいいだけの話なんです。


島田:個人の判断でいいというのは?


中田:イスラーム法学者が見解を出す程度のことはできるけれど、最終的には本人がクルアーンハディースを読んで、自分の責任で判断しなければいけません。
 ハラール認証の最大の問題は、特定の認証団体がイスラームの名のもとに認可していることです。イスラームではアッラー以外の権威は認めません。アッラー以外の誰かが「この食べ物はハラールだ」と言うことは、神の大権を侵すことですから、そういう人間は多神教徒だと私は思っています。


島田:でも、イスラーム金融にせよ、ハラール認証にせよ、資本の論理に乗っかって、どんどんビジネスを展開しているように見えますが。


中田:だからいま、イスラーム世界というのは現実にはほとんどないわけですよ。現実には、不換紙幣だって使っているし、利子のようなものもつけてしまっている。サウジアラビアやドバイなんてひどいものです。貧しく暮らしている人々の間では、まだイスラーム的な倫理がかろうじて残っていますけどね。


 僕が「ハラール認証」という言葉をいちばんよく聞くのは、テレビ東京の『ガイアの夜明け』だしなあ、と考えていました。
 日本では、「増えてくるムスリムに対するビジネスチャンス!」的な感じで採りあげられることが多いんですよね「ハラール認証」って。
 中田さんが仰るように「誰が『これは食べていい』『ダメ』と決めているのか?」なんて、想像したこともありませんでした。
 イスラーム教徒の数はどんどん増えているけれども、その一方で、どんどん「世俗化」していて、「本来のイスラム教」から離れてきているところもあるのです。
 

 そういう意味では、「結局のところ、増えていくのは、あまり怖くないイスラム教徒」なのかもしれませんね。


 イスラーム国のような「殺伐としたイスラム教徒」の話ばかりではなく、「いまの世界の、多数派のイスラム教」について知りたい人には、読みやすい入門書だと思います。

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