琥珀色の戯言

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【読書感想】ヒトラーとナチ・ドイツ ☆☆☆☆


ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)

ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)


Kindle版もあります。

ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)

ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)

内容紹介
「人類の歴史における闇」ともいえる、ヒトラー政権時代。
その数々の疑問に、最新研究をふまえ、答える。
当時の歴史やその背景を知るための入門書であり、決定版の書。


ヒトラーはいかにして国民を惹きつけ、独裁者に上りつめたのか?
・なぜ、文明国ドイツで、いつのまにか憲法は効力をなくし、議会制民主主義は葬り去られ、基本的人権も失われたのか?
・ドイツ社会の「ナチ化」とは何だったのか?
・当時の普通の人びとはどう思っていたのか?
・なぜ、国家による安楽死殺害や、ユダヤ人大虐殺「ホロコースト」は起きたのか?


 ヒトラーは、なぜ第一次世界大戦後のドイツで、政権を握ることができたのか?
 当時のドイツ人たちに、ヒトラーは、どのように見えていたのか?

 ナチ党(国民社会主義ドイツ労働者党)の党首、アドルフ・ヒトラーが政権の座にあった1933年から45年までの12年間は、ドイツでは「ナチ時代」(Nazi-Zeit)と呼ばれる。この時代は第二次世界大戦の敗北とともに終わり、それからすでに70年以上が経過した。それでも、この時代の出来事は今なおドイツの、そして世界の人びとの強い関心を集めている。
 21世紀に生きる私たちの視線が「ナチ・ドイツ」、すなわちナチ時代のドイツに注がれるのは、ひとつには、人権と民主主義という近代世界の普遍的な価値と制度がそこで徹底的に蹂躙され破壊されたからである。


 現在、2015年からみると、「なんであんなおそろしいことを、当時のドイツ人はやってしまったのだろう?」と信じられない気持ちになります(僕には、原爆を広島と長崎に投下した、アメリカ軍に対しても同様の思いがあります)。
 この新書では、ヒトラーナチスに入ってから、ミュンヘン一揆で敗れ、一度下野するものの、「国民の大多数の支持を得ているとはいえないような状況で」首相に指名され、そこから絶対的な権力者として、戦争やホロコーストに向かっていき、破滅するまでが描かれています。
 ただし、この本には「第二次世界大戦でのドイツの戦争」ではなく、ヒトラーが打ち出してきた、さまざまな政策と、それに対するドイツ国民の反応が書かれているのです。
 当時のドイツは、戦争の影響により、国際社会のなかでの地位の低下と不況に苦しんでいましたが、世界の「先進国」のひとつでもありました。
 にもかかわらず、あのような「蛮行」を防ぐことができなかった。
 それは、なぜだったのか?
 あの時代のドイツにだけ、凶暴な人間が群生していたとは考え難いので、いまの世の中でも、同じことが起こる可能性はあるのではないか?


 著者は、ナチ党が勢いを増していった理由のひとつを、次のように述べています。

 共通していたのは、どんな場所でもユダヤ人が引き合いにだされ、不満とユダヤ人に向ける扇動が行われたことだ。そしてどの地域でも、現下の苦境の原因はヴァイマル共和国の議会政治家にあるという批判を展開し、議会制民主主義の打破を訴えた。
 ナチ党は徹底した抗議政党であり、責任政党でないがゆえに厳しい批判と要求を住民の気持ちにそって政府につきつけることができた。
 結果的に、ナチ党はおよそすべての社会階層に支持された。既成の保守・中道政党が、それぞれの支持勢力の個別利益を優先するあまり、相互対立が深まり、分裂を繰り返した結果、大衆にそっぽを向かれてしまったことも、ナチ党に有利に働いた。ナチ党に流れた票の多くは、それらの陣営からだった。
 ナチ党が国民にあらゆる層で支持を得たもうひとつの理由は、この党が「民族の栄誉」を前面に押し出したからである。その一例が、戦没兵士の追悼式典の挙行だ。
 ヴァイマル共和国政府はこの点で積極的ではなく、戦争賛美の印象につながる行事を避けていた。


 これを読むと、いまの日本にとっては「他人事じゃないな」という気もしてくるんですよね。
 経済的な停滞も含め、「土壌」としては、似ているのです。

 ヒトラーとナチ党への支持というのは「右肩上がり」だったわけではなく、政権を握った時期が「頂点」だったわけではないことがわかります。
 1932年の二度目の国会選挙では、前回より200万票あまりを減らし、退潮の気配がみられました。

 ナチ党が後退した原因は、これまでいろいろと指摘されてきた。ひとつは、投票率が前回の84パーセントから4パーセント下がり、浮動票をナチ党が〓めなかったことだ。


(中略)


 だが一番の原因は、ヒトラーのカリスマ性の限界だった。ヒトラーは、新しい国民的な大衆運動の指導者として、多くの有権者に希望を与えたが、まだ何ひとつ成果を示すことができないでいた。国民をリードするカリスマ的指導者になるためには、期待に答える業績、つまり偉業を示さねばならない。だがいつまでも政権に就けないままでは、ヒトラーを見限る人びとがでてきても不思議はなかった。


 「口ばっかりじゃないか」とドイツの人々は、ヒトラーを見限りかけていた。
 しかし、そんなヒトラーに、ヒンデンブルク大統領を中心とした、ドイツの右派が目をつけたのです。

1. ヴァイマル憲法が定める議会制民主主義に終止符を打つこと。
2. 伸長著しい共産党など急進左翼勢力を抑えつけること。
3. 強いドイツを内外に印象づけ、再軍備に道をつけること。


これらをヒトラーの手を借りて実現できれば、あとはまた大統領大権を使って、ヒトラーを失脚させればよい。保守派の領袖は、そうたかをくくっていたのだ。


 ドイツの保守派たちは、ヒトラーを「駒」として使い捨てにするつもりだった。
 使い捨てられる存在だと、甘くみていた。
 でも、その駒は、彼らの思い通りに動かないどころか、自分の意思で暴走してしまったのです。


 ドイツの民衆は、必ずしもヒトラーやナチ党を「盲信」していたわけではありませんでした。
 「こんな極右政党が政権をとったら、ドイツは孤立してしまう」と危惧していた人も多かったのです。
 でも、「駒」として政権についたはずのヒトラーの政治に慣れてくると、案外、快適になってしまった。

 それにしても、ナチ時代の前半は激動のドイツ現代史のなかでとくに評価の難しい時期だ。
 戦後初期の西ドイツで実施された住民意識調査(1951年)によると、「20世紀の中でドイツが最もうまくいったのはいつですか。あなたの気持ちにしたがって答えてくださ」という問いに、回答者の40パーセントがナチ時代の前半を挙げている。女性の回答者に限れば、41パーセントだ。これは帝政期(45パーセント)に次ぐ高さで、ヴァイマル期(7パーセント)、ナチ時代の後半(2パーセント)、1945年以降(2パーセント)を大きく引き離している。
 たしかにホロコースト(ユダヤ人大量殺害)のような国家的メガ犯罪が本格化したのはナチ時代の後半だ。しかしナチ時代の前半にすでに、政府の政治弾圧や人権侵害は公然と行われていたし、反ユダヤ主義が国家の原理となったことも明らかだった。
 そのような時期を生きた人びとの中から、戦後、「あの頃ドイツはうまくいっていた」「比較的よい時代だった」という声があったとすれば、それはいったいなぜだろうか。


 著者は、この本のなかで、その「謎」に迫っています。
 僕は「ナチ党政権下のドイツは、ずっと、息苦しい、暗黒時代だった」と思い込んでいたので、これを読んで、驚いたのです。
 でも、当時の様子を知ると、たしかに、「戦争が始まる前までは、多くのドイツ人にとって、『良い時代』と感じられていたのかもしれないな」という気がしてきます。
 それは、太平洋戦争前の日本にも言えることなのだけれども。


 いくらなんでも、ナチ党のユダヤ人(や障害者、ロマたちへの)絶滅政策は酷すぎるだろう、とは思う。
 なぜ、反対の機運が盛り上がらなかったのか? やはり、ナチ党が怖かったのか?
(それでも、強制収容所での「虐殺」については、ドイツ国民に隠されていたそうです。さすがに反発を招くだろう、ということで)
 ナチ党政権下のドイツ国民が、あからさまな人種差別政策を受け入れてしまった理由のひとつを、著者はこのように説明しています。

 国民が抗議の声をあげなかった理由に関連して、ナチ時代特有の「受益の構造」にふれておこう。それはいったいどんなものだったのだろうか。
 先にも雇用についてふれたように、ヒトラー政権下の国民は、あからさまな反ユダヤ主義者でなくても、あるいはユダヤ人に特別な感情を抱いていなくても、ほとんどの場合、日常生活でユダヤ人迫害、とくにユダヤ人財産の「アーリア化」から何らかの実利を得ていた。
 たとえば同僚のユダヤ人がいなくなった職場で出世をした役人、近所のユダヤ人が残した立派な家屋に住むことになった家族、ユダヤ人の家財道具や装飾品、楽器などを競売で安く手に入れた主婦、ユダヤ人が経営するライバル企業を安値で買い取って自分の会社を大きくした事業主、ユダヤ教ゲマインデ(信仰共同体)の動産・不動産を「アーリア化」と称して強奪した自治体の住民たち。無数の庶民が大小の利益を得た。


(中略)


 ユダヤ人財産の没収と競売、所有権の移転は、細部にいたるまで反ユダヤ法の規定にしたがって粛々と行われ、これに携わった国税庁・市役所などさまざまな部署の役人も良心の呵責を感じることなく仕事を全うできるシステムができあがっていたのだ。ユダヤ人の排斥を支える国民的合意が形成されていたとはいえないにせよ、ユダヤ人の排斥を阻む民意は見られなかった。


 多数派にとって、自分に「ちょっとした利益」があれば、少数派を排斥する、あるいは、排斥しなくても、「見捨てる」ことは、そんなにハードルが高いことではなかったのです。
 それは、いまの世の中でも、同じなのだと思う。


 ヒトラーが権力を握り、ホロコーストが起こってしまった、偶然と必然。
 読んでいると、「なんとなく、いまの日本の状況と似ている」と感じるところも少なくありません。
 「最悪の時代」の前にあるのは、「ちょっと悪い時代」とは限らない。
「けっこう良い時代」のつもりが、どん底に突き落とされることもある。
「ナチ党は絶対悪」と思考停止してしまうのではなく、なぜあのようなことが起こったのか、という「歴史的事実」をたどることによって、学べることも多々あるはずです。
 

ヒトラーランド――ナチの台頭を目撃した人々

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