琥珀色の戯言

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【読書感想】天才 ☆☆☆☆


天才

天才


Kindle版もあります。

天才 (幻冬舎単行本)

天才 (幻冬舎単行本)

内容紹介
高等小学校卒という学歴ながら『日本列島改造論』を引っ提げて総理大臣に就任。比類なき決断力と実行力で大計の日中国交正常化を実現し、関越自動車道上越新幹線を整備、生涯に30以上の議員立法を成立させるなど、激動の戦後政治を牽引した田中角栄
その経歴から総理就任時には「庶民宰相」「今太閤」と国民に持てはやされ、戦後では最高の内閣支持率を得たが、常識を超える金権体質を糾弾され、総理を辞任。その後、ロッキード事件で受託収賄罪に問われて有罪判決を受けるも、100名以上の国会議員が所属する派閥を率い、大平・鈴木・中曽根内閣の誕生に影響力を行使。長らく「闇将軍」「キングメーカー」として政界に君臨した。
そんな希代の政治家・田中角栄といえば、類まれな権謀術数と人心掌握術に注目が集まるが、実はスケールが大きいわりに人一倍デリケートな一面があった。浪花節と映画をこよなく愛する、家族思いの人情家だったという。
強烈な個性をもったリーダーが不在の今、自らも政治家として田中角栄と相まみえた著者が、毀誉褒貶半ばするその真の姿を「田中角栄」のモノローグで描く意欲作。


数字に強い、駆け引きが上手い、義理人情を欠かさない。
それが高等小学校出の男が伸し上がる武器だった――。


 石原慎太郎が書いた、田中角栄の「独白」。
 この形式だと、田中角栄さんが酒場で隣の席に座っていて、ウイルキーが入ったグラスを片手に、ゆるゆると問わず語りに人生を振り返っているような感じがしてくるのです。
 でも、僕はこの「独白」という形式に、かなり警戒しながら読まずにはいられませんでした。
 田中角栄さんが亡くなられてから、もう20年以上が経っていることを考えれば「時効」なのかもしれないけれど、僕にとっての田中角栄という人の記憶は、まだけっこう生々しくて、こんなふうに石原慎太郎さんが田中角栄の内心を「忖度」して書くということには、なんだか違和感があるんですよね。
 「事実」と「周囲の人から聞いたこと」「自分の体験」が、きちんと分けられている「評伝」ならともかく、この書き方だと、どこまでが歴史的事実で、どこからは石原慎太郎さんの憶測(あるいはフィクション)なのかが、よくわからない。
 読み物としては大変面白いし、田中角栄の人となりが伝わってくるような気がするのですが、それだけに、「盲信すべきではない」と思ってしまうのです。
 

 2015年の元旦にNHKで放送された戦後70年特集で、「戦後を象徴する人物」を挙げるという3600人の世論調査が行われました。
 その結果、1位が田中角栄、2位が吉田茂、3位が昭和天皇、4位がマッカーサーだったそうです。
 しかも、田中角栄さんは、圧倒的な差をつけての1位だったのだとか。


 金権政治家として批判され続けている田中角栄さんなのですが、その実行力と「豊かさ」への切実な希求、高学歴・官僚出身者がほとんどの日本の総理大臣のなかで、高等小学校卒業ながら、トップの座につき、ロッキード事件で転落していったというドラマ性など、昭和を生きた日本人にとって「忘れられない人」なんですよね。
 僕も平成のほうを長く生きてしまいましたが、田中角栄さんのことは印象に残っています。
 子供時代は「カネの亡者、汚い政治家」だったのですが、今から考えると、良くも悪くも「傑物」だったのだよな、と。

 大蔵大臣に就任した時、俺は役所の全員を集めて、ある意味での啖呵を切った。
「私が田中角栄だ。私の学歴は諸君と大分違って小学校高等科卒業だ。諸君は日本中の秀才の代表であり、財政金融の専門家ぞろいだ。私は素人だがトゲの多い門松を沢山くぐってきていささか仕事のコツを知っている。これから一緒に仕事をするには互いによく知り合うことが大切だ。我と思わん者は誰でも大臣室に来てほしい。何でもいってくれ。一々上司の許可を得る必要はない。出来ることはやる。出来ないことはやらない。しかしすべての責任はこの俺が背負うから。以上だ」と。

 田中角栄さんは「人を動かす」達人だったのです。
 それは、お金を使う場合もあったり、意気に感じさせる場合もありました。
 

 俺は人から借金を申し込まれたら、出来ないと思った時はきっぱりと断る、貸す時は渡す金は返ってこなくてもいいという気持ちで何もいわずに渡すことにしてきた。その流儀は今でも変わりはしない。手元を離れた金はもう一切俺には関わりないということだ。

 田中角栄さんの様々なエピソードのなかで、僕にとっていちばん印象的だったのは「田中角栄さんは、出来ないとわかっていることは、『考えておくから』などと曖昧にせずに、きっぱりとその場で断っていた」というものだったんですよね。
 人って、嫌われたくないから、無理な頼み事をされても、「ちょっと考えさせて」とかその場しのぎの答えをしてしまうことって、あるじゃないですか。
 僕は「嫌われるのが苦手」だったので、そういうことが、本当によくあって。
 田中角栄さんは、身近な人たちに言っていたそうです。
 どうせ断ることなら、曖昧なことを言って期待を持たせると、かえって相手を失望させることになる。だから、ダメなことはすぐに、きっぱりと断ったほうがいいんだ、と。
 田中角栄という人は「期待させられた挙句に断られ、がっかりする経験」を積んできた人であり、だからこそ、「庶民」の考えが理解できたのではないか、という気がするんですよね。
 

 ロッキード事件についての記述などは、石原慎太郎さんの主観がかなり反映されていて、あまり鵜呑みにしないほうが良さそうな本なのですが、日常生活での細かいエピソードや人間性については、「こんな感じの人だったのかもしれないなあ」と思わずにはいられませんでした。


 ちなみに、この小説には「長い後書き」というのがあって、ここで、石原慎太郎さんは、自分自身と田中角栄さんが実際に接したときのことを振り返っておられます。
 この「後書き」では、大変興味深いエピソードが語られています。
 

「ノンフィクション」「歴史書」ではないけれど、「昭和を代表する作家が、昭和を代表する政治家について書いた本」として、なかなか興味深いものがありました。
 「鵜呑みにはできない」とは思いつつも、なかなか面白い本であったことは間違いありません。