琥珀色の戯言

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【読書感想】シャープ崩壊−−名門企業を壊したのは誰か ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

絶頂から鴻海買収交渉まで転落劇のすべてを活写! 「キングギドラ経営」「会長主導のクーデター」「1社長1工場」――。シャープは権力者の人事抗争の末に悲劇が起きた。堺工場に代表される液晶事業への身の丈にあわない巨額投資の失敗はもちろんだが、経営危機に陥った後に内紛が激化し、効果的な打開策を打ち出せず、傷口が広がった。液晶主導の成功から赤字転落、鴻海精密工業による買収提案まで、日本経済新聞大阪本社・経済部が総力を挙げて名門企業が瞬く間に転落する姿を描く緊急出版!


 シャープは、なぜ、こんな経営危機に陥ってしまったのか?
 はじめて買ったマイコンが「シャープX1(初代・テープ版)」で、その後は「X1G」「X68000」と、この世の春を謳歌するPC88、98シリーズを横目に「シャープ信者」であり続けた僕にとって、シャープがこんなに「苦境」に陥っているのは、なんだかとても淋しいのです。
 X68000が発売されてしばらく経って、もう売り場でも全く見かけなくなった時期に、壊れたX68000をダメもとで修理に出したら、「長い間愛用していただいてありがとうございます」という丁寧なメッセージとともに戻ってきたのは、いまでも忘れられません。
 シャープは、ソニーみたいな「カッコいい」メーカーじゃなかったかもしれないけれど、電気製品をつくっているのに、人のぬくもりを感じる会社だったんですよね、僕にとっては。


 この本では、そのシャープが、1.5流のメーカーから脱却するために「液晶」に注力して一時は大成功をおさめるものの、莫大な設備投資を回収する前に液晶が「安く、たくさん作られるようになってしまったこと」と社内での権力闘争によって、「会社のため、ユーザーのため」ではなく、「上層部の実績作りのため」あるいは「失敗を覆い隠すため」の「ものづくり」になってしまったことが克明に描かれているのです。

 シャープは権力者の人事抗争の末に悲劇が起きた。堺工場(堺市)に代表される液晶事業への身の丈にあわない巨額投資の失敗はもちろんだが、経営危機に陥った後に内紛が激化し、効果的な打開策を打ち出せず、傷口が広がったのである。
 具体的には、第4代社長であり、「液晶のシャープ」を率いた町田勝彦と、プリンスと言われた5代目社長の片山幹雄が2011年から対立し、経営が迷走した。
 片山社長時代は、会長の町田、その側近で副社長の浜野稔重が勝手に経営に口をはさむ「三頭政治」がまかり通った。幹部たちは大いに嘆いた。「うちの会社は(3本の首がある怪獣の)キングギドラみたいだ」

 町田は2007年、49歳だった片山を社長に引き上げた。若手のときからエース技術者だった片山は、「液晶のプリンス」として出世の階段を駆け上がった「秘蔵っ子」だった。だが、片山が主導して大阪府堺市に建設した世界最大級の液晶パネル工場(2009年稼働)が失敗に終わると、2人の間には亀裂が入る。周囲を巻き込んだ激しい人事抗争が繰り返され、経営は迷走していく。

「片山さんが液晶なら、浜野さんが太陽電池という具合に、お互いが競うように投資するんですから異様でした」。当時の幹部は振り返る。ある日、重要な情報を周囲から知らされた浜野は「社長に言わなくてもいいんですか」と聞かれ、こう返したという。「会長にはお伝えしておく」。社長を”裸の王様”にするということだ。社長の片山と、実力副社長の浜野が対立していては、経営が混乱するのは当然のことだ。
 別の幹部が自嘲気味に話す。
「町田、片山、浜野それぞれが口出ししてきたことを、社内では『キングギドラ経営』と言っていました」
 キングギドラとは映画に出てくる首が3本ある怪獣だ。それぞれの口から光線を吐く。


 こりゃ、ダメだ……
 会社の利益というよりは、お互いの競争意識から、意地の張り合いのように投資をして、会社の試算を食いつぶす。そして、自分のミスも、相手に弱みを握られないように隠してしまう。
 これでは、うまくいかなくて当然です。


 その後、6代目の社長となった奥田隆司さんは「人畜無害」といわれ、なかなか指導力を発揮できず、7代目の高橋興三さんは、「院政」を敷いていたこれまでの権力者たちを排除することには成功したのですが、経営は「少し良くなっては、それ以上に悪化し」のくり返しで、なかなか抜本的な改善には至っていません。
 これまでの過剰投資でコストがかかりすぎ、シャープの製品は競争力を失い、社員たちのモチベーションもなかなか上がらない状況なのです。
 現在のシャープは、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業による買収交渉が最終段階に入っているといわれており、高橋社長は辞任を考えている、との報道もありました(高橋社長の去就については、まだはっきりしないようです)。


 しかし、こんなに大変そうなのに、やっぱりなりたい人はなりたいものなんですね「社長」に。
 「プリンス」と言われた片山さんは、社長に就任するまでは、物腰の柔らかい、丁寧な人だったそうなのですが、社長になったら変わってしまった、という話も出てきます。
 そういうのは、「見る目が変わった」だけなのかもしれないけれど。
 エリートとして「勝つ」ことにこだわりつづけてきた人たちは、「自分の業績」にこだわりすぎて、会社全体のことや、将来のことが見えなくなってしまうこともあるんですね。


 シャープは、こんなに酷いことになってしまったのだから、よっぽど無能な経営者たちだったのだろうな、と思いきや、出てくる人たちは、みんな有能であり、社長・会長に就任するまでは、技術者として、あるいは営業畑で実績を積んできた人たちでした。
 ところが、彼らはその能力を「権力争い」で浪費してしまったのです。
 「船頭多くして、船山に上る」という言葉がありますが、シャープはまさにそれだったのかな、と。
 そして、「液晶」で最初に大きな賭けをして得た「成功体験」が、この堅実だった企業を過剰な設備投資に駆り立て、のちの急激な失速を生んでしまったのは皮肉だとしか言いようがありません。

 シャープの経営危機はもともと、液晶技術を囲い込めるという思い込みにある。2004年に稼働した亀山工場では「技術をブラックボックスにする」としていた。材料や装置などの取引先からの情報流出を防ごうとしたのだが、あまりにも過剰投資を行い、余裕がなくなった。
 町田の経営哲学は「ナンバーワンよりオンリーワン」だ。講演会では「自社の強みを把握して磨きをかける。横を見て経営すると自分を見失う」として、液晶の拡大路線を正当化した。だが、その判断によって高い代償を支払うことになった。
 アクオスの成功で経営陣には慢心がはびこった。挑戦者としての謙虚さが消えてしまった。5代社長の片山の有名な言葉は「液晶の次も液晶です」だ。これが早川(徳次:初代社長)ならば、液晶の次は液晶ではないと考えただろう。

 液晶で一時的に大成功をおさめたことが、シャープの「理念」を狂わせてしまったのです。
 いまの世の中では、「花形」である液晶の技術をいくらブラックボックスにしようとしても、後発メーカーが追いついてくることはわかっていたはずなのに。
 予想していたよりもはるかに早く、追いつかれてしまった、ということなのかもしれませんが、それもまた「他のメーカーを甘くみていた」ということなのでしょう。


 これからのシャープは、いったい、どうなってしまうのか。

 シャープは結局、鴻海に買収されるのか、産業革新機構の本体出資を受けて実質的に国有化されてしまうのか。主力2行が主導して不採算事業を切り離し、関西の中堅電機メーカーとして地味に生きるのか。あるいは、シャープ社内の中堅や若手が決起し、戦犯である高橋ら首脳陣に引導を渡し、規模は小さくても自由闊達な会社として復活を期すのか。その決断は近いうちに下される可能性が高い。

 現状では、鴻海による買収が最も現実的な選択肢のようですが、シャープは「蘇る」ことができるのか。
 X1、X68000からの付き合いの僕としては、なんとか復活してくれるのを願うばかりです。
 

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