琥珀色の戯言

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【読書感想】ルポ塾歴社会 日本のエリート教育を牛耳る「鉄緑会」と「サピックス」の正体 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
開成、筑波大学附属駒場、灘、麻布など進学校の中学受験塾として圧倒的なシェアを誇る「サピックス小学部」。そして、それら名門校の合格者だけが入塾を許される、秘密結社のような塾「鉄緑会」。なんと東大理3の合格者の6割以上が鉄緑会出身だという。いまや、この2つの塾が日本の“頭脳”を育てていると言っても過言ではない。本書では、出身者の体験談や元講師の証言をもとに、サピックスひとり勝ちの理由と、鉄緑会の秘密を徹底的に解剖。学歴社会ならぬ「塾歴社会」がもたらす光と闇を詳らかにする。


 「サピックス」と「鉄緑会」を知っていますか?
 僕は小学校1年生と1歳のふたりの息子がいるにもかかわらず、これらの存在をこの新書ではじめて知りました。
 我ながら、「意識低い」なあ……
 まあ、これらは東京と大阪にある中学受験塾(とくに東京で強い)らしいので、九州在住の僕たち家族にとっては、縁遠い存在であることも事実なのですが。
 これを読むと、いま、塾や習い事で長男が忙しく過ごしているのを「もっと遊ばせなくても良いのだろうか……」と悩んでいる自分たち家族は、受験的には、まだまだ「甘い」のではないかと考えさせられます。
 都会では、小学生から、ここまでのことをやっているのか……

 「サピックス」の名前なら聞いたことのある人も多いだろう。しかしその上位クラス出身者だけが集まるような塾「鉄緑会」については知らない人も多いかもしれない。ごく一部の超難関中高一貫校を指定校とし、東大および難関大医学部合格を絶対目標に掲げる塾である。
 たとえば東大合格率ナンバーワンの筑波大学附属駒場の中学受験合格者数に占める「サピックス商学部」出身者の割合は、2015年で7割を超えている。また大学受験の最難関である東大理3(医学部)の合格者のうち6割以上が「鉄緑会」出身者で占められている。
 たった2つの塾が、この国の「頭脳」を育てていると言っても過言ではない。「学歴社会」ならぬ「塾歴社会」である。
 このことが何を物語っているのか、この国の教育はどうなっていくのか、それをいっしょに考えていきたい。


 日本でいちばん合格するのが難しいのは、東大理3(医学部)といわれています。
 サピックス、そしてその中でもよりすぐりの精鋭が集まっている「鉄緑会」からの合格者が、卒業した高校を問わず(とはいっても、理3に複数の合格者を出すような高校は、ある程度決まってはいるのですが)、多くを占めているのです。
 

 毎年春になると、週刊誌各誌がこぞって東大合格者ランキングの特集を組み、やれ「開成がいちばん」とか「灘と筑駒はどちらが上か」などといったことが話題になる。卒業生数と東大合格者数から東大合格率によるランキングを作ってみたり、各大学の偏差値と合格者数をかけ合わせて学校ごとの「大学合格力」なる指標で並べてみたりして、「どの学校がいちばん東大に近いのか」「いい大学に行ける学校はどこか」をあの手この手で比べようとする。それによって翌年の中学受験における、各学校の倍率が如実に変わる。しかしそれも虚しいことに思えてくる。
 有名進学校の実績の裏には少なからず鉄緑会の影響がある。最難関大学受験のことだけを考えるのなら、開成にするのか、筑駒にするのかということよりも、鉄緑会に入るのか入らないのかが、重要なのかもしれないのだ。
 つまり、「学歴」よりも「塾歴」。この国では塾が受験エリートを育てているのだ。
 そして鉄緑会に通う最難関中高一貫校の生徒の大半がサピックス出身者であるというのもこれまた事実だ。あまたある公立小学校から多様な中高一貫校へ、そして東大をはじめとする最難関大学へと、「学歴」においては多様な「道」が存在するように見えるが、「塾歴」に目を向ければ、多様性は極めて乏しい。
 「学問に王道はない」はずである。しかし今、日本の受験勉強においては、サピックスから鉄緑会そして東大へと、1本の「王道」が存在するのである。


 「鉄緑会」は、1983年に創立されており、この名前は、東大医学部の同窓会組織「鉄門倶楽部」と東大法学部の自治会「緑会」に由来しているそうです。
 「日本の文系・理系学部の最高峰」から名付けられたなんて、それだけで気後れしてしまいそう。
 実際に、鉄緑会では、これらの学部の学生やOBも講師として、生徒たちに教えているそうです。
 そして、そのことが、生徒たちにとっては、これらの学部を「雲の上の存在」ではなく、「自分たちの具体的な目標」にしているのです。
 

 著者は、この「エリート中のエリート集団」の功罪について、関係者に取材し、さまざまな視点から述べています。
 サピックスって、受験対策用の、いわゆる「詰め込み教育」で、子供たちを受験マシーンにしているから、結果を出せているのではないか、と思ったのですが、そんなに単純な話ではないのです。

 たとえば算数では、安易に公式を当てはめるような教え方はしない。簡単な問題で原理原則に気づかせたうえで、類題演習をくり返し、徐々に問題のレベルを上げ、複雑な問題の中にも同じ原理原則が活用できることを体感させる。
 野球にたとえれば、まずバットを振るときに必要な基本的な筋肉の使い方を教え、あとはいろいろな球種の球を実際に打たせてみることで、どんな状況に際しても反射的になめらかに筋肉が動かせるようになるまで訓練するようなものだ。
 また、国語や理科や社会の授業では、生徒たちの生活に根ざした身近な話題を呼び水にして興味を惹きつけ、双方向的に対話をしながら、要点を板書にまとめていく討論型の授業を行っている。
 講師も生徒も授業中は常に頭の中がフル回転。1コマ90分にもおよぶ授業も、集中しているとあっという間に過ぎてしまう。
 現在文部科学省は、先生が生徒に一方的に講義を行う「レクチャー型」の授業に対する新しい授業形態として、生徒たちの主体的な活動を伴う「アクティブ・ラーニング」を推進しようとしているが、サピックスではTAP時代からアクティブ・ラーニングが当たり前なのだ。
 しかもサピックスの授業には休み時間がない。食事をする時間もない。4・5年生は17時から20時まで、6年生は17時から21時までぶっ続け。サピックスの生徒たちはいわゆる塾弁を持たず、帰宅後に夕食を食べるのだ。
 ただし、頭の回転の遅い子にはやはりつらい。授業の途中でわからなくなったらあとはわけもわからず怒濤の中を彷徨う羽目になる。やはり学力上位層向けのシステムと言える。


 実際に授業を見学することを許された著者によると、サピックスの授業は、むしろ、「先進的」であり、生徒と対話しながら進められているそうです。
 受験勉強においても、今は「詰め込まれた知識」よりも、「創造的な問題解決能力」を問う傾向になってきており、それは、難関大学になるほど、顕著なのです。
 桜陰高校から東大理3に合格した生徒は、「鉄緑会」について、「桜陰にはそこまで張り合える相手がいなかったので、鉄緑会という場所は私にとって貴重な競争の場でした」と言っています。
 宿題も多いし、競争も激しい。
 でも、ここで勝ち残れれば、「東大」への道が開ける。
 サピックス、そして「鉄緑会」は、そこでやっていくだけの力がある生徒にとっては、けっして、悪い場所ではないのです。


 著者は、高校・大学の関係者にも取材をして、この「難関大学受験の王道」を辿ってきた生徒たちの「同質性」や「簡単に答えを求めてしまう傾向」を危ぶむ声も紹介しています。
 そもそも、「勉強ができること」は「社会人として、うまくやっていくこと」と、必ずしもイコールではありません。
 著者は、東大医科学研究所特任教授の上昌広さんの「東大に入ってから伸びる子は、自分の力で試行錯誤をした経験が豊富な子」という言葉を紹介しています。

 今、東大医学部ではタフな学生を求めている。福岡の修猷館や埼玉の浦和のような県立の進学校で大学入試ギリギリまでラグビー部で汗をかいていた学生と、中1から塾の操り人形だった学生とでは、前者のほうがほしいに決まっている。1浪したとしても前者がほしい。

 医療の現場で仕事をしていると、たしかにそうだろうな、と思うのです。
 僕自身は「とりあえず勉強がそこそこできたので、医学部に入ってしまった」人間なのですが、実際に仕事をしてみると、精神的にも肉体的にも「タフであること」が必要な仕事なんですよね、医者というのは。
 東大卒の医者でも、現場ではスタッフや患者さんに厳しい言葉をかけられることがあるし、睡眠不足で当直しなければならないこともある。
 では、研究者ならどうか、というと、世界的に知られている研究者の講演を聴きに行くと、彼らの多くは「受験エリート」ではなくて、ちょっとアウトローというか、高校時代や大学時代に部活やサークル活動に入れ込みすぎて浪人・留年したり、ずっとスポーツをやっていて、そこでも成績を残している人なのです。
 研究者も、総合的な「人間力」なんですよね、結局。
 そういう人に接すると、「ああ、この人は、医学の世界じゃないところでも、きっと成功していただろうな」と思わずにはいられません。
 いつまでも、模試の成績を自慢しているような人は、ほとんど頭角を現さない。
 むしろ「遊び好きで、世知に長けた人」のほうが、開業医として成功していることも多いのです。


 まあ、だからといって、「東大に入るためにラグビーをやる」人はいないですよね。
 ラグビーで活躍して、勉強すれば東大理3なんて、スーパーマンだろ、とも思う。
 なんのかんの言っても、まず、東大に受からなければ(あるいは、医学部に受からなければ)どうしようもないし、それには、サピックスが「王道」なのも間違いない。


 もし、あなたが自分の子どもに「エリート教育」を考えているのであれば、この新書はすごく参考になると思います。
 それはまさに「正解のない問い」ではあるのですが、判断材料が多いに越した事はありません。

 野球をやらせたらダントツにうまいとか、絵を描かせたら先生よりうまいとか、そういう才能の1つとして、勉強が得意な子というのも存在する。
 本書の取材を通してさらに強くそれを確信した。できる子はできるのである。それも桁違いに。塾や学校の先生たちと話していても、明言はされないものの、暗に感じる。彼らが「素質」の存在に気づいていることを。


 サピックス鉄緑会というのは、その「素質」を持った子どもたちにとっては、素晴らしい「自己研鑽の場」なんですよね、きっと。
 でも、「向いていない」子どもたちもいる、それも、少なからず。
 なんでも「素質」にしてしまうと身も蓋もないのですが、それはたぶん、真実なのだと僕も思います。
 ただ、「やってみないとわからない」のだよね、結局。
 そして、失敗したらやり直す、というわけにもいかない。


女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密 (文春新書)

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