琥珀色の戯言

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【読書感想】酒井若菜と8人の男たち ☆☆☆☆☆


酒井若菜と8人の男たち

酒井若菜と8人の男たち

内容紹介
長文ブログが人気で、過去に小説、エッセイ集も出版し、
文章力に定評のある酒井若菜


そんな彼女と親交のある、お笑い芸人、俳優、ミュージシャン、
総勢8人の男たち。


マギー
ユースケ・サンタマリア
板尾創路
山口隆(サンボマスター)
佐藤隆太
日村勇紀(バナナマン)
岡村隆史(ナインティナイン)
水道橋博士(浅草キッド)


トータル20時間を超えた、彼らとの対談。
さらに、酒井さんから対談相手一人一人に向けて書いた、8本のエッセイ。


笑いと感動と驚きが、ギュウギュウにつまった
2段組み400ページを超える「対談&エッセイ本」


 正直、自分で読むまでは、「人気女優さんが、デレデレした男友達と深刻ぶった話をしている対談本なんじゃないか」と思っていたんですよ。
 この本に関するニュースも「酒井若菜さんが膠原病での闘病を告白!」みたいなものばかりでしたし。


 まさか、対談本に圧倒されて涙を流すとは思いませんでした。
 年齢とともに、涙腺がゆるくなってきているのはたしかなのだけれども、それにしても。


 酒井若菜さんは、対談相手の選択から、話の構成、編集まで、プロのライターさんを入れずに、自分の手で行ったことを強調しています。
 読んでいると、たしかに、プロのライターさんだったら、こんなふうに、友達以上恋人未満、という感じの男女のとりとめもない、グダグダしたやりとりを、ダラダラとページを使ってそのままに近い形で掲載せずに、もっと「まとめてしまう」だろうと思ったんですよね。
 でも、酒井さんは、「まとまらないものを、まとまらないまま」書いておられます。
 だからこそ、これだけのページ数+二段組みという分厚い本になっているのですが、その会話を近くで聞いているように読めるのです。
 

 内容的にも、病気のことだけではなく、女優にとっての演技という仕事や、芸人にとっての芸の話など、話している本人が、普段メディア向けに見せている外皮の奥に隠しているものを、酒井さんは取り出してみせるのです。
 どちらかというと、対談相手のほうが、酒井若菜という人を前にすると、つい、外套を脱いでしまいたくなるようにも感じました。
 でも、酒井さんにもう一歩近づこうとしたら、さりげなく、スッと少し離れてしまう、そんな感じ。


 俳優・脚本家のマギーさんとの対談より。

マギー:『オモクリ』のときにも言ったけど、俺の中でイモ(酒井さん)に言われてすごく心に残ってる言葉なんだけど。まだ『きみはペット』で知り合ってから1年2年の間の話と思うけど、「にいちゃんとなら一緒にお風呂入れる」って言われたのね。


酒井:ふふ、はい。


マギー:これ、文字づらにすると、いろんなニュアンスが入るから、ちゃんと説明しないといけないんだけど、これがほんとに、うまいこと恋愛対象男性からきれいにスーンと外された感じがそん時して、気持ちよかったんだよね(笑)。


 酒井さんに「お互いに10年後も独身だったら、結婚しようか」なんて言われたら、ちょっとどころじゃなく期待する人だっているよねえそりゃ。
 対談相手も、イケメン俳優ではなく個性派俳優だったり、芸人だったりして、サブカル系の人が多く、酒井さんは「天然サークルクラッシャー」(学校のサークルなどで、不特定多数の相手との色恋沙汰を起こし、そのサークルの人間関係を崩壊させる女性)のようにも感じるのです。
非コミュ」が、こんな人に「あなたの話、面白いですね」って言ってもらえたら、そりゃハマるよ。
 考えてみれば、女優という仕事そのものが、より広範囲での「サークルクラッシャー」みたいなもの、ではあるのかもしれませんけど。


 ただ、酒井さんは、なんというか、溺れながらも、ドローンで溺れている自分を冷静に観察しているような人でもあるのです。


 サンボマスター山口隆さんとの回より。

山口隆過度に誤解されると嫌ですかね、過度。


酒井:そうですね。それは絶対そうですね。


山口:でもね、でもね。人間ってのは誤解しますよ。


酒井:うん、します。


山口:誤解で生きてるんだから、とかって思う。


酒井:分かる。私もそう思います。でも誤解って、被害者意識だけじゃなくて、誤解「されてる」ってみんな言うけど、私は誤解「させてる」ってことも一個踏まえておかないといけないなと思うんですよね。例えばその、私で言う、怒らなそうとか言われるけど、多分その怒らなそうな面をどこかで、例えば文章だったり、そういとこで表現しているから、誤解「させてる」っていうのとかね。

 ああ、こんなふうに自分を見てしまうからこそ、誰のせいにもできなくて、つらいのかもしれないな。


 この本に収録されているなかで、僕がもっとも引き込まれたのは、岡村隆史さんとの対談でした。
 ずっと秘められていた、岡村さんと酒井さんの関係に「ええっ、あのとき、そんなことになっていたの?」と驚かずにはいられませんでした。

岡村隆史で、そん時の記憶って、もう曖昧になってるから。どっかで多分気づいたんやろな。酒井若菜や、と。何回かメールくれた?


酒井:いや、一回です。


岡村:でも俺、これに賭けてみようと思ってんな。なんか。……なんでやろな。なんでかは分からんけど。それ以外の人、ほっとんど連絡せんかったけど。


 この本を読みながら、ずっと考えていたんですよ。
 なぜ、岡村隆史さんは、この場ではじめて、まとまった「闘病中」の話をしようと思ったのか。
 そして、酒井若菜さんは、それをこの本に掲載することにしたのか。


 僕は「岡村さんは、自分の闘病体験を同じ病気の人たちに伝えて、参考にしてもらいたい」という善意のもとに話したのではないか、と思いこもうとしました。
 でも、なんだかその解釈は、あまりにも綺麗すぎる気がして。
 そもそも、岡村さんの闘病生活って、世間的な「興味」の度合いからいっても、それだけで一冊本が書けて、かなり売れるであろう「大きなネタ」なんですよね。


「もちろん、書いていいよ」
 あえて「その話」をして、岡村さんが掲載を許した(というよりは、最初からそのつもりで語った、というべきでしょう)のは、自分を助けてくれた、酒井若菜という存在への、ちょっと変化球の感謝のしるし、なのだと僕は思います。
 これから、「物を書いて生きていくかもしれない、酒井若菜」に、多くの人が興味を持ってくれるように、自分ができる、最大限のことをやろうとした。
 それが「絶対に話題になるであろう、自分の闘病生活を赤裸々に語ること」つまり、芸人にとっては生命線である「ネタ」を差し出すこと、だったのです。
 岡村さんという人は、真面目で、借りたものを借りたままにしておけない人なのだろうな、と僕は思いました。
 たぶん、酒井さんもそうなのでしょう。
 貸したものを貸しっぱなしにすることには、頓着しないのに。
 それがわかっているからこそ、酒井さんも、これを収録したのです。

岡村:40歳であれをやったから、ちょっと人間らしくなったかなと思うもんね。


酒井:うん。思う。


岡村:父ちゃんとか母ちゃんとか、みんなそう言うし、「あれで変わったで、あんたは」言うて。

 この岡村さんの言葉を読んで、僕はもう涙が止まらなくなってしまって。
 もちろん、これで「終わり」ではないことは、みんなわかっている。
 でも、岡村さんも、酒井さんも、とりあえず「いま」を生きている。

酒井:芸能界に復帰しない限り、無理だ、と。岡村さんは沖縄に住んだら、いわゆる人間としての寿命は延びるかもしれないけど、病気は治らない。でも、芸能界に戻ったら、人間としての寿命は短くなるかもしれないけど、病気が治る可能性はあるって思ったんです。


岡村:おお。でもそれ、正解やったな。


酒井:岡村さんのこれからの人生を考えた時に、たとえ死んでも、芸能界に戻ったほうが、死ぬ時に笑うだろうと思って。


岡村:うんうんうんうん。


 これを読んで、中島らもさんの妻、美代子さんが書いていたことを思い出したんですよ。
 らもさんがお酒を飲み過ぎているのを心配して、病院に連れていったのは、らもさんの「愛人」でした。
 本妻だった美代子さんは「あんなにお酒が好きな人なんだから、飲ませてあげないと、かわいそうなんじゃないか、あの人らしくなくなってしまうんじゃないか」と、アルコール依存の治療をためらってしまっていたのです。
 医者の立場としては、「愛人」の見解を支持するのですが、「クリエイター・中島らも」としては、どちらが良かったのだろうか。
 「創作よりも、命のほうが大事」だというのは、すべての人に共通する価値観なのか?

 
 読みながら、ふと、「異性だからこそ、あまり近すぎないからこそ、話せる自分自身のこと」って、あるのかもしれないな、と思ったんですよ。
 そこから身体の関係に発展する、とかそういうのを期待するのではない、ひたすら「語る」ための関係。
 まあでも、酒井若菜さんが相手だったら、「きょうだいみたい」とか言いながらも、やっぱり、ちょっとはそういう期待もあるだろうなあ。
 逆に「友情と愛情って、そんなに厳密に線引きできるものなのか?」とか考えてもみるのです。


 うまく書けないのだけれど、この本、オススメです。
 人と人との関係の不思議さ、割り切れなさが、濃縮された一冊です。
 こんなに分厚いのに、まだ読み足りない!

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