琥珀色の戯言

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【読書感想】プラントハンター 命を懸けて花を追う ☆☆☆☆


内容紹介
年間移動距離、地球5周分! まだみぬ「花の奇跡」を追い求めて、日本全国、世界各国を飛び回る! あらゆる職人仲間から「絶対不可能」と言われた樹齢1000 年のオリーブの大木をいかにして輸入したのか? 世界最大、重量12 トンのボトルツリーをオーストラリアから輸入せよ! 真夏の結婚式に満開の桜を納品できるのはなぜ? 「絶対不可能」を覆す常識破りのハンティングで注目を浴びる、若き「植物探索者」西畠清順。そんな彼が自身の「植物ハント」物語を軸に、人の意識を変える「植物の力」を余すところなく描いた大興奮ノンフィクション! 2011年3月13日、「情熱大陸」出演!


 こんな仕事があるのか……
 『情熱大陸』で、著者の西畠清順さんの回を見たときには、驚いてしまいました。
 さまざまなイベントなどでみられる植物が、そこに自生しているはずもないので、「誰か」が準備をしているはずですよね。
 この本のなかで採りあげられている、九州新幹線開業時のJR博多駅の九州各地の桜を、僕も観たことを思い出しました。


 著者のお父さんが社長をしている「花宇」の創業は、明治元年なのだそうです。

 明治時代も後期になると、百貨店や商業施設などが全国に次々と展開されていきました。これに目をつけた徳松(著者の曾祖父)は、全国からさまざまな花を集めて百貨店に卸すようになります。これが卸売業としての花宇の始まりといえます。
 花を卸しているうちに今度は百貨店から「二月に桜を咲かせてほしい」「一月に梅がほしい」という注文を受けるようになりました。そこで徳松は当時としては珍しい温室を建設。切った花木の枝を温度調節することにより、開花の時期を早めることに世界で初めて成功しました。これが、現在花宇の業務の中核のひとつとなっている「開花調整」という技術の原型です。


 西畠さんの会社は、テレビ番組で採りあげられているような、「世界中の珍しい植物を輸入する、あるいは日本から輸出する」だけではなく、このように「開花調整をして、求めている場所に、その植物を持っていく」ことも主な業務なのです。
 

 この本を読むと、珍しい植物を探すという「プラントハンティング」には、宝探しみたいな面白さとリスクがあるのだな、ということがよくわかります。
 珍しい植物がある場所は、大自然のなかが多いので、「冒険旅行」になってしまうこともある。
 そして、植物を生きたまま移動する、とくに海外に輸出するというのは、大変なことなのです。
 種や球根ならともかく、樹齢100年のオリーブの大木を、生きたまま輸入してくるのだから。

 一ヵ月の海上輸送をいかにして耐えさせるか。
 私はこれまで培ってきた知識と経験を使って、オリーブに手術を施しました。まず日本の厳しい検疫をパスできるように、土をすべて払ってから根を切り落としました。土の中にはさまざまな風土病や病原菌、植物の種子などが含まれているので、一粒たりとも持ち込むことができないのです。
 続いて葉を枝ごと切り落とします。葉は光合成や蒸散などの運動を常にしています。このときのエネルギー源となるのが根から供給される水分と養分です。しかし根を切り落とした状態で運動を続けてしまうと、ご飯を食べずに運動してしまうようなもので、どんどん木が弱ってしまいます。そこで葉を落として運動量を調整することにより、木の負担を減らしてあげるのです。
 さらに輸送時に使う、検疫をパスした人口用土に植え替えます。この作業を私は「養生」と呼んでいます。根も葉も落とした状態で、人口用土に植え替えてオリーブは耐えられるのか。日本に輸送する際のシミュレーションをしてみました。
 輸送時の温度も考えなければなりません。植物は温度が高くなると運動を始め、低くなると運動をとめます。せっかく運動を調整したオリーブがコンテナの中で運動してしまわないように、温度は低めに保っておかなければなりません。しかし、低すぎると完全に運動をやめてしまい死んでしまう。このバランスが難しい。結局、最後は自分の勘を信じて13度に設定することにしました。


 植物を生きたまま運ぶというのは、単に「大きなものを運ぶ」というだけではない、さまざまなハードルがあるのです。
 そして、日本の植生というのは、世界的にみてもかなり厳格な検疫によって守られているのだ、ということも。


 生き物は、デリケートなものであり、扱いが難しい。
 お金さえあれば手に入る、というものでもない。
 もちろん、ある程度のお金があるのは前提条件なのですが。


 著者は、若かりし頃、フィリピンの大富豪、ミスター・コー・アン・コーさんという人が、珍しい植物を世界中から集めることを知って、素朴な疑問を抱いたそうです。

 そんなに金があるならもっとほかのもん買えばいいのに。疑問に思った私は、そのことをミスター・ポンチ(コー・アン・コーさんの直属の部下)に聞いてみました。そのときの返答がとても印象的だったのです。
「コー・アン・コー氏は、もうすでにあらゆるものを手に入れてるんだよ。豪邸もあるし、自家用機も、何十台というスーパーカーも、ハーレーダビッドソンも、自分専用のガソリンスタンドも持っている。ほしいものを全部手に入れたとき、最後にほしくなったのが植物だったんだ」
 自分が楽しいと思える植物、誰も持っていない植物に囲まれて暮らしたい。これがコー・アン・コー氏の最後の欲望だというのです。私にとってその言葉は衝撃的でした。物質的にどれだけ満たされて豊かな生活を送っていても、どうしても埋められないものがある。それを埋めるのが、植物だった。


 プラントハンターとは、17世紀から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパで活躍した、王族や貴族のために世界中の珍しい植物を求めて冒険をした人たちのことなのだそうです。
 珍しい植物を探すというのは、昔から、冒険と結びついていたのです。
 ペリーが黒船で来航したときにも2名のプラントハンターが同乗していて、日本で植物採集をして帰ったと言われているのだとか。
 人工物では、あるいは人と人との情みたいなものでは満たされない「何か」が、植物にはある。
 正直、いまの僕は「豪邸や自家用機のほうが欲しい」のですけどね。
 たしかに珍しい植物は、あらゆるものを手に入れた人の「最後の贅沢」なのかもしれないなあ。
 

 世の中には、こんな仕事があるのか、そして、こんなにアツくプラントハンターとして活躍している人がいるのか……
 当たり前のように眺めてしまっている、「身の回りの植物」にも目を留めたくなる、そんな一冊です。

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