琥珀色の戯言

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【読書感想】学校の戦後史 ☆☆☆


学校の戦後史 (岩波新書)

学校の戦後史 (岩波新書)


Kindle版もあります。

学校の戦後史 (岩波新書)

学校の戦後史 (岩波新書)

内容紹介
学校の戦後史は学校と社会の関係史だった。その課題は、民主主義社会の担い手づくりから、高度成長を支える人材育成へ、低成長期に入ると新自由主義グローバル化への対応へシフトした。同時に進む制度と子どもの乖離は、学校を内部から揺すぶり続ける――学校を巡る様々な論点の背景を戦後70年のスパンから今問い直す。


「学校というシステムの歴史」か……
 1970年代前半生まれの僕にとっての「学校」とは、「存在するのが当たり前、行くのが当たり前の存在」でした。
 そして、そこで勉強をして「成績」を上げ、人生を切り開く。
 そんなイメージ。


 学校というシステムそのものには100年以上の歴史があるのですが、この本によると、子どもを小学校に行かせるのが普通のこととして受け入れられたのは1900年代のはじめくらいで、ちゃんと卒業までさせるのが当然だと津々浦々で認識されるようになったのは、1930年代くらいからなのだそうです。
 日本にとっての「戦争に向けて、ある程度能力的にも、考え方も均質化された人間を育成する、という目標が「教育義務化の徹底」に影響したのも事実です。


 戦後、「国民学校」は、「小学校」に戻され、再出発するのですが、高度経済成長のなか、進学率も高まっていきます。

 戦後の学制の定着について、さらに進学率に注目してみよう。
 高校進学率は、1950年代の半ばまで50数%前後であったものが、50年代の末から本格的に増加し、74年度に9割を超え、70年代半ばには20人中19人が進学するところでほぼ高原(プラトー)状態となる。その内実は、高校志願者のなかでも普通科志向が高まっていた。さらに大学・短期大学(短大)進学率は、1960年に約10%であったが、70年代半ばには30%後半にまで上昇し、高等教育の大衆化を推し進めることになったのである。
 1970年代の半ばで高校の進学率が頭打ちになるのは、志願者のすべてが高校にあがれるわけではないという「適格者主義」を前提として、私学との定員調整など都道府県レベルでの高校政策があったからである。大学の進学率についても、70年代中盤にはっきりとした抑制がかかって、30%後半に保たれることになった。


 そうか、1970年代半ばには、もう、「ほとんどの子どもが、高校にまでは進学する時代」になっていたんですね……
 僕が思い込んでいたよりも早い時期から、みんなが高校までは行く時代になっていたのです。
 ちなみに、現在(2010年代)の大学進学率は50%くらいになっています。


 昨年、長男が小学校に入学しました。
 僕が小学校に入ってから、もう30年以上が経過しているのですが、小学校という場所にあらためて足を踏み入れてみると、「自分が通っていない、子どもも通っていなかった30年間の小学校に対する僕の知識やイメージは、自分のときのままでずっと停滞していた」ことを痛感します。
 「ゆとり世代」とかを小馬鹿にしながら、彼らが実際にどんな教育を受け、学校でどう過ごしていたかなんて、全然知らないんですよね。


 この新書では、日本の学校教育、とくに「戦後の70年間」にスポットライトをあてて、そのシステムの推移を概観していきます。

 時代ごとの課題が何であったかは単純には表せないが、その主要なものに注目して、戦後の学校の課題の展開を概観すると、
 敗戦後から1950年代までの第1期――戦後民主主義社会の構築を担う教育
 1960〜80年代までの第2期――産業化社会の構築に対応する教育
 現代に至る第3期――新たな課題への対応と学校の土台の再構築
が、課題となって展開したと、筆者はとらえる。


 読んでいると、自分にとっての「学校に関するあたりまえ」は、けっして、みんなに、そしてすべての時代の人に共通するものではなく、その長い期間の、限られた断片にすぎないことを思い知らされます。
 「いまの教育は……」なんて言う人は多いけれど、いまの現場を理解している人は、どのくらいいるのだろうか?

 1940年代の世界の学校制度の動向に視野を広げてみると、中等学校レベルをフルタイムで義務化していたのはアメリカのほかには無かった。その意味で、新制中学校の義務教育化が決定されたことには、世界的に大いなる実験ととらえられ、戦後の日本の学校の行く末を占うものとして注目されたのである。

 戦後、中学校までが義務教育となったことは、「実験的な施策」だったそうです。
 被占領国だった日本だからこそ、そういう「社会実験」が行われた。
 それが結果的には、日本人の教育レベルを底上げしていきます。
 

 1950年代後半からは、学校の存在意義が、「みんなへの民主主義の植え付け」から、「選別」へと移行していくのです。

 産業化社会への移行によって、学校の目指すところが、民主的平等性を重視したものから、教育によって自らの力で社会における階層間の移動を可能にする社会階層移動性に力点が映ったといえる。

 それに対して、1960年代から70年代には、学生運動など、エリート層の「反乱」が起き、70年代後半から80年代には、「不良」たちによる、一般の中学校・高校での「反乱」が勃発していきます。
 僕はこの「不良たちによる、尾崎豊的反乱の時代」をリアルタイムで経験してきました。
 だから、自分の息子に対しても、「あんな連中にからまれるような学生生活を送らせたくない」と、つい考えてしまうのです。
 もう、あんな典型的な不良たちは、稀少な存在になっているのに。


 終戦後間もない時期は「経済的な理由で、就学困難」だった子どもが大勢いたのですが、ほとんどの子どもが高校まで進学する現在は、経済的な理由というよりも、「学校というシステムに、どうしても肌が合わない子どもたち」が、学校に通わなくなっているのです。
 これは「贅沢な悩み」というべきなのか、「本来、学校に向いていない人間までも、半強制的に就学させるというシステムの矛盾」なのか?


 現在では、長引く不況や「ワーキングプア」などで、「経済的な問題」もクローズアップされてきており、「学校に行くのが当然」という価値観も揺らぎつつあります。
 そんななかで、「教育」という重責を担っている現場の先生たちは、本当にキツいはず。


 僕自身は教育者ではありませんし、教育の歴史にそんなに興味があるわけでもないので、ちょっと「お堅い」感じの文章や内容にはあまり馴染めませんでした。
 それでも、「自分が通ってた時期、知っている時期というのは、学校というシステムの歴史のなかの、ごく一部にしかすぎないのだ」ということを確認するためには、有益な新書だと思います。

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