琥珀色の戯言

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【読書感想】知らないと恥をかく世界の大問題7 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
アメリカが20世紀の覇権国の座からおり内向きになったのを見計らい、かつての大国が新しい形の帝国主義を推し進める。難民問題、IS、リーダーの暴走……新たな衝突の種が世界中に。世界のいまを池上彰が解説。


 池上彰さんの人気シリーズの新刊。
 今回は、中東情勢や中国の思惑、難民問題で揺れるEUの現状とともに、アメリカ大統領選挙の話題にも多くのページが割かれています。
 主なテーマとしては、プロローグのタイトルにもなっている「新しい帝国主義の時代」ということになりそうです。
 池上さんが出演しているテレビ番組や最近の著書を読んでいると、「使い回し」的な内容も少なくないのですし、「ああ。これは知っているよ」と思うところもあるのですが、こういう世界情勢について「なんとなく知っているような気分」になれるのも、池上さんの功績なのでしょう。
 ちなみに、2016年の池上さんの注目国は、サウジアラビアだそうです。

 サウジアラビアはそれまで、その豊富な石油収入を使って社会保障を充実させてきました。若者たちの授業料は無料、医療も無料、年金も豊富に出る。そうすることで、貧しかったサウジアラビアが豊かになり、人口も増えています。
 しかし石油価格が下がり、財政が悪化。世界中にオイルマネーで投資をしていたのですが、現金化して自国へ戻そうとしています.年明け、日本の株式市場が暴落したのも、そのためではないかといわれています。
 いま、手元に現金が必要なサウジアラビア。新国王のもと、どういう外交をしていくのか、2016年の最大の注目国です。

 サウジアラビアというのは、僕のイメージでは、親米で比較的安定した国、だったのですが、アメリカ、そしてイランとの関係がぎこちなくなってきているそうです。
 シェールガス革命で、アメリカにとってのサウジアラビアの優先順位が下がってきている、という事情もあります。
 中東の問題といえば、イスラム教諸国とイスラエルの対立、というのが長年続いてきたのですが、「イスラム教国どうしの争いが激化するのではないか」と池上さんは考えておられるようです。


 また、EUに押し寄せる「難民」たちを変えた、「ツール」についての話もありました。

 EUのシェンゲン協定は、難民にとっても好都合といえます。とりあえずヨーロッパへ入れば、待遇のいい国へ自由に移動できるからです。
 そのとき、欠かせないのがスマートフォン(略料スマホ)です。以前から難民はいましたが、このところ急増している背景にはスマホの普及があるのだと、現地を取材してわかりました。
 難民といえば、着の身着のままというイメージがありますが、いまヨルダンレバノンの難民キャンプに行くと、みんなスマホを持っています。国を出るときはバラバラでも、スマホで連絡を取り合って、「この難民キャンプのここにいるよ」と連絡し、難民キャンプで再会できるのです。
 とりあえずシリアの内戦状態から逃げようというとき、まずお父さんだけが行く、あるいは元気な息子だけが先に行くというかたちでドイツに行き、難民申請をしてみたら、アパートを提供してくれて、毎月、日本円にして4万円の生活費が支給され、6ヵ月たてば働くこともできる。「これはいいぞ」ということで、スマホで「ドイツに来い」と家族に連絡するわけです。


 北アフリカには、これまで有線の電話があまり普及していなかったのに、直接Wi-Fiが張り巡らされる、ということもあるそうです。
 「難民」としてイメージされる人々の様相も、時代によって急激に変わってきているのです。
 こういうのは、実際に現地で取材をしている強みですよね。


 また、アイオワ州での大統領選の予備選挙の取材のエピソードを読むと「共和党支持層と民主党支持層の『2つのアメリカ』」について、あらためて考えさせられます。

 アイオワ州には1681の選挙区(会場数は700か1110程度)があるそうですが、私はリンカーン高校に取材に行きました。午後6時半、続々と党員たちが集まり、長蛇の列をつくります。共和党は高校のホール、民主党はカフェテリアが会場でした。
 どちらの党も党員集会なので同じ形式で進むものと思っていたら、これが大間違いでした。
 まず共和党は、神へのお祈りから始めます。

 その他の「共和党と民主党の党員集会のちがい」について興味がある方は、ぜひ、この本を読んでみていただきたいと思います。
 アメリカというのは、こんなに価値観の異なる人たちが、「アメリカ国民」として共生しているのだな、ということを思い知らされます。


 2015年、中国の「一人っ子政策」がついに撤廃され(というか、まだやっていたのか、という感じなのですが)、「二人目まではOK」になったものの、豊かになって、子どもの教育を重視するようになった中国の人々は、教育費も考え、積極的に子どもの数を増やそうとはしなくなった、という話も出てきます。

 政府は産児制限を解除すれば、およそ1100万世帯から2人目が生みたいとの申請があるだろうと予測していました。ところが、フタを開けてみたら申請したのは80万世帯にとどまりました。
 やはり豊かになると、子どもは多くはいらない。教育費もかかります。気づいたら中国でもすっかり「子どもは1人でいい」という状況になっていました。一人っ子政策撤廃も、もはや手遅れの感があります。
 中国の急激すぎる少子高齢化は、今後ますます中国経済の足かせとなるでしょう。

 あれだけの人口を抱える国が、急激に高齢化していったら、と想像すると、怖くなってきます。
 まあ、少子高齢化は日本にとっても大問題で、他国のことを気にしている状況ではないのですが、どこの国でも、いくら「産めよ増やせよ」と政府が奨励しても、豊かになって、子どもの教育にお金がかかるようになると、少子化に向かっていくのが必然なのかもしれませんね。


 この新書には「世界の今」のことが主に書かれているのですが、池上さんは、何度も「歴史を学んでほしい」と仰っています。
「長い時間軸の中でニュースの意味を考えてみてください」と。

 わたしが小学校のころ、教科書にアルフォンソ・ドーデの『最後の授業』という作品が載っていました。アルザス・ロレーヌ地方の学校での最後の授業。それまでフランス語で授業をしていたのですが、その地方が戦争に負けてドイツ領となるため、明日からはドイツ語を使わなければならないというのです。
 アメル先生が最後に黒板に「フランス万歳」と書いて終わります。子供心ながら、母国語が失われるとはこういうことなのかと深く心に残っていました。
 ところが大人になって、その地域は、もとはドイツ領だったのに、フランスが占領してフランス語が使われていたと知り、あくまで「フランスから見た物語だったのだ」とがっかりしました。
 ドイツ領になったり、フランス領になったりを繰り返したものだから、あの辺りの人はバイリンガルになったというオチまでついています。

 僕もこの『最後の授業』を教科書で読みました。
 そうか、戦争というのは、こういう悲劇を生むものなのか……と痛感したのですが、その背景を知ると、「フランス語が失われる」という人と「ドイツ語を取り戻した」という人がいて、結局のところ、どちらが正しいとも言い切れないのです。
 どちらの立場からみているか、というだけのことで。


 ロシアのプーチン大統領やトルコのエルドアン大統領、中国の習近平国家主席、そして、ドナルド・トランプ氏。
 難民流入をきっかけにした、EUの不協和音も聞こえてきます。
 世界はまた、「帝国主義の時代」に逆戻りしてしまうのか?
 これは、「より安定した平和な時代に向かうための試練」なのか?


 「出張や旅行で、移動中に2時間くらい本を読める時間があって、いまの世界情勢の概略を知っておきたい」
 そういうときには、この新書です。

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