琥珀色の戯言

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64-ロクヨン-前編 ☆☆☆☆☆



あらすじ
わずか7日で終わった昭和64年。その年に起きた少女誘拐殺人事件、“ロクヨン”から14年が経過し、未解決のまま時効が近づいていた。そのロクヨンの捜査に携っていた警務部秘書課広報室の広報官・三上義信(佐藤浩市)は、記者クラブとの不和、刑事部と警務部のあつれきに苦しむが、そんななか、ある事件が……


参考リンク:映画『64-ロクヨン-』公式サイト


 2016年9作目の映画館での観賞。
 平日の19時からの回(通常料金)。
 観客は僕も含めて十数人くらいでした。


 佐藤浩市さんをはじめとする、名優たちの演技バトル、という評価をネットで観ていたのです。
 横山秀夫さんの原作小説は既読で、NHKで放送されていたテレビドラマ版は未見。
 結末を知っているミステリを映画で観て楽しめるのだろうか、という疑問はあり、『ズートピア』にしようかとも思ったのですが、そっちの上映時間には間にあわず、あまり期待せずに観はじめました。
 警察という巨大な組織の一員であり、そのなかで上司と部下の板挟みになり、家では娘に「お父さんは自分を守りたいだけなのよ、あなたに似た自分の顔が憎い!」とまで言われている佐藤浩市さんの姿に、「ああ、三上さん、あなたは僕ですか……」とすっかり引き込まれてしまったんですよね。 
 三上(佐藤さんの役名。群馬県警の広報部長)は、僕なんかよりも、ずっと粘り強く、組織のなかで、譲れるところは譲りながらも、自分の信念を殺すまいとし続けている男なんだけどさ。
 佐藤さんは、こういう場面で、自分と父親三國連太郎さん)とのことを思い出したりしないのだろうか。


 NHKのドラマでは三上をピエール瀧さんが演じていて、「うん、原作の『似ても焼いても食えない男』という僕のイメージからすると、そのキャスティング、華はないけど合ってるな」と思ったものです(といっても、ドラマのほうは2話くらいしか観ていないのだけれど)。
 佐藤浩市じゃ、かっこよすぎるだろ……と批判的だったのに、前編を観終えた段階で、この僕が佐藤浩市さんへの仲間意識まで感じるようになってしまうとは。
 抑揚をつけて派手にみせる演技じゃなくて、ひたすら、いろんなものを飲み込んでいく、のみこみ続けていくんだよね、佐藤さんが演じる三上って。
 この人は、どこまで辛抱して、のみこみつづけるのだろう?って、どんどん膨らんでいく風船をハラハラしながら近くでみているような、そんな心境になってくるのです。


 榮倉奈々さんも好演。「婦警はホステスじゃない!」と記者クラブとの飲み会に参加させない三上に「私に『まだキレイなところが残っている自分』を投影しないでほしい。みんなが仕事としてやっている飲み会なら、私だけを特別扱いしないでほしい」と言い返す場面をみて、仕事における「男女平等」って何だろうなあ、と考え込んでしまいました。
 現実問題として、飲み会で酔っ払って前後不覚になった場合のリスクは、男よりも女のほうが高いのではないかと思うが、ひとりの社会人としては「女だから」ということで、そこまで配慮されると疎外感しかない、というのも理解できるような気がするのです。
 そこで、三上が一言「警察は、男じゃないと生きられない世界だ」
 うーむ。


 とりあえず、この「前編」は、ごく一部を除いて、佐藤浩市さんがサンドバッグにされる時間帯です。
 観ているのが、とてもつらい。身につまされる。
 自分の息子くらいの年齢の女の子が誘拐事件の被害者になるのもキツイ。
 小説で子供が亡くなる場面よりも、映画やテレビドラマで映像化されたほうが、「自分の子供だったら感」は大きくなるような気がします。
 被害者は、何もできない。犯人さえわからないのだから。
 それでも、時間は過ぎていくし、人間は、自分が死ぬまでは生きている。
 そんなやるせなさが漂っている一方で、この映画には、さまざまな事情を抱えながら生きている人たちの「不屈の魂」みたいなものがチラチラと垣間見えるのです。
 どんなにボロボロになっていても、リングに立っているかぎり、負けたわけじゃない。


 こんな観ているのがつらい映画にひきつけられてしまうなんて、僕はマゾなんじゃないか、と思うくらいなのですが、それでも、「映画館で観てよかった」と感じました。
 警察の上司や記者クラブの連中の嫌な奴っぷりにも、気合いが入っています。
 見ながら、心のなかで、『スカッとジャパン』か、この映画?とツッコミを入れたくなりました。
 いや、三浦友和さんが出演しているから、『アウトレイジ」か?
 それにしても、最近の三浦友和さんの悪役としての存在感はすごい。ああ、こういう人が、悪者界でのし上がっていくんだろうな、という妙な説得力があるのです。
 待てよ、悪者悪者って、警察の偉い人の役だったんだな今回は。


 エンドクレジットを見ながら、「もう後編撮り終わってるんだろ、もう1本分お金払うから、ケチケチせずにこれから後編見せてよ、気になってしょうがない!」という気分になりました。
 これは「中間管理職オヤジは涙せずにはいられない」名作の予感。


 ひとつ注意点があるとすれば、原作小説もNHKのドラマも知らない人がいきなり見ると、警察内の部署や役職と、どのくらい偉い人なのか、とか、三上の娘さんがどういうことになっているのかが、けっこうわかりにくいのではないか、と思われます。
 ストーリーをきちんと理解したいのであれば、「予習」をおすすめします。
 ただ、そうすると、問題を解決するミステリとしての驚きが弱くなるのも事実ではあるのですけど。


 昭和64年って、僕にとってはそんなに昔じゃない気がするのだけれど、今の時代から見ると、だいぶ、くすんだ時代だったんだな。
 もう、平成も28年だものね。


 原作小説も傑作です。

64(ロクヨン) 上 (文春文庫)

64(ロクヨン) 上 (文春文庫)

64(ロクヨン) 下 (文春文庫)

64(ロクヨン) 下 (文春文庫)