琥珀色の戯言

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【読書感想】バターが買えない不都合な真実 ☆☆☆


バターが買えない不都合な真実 (幻冬舎新書)

バターが買えない不都合な真実 (幻冬舎新書)


Kindle版もあります。

バターが買えない不都合な真実 (幻冬舎新書)

バターが買えない不都合な真実 (幻冬舎新書)

内容紹介
バター不足が続いている。農林省は、その理由を原料となる生乳の生産量が落ちたうえ、多くを飲用牛乳向けに供給したせいだと説明した。だがこれはうわべの事情に過ぎない。実際は、バターをつくる過程で同時に生成される、あの【脱脂粉乳】が強い影響力を持っていた。使い道が少なくなった脱脂粉乳が、生乳の価格、酪農経営、そしてバターの生産量をも左右していたのだ。これまで外部にさらされることのなかった酪農をめぐる利益構造と、既得権益者たちの思惑。隠された暗部をえぐる。


 2014年から、慢性的なバター不足が続いています。
 そんなに不足しているのなら、作ればいいのに、なぜ「バター不足」が続いているのか?

 バターは、酪農家が生産する生乳(=搾ったままの牛の乳)から作られる。農林水産省は、2013年の猛暑の影響で乳牛に乳房炎等の病気が多く発生したことや、酪農家の離農等で乳牛頭数が減少していることなどにより、生乳の生産量が減少したためだと説明している。
 しかし、2013年の生乳の生産量の減少は、前年比2.1%に過ぎない。バターが足りなくなるような減少率ではないと思われる。これについて、各紙はおおむね次のように報道した。
 生乳は乳代が高く量も多い飲料用牛乳向けに供給され、残りがバターや脱脂粉乳などの乳製品の生産に回される。また、飲用牛乳向けの生乳はそのまま飲用牛乳に処理されるので、飲用牛乳向けの生乳生産量は飲用牛乳の消費量と同じである。このため、飲用牛乳の消費量(飲用牛乳向けの牛乳供給量)の減少率よりも生乳の生産量の減少率が大きいときは、バターや脱脂粉乳などの乳製品向けの生乳の供給量は、全体の生乳生産量の減少率よりも大きく減少することになる。2013年の飲用牛乳向けの生乳供給量は前年比1.1%の減少で生乳生産量の減少率2.1%がこれを上回ったため、バターや脱脂粉乳などの乳製品向けの生乳の供給量は、8.1%も減少することとなった。


 僕も「より高く売れる、飲用牛乳への供給が優先されたため、原料が同じであるバター向けの生乳の供給量が減ってしまった」と認識していました。
 しかしながら、農林水産省で長年仕事をしてきた著者は、理由がそれだけではないことをこの新書のなかで丁寧に解説しています。
 そもそも、「バターが足りないのなら、輸入すれば良いのではないか」という考え方もあるのだけれども、「日本の酪農を守る」という名目で、それも難しくなっているのです。


 ただ、そんなに日本の酪農家たちは「弱い」のか?という疑問もあるのです。

 牛肉価格が上昇する前の2014年度でも、酪農家の年間所得は974万円ほどもあり、412万円の米農家の所得の倍以上である。酪農家は農業の他の業種に比べても、高い所得を得ており、決して経営が苦しいとは言えない。
 なお、自民党の酪農関係の文書には、“酪農家の所得向上のため”という文言がよく出てくる。酪農や牛乳・乳製品についての政策の目的は、“酪農家の所得向上”だけにあるようだ。消費者へ合理的な価格で安定的に供給しようとする発想は、皆無である。乳価を上げれば、酪農家は喜ぶが、一般の庶民は困る。
 酪農家としては、所得が多ければ多いほどよい。これは人情だろう。しかし、酪農家は平均的な日本人の所得の倍の所得を稼いでおり、所得を補てんしなければならないような社会的弱者ではない。残念なことに、非正規雇用で月15万円くらいしか収入がなく、満足にバターや牛乳も買える人たちは、牛乳・乳製品についての政策を決定する農林族の人たちの視野に入ってこない。


 「日本の酪農を守る」というのは大事なことだと僕も思います。
 著者も「保護」そのものを否定しているわけではないのですが、それが行き過ぎになっているのではないか、と疑問を呈しているのです。
 酪農には設備投資のリスクがあるし、生き物相手の仕事なので、なかなか休みもとれない、著者は「今は派遣で牧場の仕事を短期でやって、酪農家を休ませてくれるシステムもあるから」と仰っていて、それはもちろん「無いよりははるかにマシ」なのだろうけれど、現場にはまだ浸透していないか、利用が難しいところがあるではないかと思われます。
 逆に言えば「多少は儲からないとやってられないような仕事」なんですよね。
 実際に後継者不足で廃業する酪農家が多いというのも、若者には魅力的にみえない仕事、なのでしょうし(ただ、これは「キツいし、経営も厳しい」というイメージの影響も大きいのかもしれません)。
 それらを考慮しても、あまりにも日本の政策や補助金が「酪農家のほうばかり向いている」ようにみえますし、その負担をかぶるのは納税者・消費者なわけです。
 結局のところ、日本の「農業保護」というのは、政治家にとっての票集めの手段に陥っていて、バラマキにしかなっていないのでは、ということなんですよね。


 牛乳やバターが国内で生産されていても、牛の飼料は「アメリカ頼み」なわけですから、本当にこれが「国産」だと言って良いのかどうか?


 税金から「補助金」が出され、価格保護政策で高い農産物を買わされる、ということで、消費者は二重の負担を強いられているのです。
 著者の言い分は筋が通っていると思う一方で、それを突き詰めると、日本の農業は一部のやる気があって、環境が整ったところ以外は、廃業してしまうことになるのではないか、という気もします。
 

 いまの世界情勢を考えると、国家間の大きな戦争や大飢饉で食糧が不足する、という自体は想定できるとしても、国内の食糧自給率が高ければ安心、ということもなさそうな気がするんですよね。
 それこそ「鎖国」でもしないかぎり、生産者や流通業者は「国内でも国外でも、いちばん高く買ってくれるところに売るだけ」ではないでしょうか。

 この本の第一の目的は、なぜバターが不足するのかを説明することにある。それだけではななく、酪農・乳業という産業と牛乳・乳製品という生産物に監視、経済的な側面から見た基礎知識とこれらの産業・生産物についての政策について、解説したい。この本を読むことで、読者は牛乳・乳製品政策に関する歴史的かつ包括的な知識を身に付けられるだろう。また、どういうメカニズムでバター不足などの現象が起こるのかを、理解できるようになるだろう。また、農林水産省の人たちが、どのようなことを念頭に置いて政策を検討したり実施したりしているのかについても、説明した。これは、長年酪農・乳業界の中にいる人たちも知らないことだろう。
 以上を踏まえて、バター不足が起きた本当の理由や、酪農・乳業、牛乳・乳製品の世界に隠されている、複雑な事情や秘密を明らかにしたい。これらの事実を知らないと、酪農を専門とする大学教授、農業団体、農林族議員農林水産省の役人など、いわゆる専門家と称する人たちに騙されてしまうからである。

 どちらにも言い分がある話ではあるでしょうし、そもそも国民は「部外者」ではないはずなのですが、こうして、「政策をつくる側」である官僚たちの考え方をまとめたものに触れる機会って、そんなに無いんですよね。
 各省庁のホームページにアクセスして、「お役所用語」を丁寧に読み解けば、できないこともないのでしょうけど。