琥珀色の戯言

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【読書感想】年上の義務 ☆☆☆☆


年上の義務 (光文社新書)

年上の義務 (光文社新書)


Kindle版もあります。

年上の義務 (光文社新書)

年上の義務 (光文社新書)

内容(「BOOK」データベースより)
「愚痴らない」「威張らない」「ご機嫌でいる」世代間の溝が深い現代の人間関係を円滑にするために必要なこと。人気漫画家が、各界の有名人へのインタビューを続ける中で導いた、大人が果たすべきたった3つの義務を伝授!


 僕も40代半ばですから、「その場にいる人のなかでは年上」になることが増えてきました。
 自分が年を取ったというよりは、自分は変わらないのに、周囲にもっと若い人がいつの間にか多くなってきた、というのが実感なんですけどね。
 この新書、年上としてのふるまいを学ぶため、に読んだと言いたいところですが、著者の山田玲司さんの『絶望に効く薬』をずっと読んでいたので、どんなことが書いてあるんだろう、と興味本位で手にとってみた、というのが正直なところです。
 いまさら、「年上の義務」なんて、言われても、ねえ……


 ところが、この新書、薄いし字も大きくて、そんなにボリュームはないのだけれど、ものすごくシンプルに「年上がやるべきこと」が書いてあったんですよね。
 もっと説教臭い本だと思っていたのに。


 著者は、「年上だから偉い、というのはおかしな話だ」という疑問からスタートし、そうやって敬われることを求めるのならば、年長者にもしかるべき義務があるはずだ、と考えたのです。

 そんなことから考え始めた僕は、「年上の義務とは何か」について、いくつかの結論に達した。
 その中心になるのがこの3つだ。
「愚痴らない」
「威張らない」
「ご機嫌でいる」
 挙げようと思えば他にもいろいろあるのだけれど、本質的なものはこの3つに尽きると思う。実際、ネットで公開してみると、多くの反響があった。
 おそらくこの3つは、今の「意見を言わせてもらえない若者」にとって、「理想の年上像」の最低条件なのだろう。
 反面、「聖人君子かよ」とか、「私は怒鳴るし、威張るし、不機嫌にいく。鉄拳制裁もするのが年上なのだよ」みたいな意見も届いた(僕はこういう人の下では働きたくない」
 とはいえ、僕自身も「それを完璧に実践できているか?」というと、義務を果たすのが難しいときもある。


 たったこれだけ?と思ってしまうのですが、確かに、この3つが常に保たれていれば、「素晴らしい先輩」にはなれなくても、「迷惑な先輩」にはならずに済むのではないでしょうか。

 僕自身は「愚痴らない」「威張らない」は、まあなんとか、という感じなのですが、「ご機嫌でいる」のが、とても難しいんですよね。
 苛立ちを表に出してはいけない、と思いつつも、つい、イライラして口調が荒くなってしまうことがある。
 

 僕はこの「ご機嫌でいる」人の理想形として、元プロ野球選手の新庄剛志さんのことを思い出します。
 僕は以前、新庄さんのさまざまなパフォーマンスや楽天的なキャラクターをみて、内心「コイツ、何も考えてないんじゃないか、バカじゃねえの?」と嘲っていたんですよ。
 あれは、僕のほうが若かった、そしてバカだった。
 新庄さんのような「その場の雰囲気を明るくしてくれる、ご機嫌な人」って、チームにとってはムードメーカーだし、上司からすれば「手がかからないヤツ」なんですよね。
 僕は若い頃、ちょっとしたことで落ち込むことが多くて、失敗するたびに、周囲に「精神的に参っています」という態度を見せていました。
 そうするのが礼儀だ、と勘違いしていたのです。
 ところが、自分が年上になってみると、そういう人って、「ただでさえ失敗した上に、周囲が気を遣うことも求められて、二重に迷惑なだけ」なんですよね。
 「ご機嫌な人」って、周囲にとっては、手がかからないだけでも、ありがたい存在です。


 僕にとっては、この「ご機嫌でいる」ということについて書かれた章が、とくに印象的だったのです。

「どういう行動をすれば自分が機嫌よくなるか」も自覚しておいたほうがいい。
「肉を食べる」「ビールを飲む」「好きな曲を聴く」「気の合う友人に会う」「海に行く」など、自分の感情の収め方をあらかじめ知っておくのだ。
 僕の場合だと、気の済むまで部屋にこもって、誰とも連絡を取らないようにするか、最近はホットヨガに行くことにしている。
 もしあなたが「明日はみんなに会うのに、なんか気分が悪くて不機嫌になりそう」と思うのなら、その前に自分の機嫌がよくなることをして、少しでも自分を「ご機嫌」にしてから家を出て欲しい。


 こういうのって、好きなことをやる、というのと同時に「自分はこれをやると機嫌が良くなるんだ」という「条件づけ」を意図的に行っておくべきなのかもしれません。
 僕の場合は、気の済むまで部屋にこもるのは難しい。
 好きな本を読んだり、『ゲームセンターCX』のお気に入りの回を見たりすることが、「機嫌を回復するためのトリガー」なのだと思います。
 人と会うとか海に行くというのは難しいことも多いので、手軽なところにそのトリガーを設定しておくとよさそうです。
 アルコールとか麻薬とかはオススメしません。

 
 「ご機嫌な人」の実例として、心理学者の故・河合隼雄先生と会ったときの話が出てきます。

 先制は終始ご機嫌で、長官室でガチガチに緊張した僕に対して、最初からふざけた冗談を言って場を和ませてくれた。
 長年、「心の病を抱えた人」に向き合ってきただけあって、人の心を開くのは見事としか言いようがなかった。気がつくと、僕はすっかり先生に打ち解けて、話はスムーズに本質的な方向に流れていった。
 そして何より、先生の言葉には説得力があった。
 ちなみに日本の学歴社会の話になったとき、「頑張ったらできると思っているのが日本人の悪いところです。猛練習したらプロ野球選手になれるっていう、あれこそ嘘やからね」というような、なかなか厳しい内容をニコニコしながら話してくれた。
 ご機嫌な人の言うことには「説得力」がある。
 その理由は簡単だ。今、その人がご機嫌なのは、その人が言っていることが正しかったからだ、と思わせるからだ。もし、その人の言っていること(哲学)が間違っていたら、その人の人生は間違ったものになり、ご機嫌に話してはいられないだろう。
 究極を言うと人生に正解や不正解などはないので、「ご機嫌」の根拠は主観的なものなのだが、この先の人生に不安を抱えている年下の人間にとって、「ご機嫌な年上の人」という存在は、希望そのものなのだ。


 「ご機嫌な人」は、それだけで幸せそうにみえるし、言葉にも説得力が生まれてくるのです。
 河合隼雄先生も、けっこう、身も蓋もないことを仰っているんですけどね。
 ああ、僕もご機嫌な人になりたかった……というか、せめて、不機嫌をばらまかないようにしなければ……


 この新書のなかで、著者の山田玲司さんは、こんな話をされています。

「女にモテるようになりたいんです」と聞いてきた中学生がいた。
 僕は彼にどう答えるべきかと、慎重に考えた。何しろ彼はこれから本格的に恋をしようとしている年頃だからだ。
 大好きで、気になって仕方ない「女の子」にどういう態度をとれば、孤独で苛酷な「愛のない未来」を迎えずにすむか? 大きな問題だ。考えた末、僕は言った。
「<ブス>と<デブ>、そして<太ったね>……。この言葉は、一度たりとも、死ぬまで、女の人に言ってはいけない」
 あっけに取られている中学生に、僕はさらにこう言った。
「今、この瞬間から、その言葉を死ぬまで使わない、と決めて、それを守ったら、君は孤独にはならない」

 言葉って、大切ですよね。
 愚痴を言うのも、威張るのも、不機嫌になるのも、言葉としてあらわれることが多い。
 まずは自分の言葉に責任を持つというのが、大事なのです。
 でも、あらためて考えてみると、女の人に<ブス><デブ><太ったね>などと直接言うことって、まず無さそうな気がする……小学生の喧嘩じゃあるまいし。