琥珀色の戯言

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【読書感想】稼ぐまちが地方を変える―誰も言わなかった10の鉄則 ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
人口減少社会でも、経営者視点でまちを見直せば地方は再生する!補助金頼りで利益を生まないスローガンだけの「地方創生」はもう終わった。小さくても確実に稼ぐ「まち会社」をつくり、民間から地域を変えよう!まちおこし業界の風雲児が、心構えから具体的な事業のつくり方、回し方まで、これからの時代を生き抜く「10の鉄則」として初公開。自らまちを変えようとする仲間に向け、想いと知恵のすべてを吐露します。


 「地方創生」が、さまざまな地域で叫ばれ、イベントなども行われているのですが、実態はなかなか厳しいようです。
 著者は、高校生のときから「地域再生事業」に関わり、「メディアの寵児」的な存在になったものの、地域の人々との考え方の違いやお金の分配をめぐるいざこざにも巻き込まれることになりました。
 大学院で自分を見つめ直したのち、あらためて、「助成金頼みではなくて、ちゃんと自分たちで稼ぐことを前提にしたまちづくり」「全員賛成をめざすのではなく、やる気のある仲間たちを中心に物事をすすめていく」など、これまでの「常識」を打ち破る「民間の力」で、一過性のイベントではなく、持続する「新しいまちづくり」に取り組んでいるのです。

 地域を元気にしていこうという取り組みは、極めて公共的なものですが、行政の専売特許ではありません。限りある資源を有効活用して事業を運営するのは、民間の得意分野です。右肩上がりの時代が去った今だからこそ、民間が中心となった地域活性化が必要と考えて私たちはいろいろな事業に取り組んできました。
 私が地域で事業を行なうときにはいつも、「まちを一つの会社に見立てて経営する」ことを基本にしています。
 資金調達し、投資し、回収して、利益をあげ、それを元手にしてさらに新しい事業に再投資する。このサイクルをまちの経営で徹底することが大事なのです。


 著者は「どこかから(とくに国や自治体から)、大きなお金を調達してきて、ハコモノをつくる」ような方法ではなく、「協力している仲間たちと、小さいところから、やっていく」ことを薦めているのです。
 この新書のなかで、商店街がそれぞれゴミ回収業者に依託していたものを、自分たちでやれるところはやるようにして交渉し、抑えたコストで事業をすすめていく話が出てきます。
 「売り上げを劇的に上げる」のは難しくても、「いままで『慣例』として垂れ流しになってきた経費を削る」ことで、お金を生み出すこともできるのです。
 こういうのって、会社経営では常識的な話だと思うのですが、「まちの商店主」たちには、なかなか浸透していなかった。


 この新書を読んでいて感じるのは、著者の「お役所頼みではなく、自立して稼ぐ意識を持たなくてはダメだ」という、強いメッセージなんですよ。
 著者がずっと活動に参加してきた「早稲田商店会」は、活動が評価されて、「社会実験モデル地区」に選ばれ、国から数千万円の補助金が出ることになったそうです。
 これまでうまくいっていたところに、さらに資金が潤沢になるのだから、順風満帆、と思いきや……

 これによって、メンバーの考え方が一気に変わりました。まず、従来にはなかった「予算をもとに何ができるか」という議論がなされるようになり、それを執行するための業務を誰が担うのかという話になっていきました。元来早稲田流であったやり方、つまり「やりたいことをやりたいやつが提案し、言いだしっぺが実行する」という方式が急変してしまったわけです。
 さらに、一部では、醜い争いが勃発。自分の商売に有利になるよう、予算の活用方法を提案する人が出てきたのです。しまいには、そのお金を目当てにして、外部からいかにも怪しげな人物まで何人も加わるようになっていく。負の連鎖です。
 こういう動きが出てきたことで、それまで善意で手伝ってくれていた人々の士気が一気に下がりました。「予算消化のような取り組みには協力したくない」「一部の人の商売のために活動していたわけではない」というわけです。特に、それまで地域における新しい取り組みを主導してくれていたキーパーソン(善意のボランティアや大学の先生など)が、一人、二人と離れていきました。うまく差配すべき商工会議所も、杓子定規な手続き論ばかりで、全く機能しません。こうしてシステムも互いの信頼関係も、ガラガラと崩れていったのでした。
 結局、お金がなかった時のほうが、知恵が出て楽しかった。「金がないから知恵が出る。金が出たら知恵が引っ込む」といっていた私たち張本人が、自らドツボにはまったわけです。国のモデル事業とは何を期待したものなのか、全く分からないまま、分厚い報告書だけが残されました。
 言い方は悪いですが、補助金とは麻薬のようなもの、それまで真面目に生きてきても、一発チュッと打たれただけで一斉におかしくなってしまうものなのです。うまいコト使うなんて不可能。


 ああ、「あぶく銭」って、それまでうまくやってきた人たちを、こんなふうにダメにしていくのか……
 「上手に使えばいいじゃないか」とも思うのだけれど、それが難しいのだろうなあ。
 ただ、これを読みながら、「面白くなくなったらやめる」というくらいのコミットメントしかしていない「善意のボランティア」にずっと頼りっぱなしというわけにはいかないだろうな、とも感じました。
 著者のやり方はものすごく興味深いし、納得できるものではあるのだけれど、これでやっていける規模とか期間には限界がありそうです。
 もっとも、規模や期間に限界のない事業、なんてものは存在しないのでしょうけど。

 そもそもまちの再生に必要なのは「経済」です。行政が税金の再分配で補填するのではなく、「まち全体を見据えて、いかに稼ぐか」が重要なテーマなのです。よく「あたたかいまち」「心が通い合うまち」といったフレーズを聞くことがありますが、これらは全て無責任な”きれいごと”です。稼げなければ、衰退するしかない。これは歴史が証明しています。


 とにかく、「自立」しなければダメなのだ、と、著者は繰り返し述べています。
 理念やキャッチフレーズではなくて、「経済的な自立」が、すべての基盤なのだ、と。


 『「鉄則10」:「お金」のルールは厳格に』というのがあります。
 そのなかで、著者は「事業の立ち上げ時にかかるお金は、参加者全員で投資すべきだ」と仰っているのです。
 それも、いきなり大きな金額ではなくて、一人当たりせいぜい10万円から100万円くらいから、と。


 また、施設を作る際には、まず建物をつくって、それから家賃を決めるのではなく、先に入居するテナントを決めてから、それに見合った建物をつくることを勧めています。

 オガールプラザの開発では、岡崎さんは実に一年半をテナント営業に費やし、施設の全ての借り手を決めてから、建物のあり方を再検討。結果として、もともとは三階建て鉄筋コンクリート造の予定だったのが、二階建て木造建築に大幅に修正されました。
 最初に仕様を決めてしまう行政開発では、このようなことはあり得ません。
 ではなぜ、そのような変更が入ったのか。それは全てのテナントが決まり、それぞれの支払える家賃が決まった時点で、当初に予定していた建設予算では10年で投資が回収出来ないことが判明したからです。もともとの計画では投資回収が成立せず、銀行が融資してくれない。だから下方修正したわけです。


「下方修正」というと、なんとなくイメージが悪くなるのですが、これは「適正なサイズにした」ということなんですよね。
行政が「地域交流センター」などということで、施設をつくると、立派すぎる施設をお金をかけて造ってしまって、テナント代が高くついてしまう。
そして、ただでさえ人が集らないから、という理由でつくった施設ですから、なかなか大繁盛、というわけにはいきません。
にもかかわらず家賃が高ければ、入居したテナントも経営が厳しくなり、すぐに撤退してしまう。
入居しているテナントが少なくなれば、魅力はさらに薄れ、結局、立派な建物だけが、使われずに遺される。
こういう施設って、僕が知っているだけでも、少なからず存在しているのです。


この新書、「まちづくり」だけではなくて、自分で事業をやりたい、という人にとっても、参考になる話が多いと思いますよ。
「国まかせ」「行政まかせ」「他人まかせ」では、結局、何も変わらない。

 

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