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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】夫に死んでほしい妻たち ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
家事や育児で、妻の“してほしい”と夫の“しているつもり”の差は、あなたが想像しているよりもはるかに大きい。毎朝子どもを保育園に送る。週に一度は料理をつくる。それだけで自信満々な夫を、妻はどう感じているか?やがて、怒りを爆発させることにも疲れた妻は、一人つぶやく。「死ねばいいのに…」世の中たちを戦慄させる、衝撃のルポルタージュ!


 まさに「衝撃のルポルタージュ」というか何というか……
 僕は男性側の立場からしかこの本を読めなかったのですが、正直なところ、読まずに済むのであれば、読まないほうが幸福なのではないか、という気がします。
 怖いものみたさ、で読んでみたら、他人事じゃなかった、という感じなんですよ本当に。


 著者は、冒頭に、2014年に起こった、当時70歳の女性が79歳の夫を殴って死なせたという傷害致死事件を紹介しています。
 この夫、36年前に不倫をしていて、そのことが妻にバレたものの、とくに話し合うこともないまま時間が過ぎていました。
 夫が胃がんの手術を受けた後、介護が必要となった際にそのときの記憶がよみがえり、妻は夫に暴力をふるい、死に至らせたのだとか。
 妻の人生のことを考えると、そこまで我慢したのだったら、もう少しの間だけでも……と思うのですが、人間の感情というのは、そういうものでもないのでしょうね。
 夫が自然死してしまえば、復讐の機会は失われてしまうわけですし。

 2012年2月24日の毎日新聞の夕刊コラム「憂楽帳」で、こんな記事が掲載されていた。タイトルは「
『夫』で検索」。その内容は、インターネットの検索サイトで「夫」と入れると、その次にくる検索語候補で最初に出てくるのが「死んでほしい」という言葉だということがネット上で話題になっていた、というもの。一方で、「妻」に続く候補は「プレゼント」など好意的な言葉が並び、対照的だったという。コラムでは「わが家だけは別」と根拠のない自信は捨てて妻との関係を良好にしておかないと、そのうち「死んでほしい」と検索されてしまうかも、と結んでいる。


 実はそのコラムを読んだ時はピンとこなかったが、筆者がライフワークとする雇用や子育て問題の取材中、ふと、相手の心が開いて余談になると、それまで穏やかに「主人が」「夫が」と話していた相手が、カチンときた様子で「あいつ」呼ばわりするようになる。そして、本気度に差があるものの「死ねばいいのに」と思う瞬間があると口を揃えることに、改めて気づいたのだった。


 こんなはずじゃなかったのに……というのは、妻側も夫の側も同じことで。
 この新書では「産後クライシス」という現象が紹介されています。
 ベネッセ次世代育成研究所が2006〜2009年に夫婦300組を対象として「はじめての子どもを出産後の夫婦の愛情の変化」を数値化したものです。

この調査では、「配偶者といると、本当に愛していると実感する」という割合は妊娠機では夫婦ともに74.3%だが、出産後、妻の愛情は急激に低下していく。子どもが0歳児期で夫は63.9%に対し妻は45.5%、1歳児期で夫は54.2%となり妻は36.8%。2歳児期では夫の下がり幅は低下して51.7%にとどまるが、妻は34%まで落ち込む。これは「産後クライシス」とも呼ばれている現象だ。
 筆者は、妊娠期の74.3%という数字が高いかどうか検証することも必要だと見ている。つまり、妊娠しても4人に1人は「配偶者を本当に愛している」とは思っていないのだ。


 子どもが生まれることによる生活の変化が、妻の愛情を薄れさせるのか、それとも、もともとそんな愛情なんて存在しなかったのか……
 子どもが生まれると、夜泣きで眠れなくなり、外出もままならなくなりと、まだまだ妻側の負担は大きいのです。
 しかしながら、夫側の立場からすると、だからこそ、仕事をして経済的に家族を支えなければ、という意識もあるし、自分ではできるだけのことはやっている、というつもりだったりするわけです。
 妻側の「これしかやってくれない」と夫側の「こんなにやっているのに」は、うまく噛み合ってはくれない。
 どちらも頑張っていても、お互いの足りないところばかりが、目についてしまうことがある。
 ただ、外で「ガス抜き」できる分だけ、夫側のほうが、ストレスは少ないのかもしれません。
 子どもって、誰かがずっと見守っていけない時期があって、その役割は、母親が負わされていることが多いのです。
 「俺は外で働いて稼いでいるんだぞ」「私だって、外で働いて、飲みに行ってもいいのなら、そっちのほうがいい」
 

 僕の実感としては、どちらかが悪い、というよりは、とにかく、うまくいかないところは、うまくいかないのです。
 一度憎しみあうような状況になると、相手のやることが何でも不快になってしまう。

「夫は2歳上だけれど、まるで”できない部下”みたい。ちょっとは行動してよ。あんた男だよね?と思ってイライラする。
 それは日常生活の中でも現れる。ある日、処分する家財道具を細かくして捨てるために、夫に「ノコギリで切っておいて」と頼んだところ、夫が「ねぇ、ねぇ」と何か助けてほしそうに近寄ってきた。案の定、「これ、切れないんだけど」と困った顔をしている。「ちょっと貸して」と、志穂さんが自分でやってみると、普通に切ることができる。
「切れんじゃんっ! もうっ」
 その時はこめかみの血管がブチっと切れそうになった。
 行動力のなさを挙げていけばきりがない。夫は、自動車運転免許は持っていてもペーパードライバー。プライドが高く、運転できないとは言いたくないようで、自分からは車でどこかに出かけたいと言い出さない。志穂さんが誘っても「事故にあったらいけないし」。そんなことを言っていたら、何もできない。そもそも、夫を助手席に乗せて自分が運転するのは、志穂さんのほうの女としてのプライドが許せない。だから、車で出かける時はいつも1人だ。
 車を運転してどこかへ連れていってくれる、ということに”男としての頼もしさ」を感じる志穂さんにとって、夫は”男”としてリードしてくれる存在でも、ときめきを感じる対象でもない。


 これを読んでいると、「お互いに、なんでこういう相手と結婚してしまったのかねえ……」と言いたくなるような事例ばかりで、せつなくなってきます。
 夫側からみたら、『フルメタル・ジャケット』の新兵みたいな気分だろうな。
 でも、この二人も合意して結婚しているんですよね……


 女性側の「育児や家事を手伝ってくれない」という不満が溜まっていく一方で、男性側も「男が家事や育児を手伝うのは当たり前」という最近の風潮と、にもかかわらず、職場では育休をとるのも難しい、という現実のあいだで苦しんでいるんですよね。
 「専業主婦が家事・育児をやるのが当たり前」の時代を行きてきた人たちが、会社で偉くなっているかぎり、その「体質」はなかなか変わらないのです。

 今や男子学生でも「いつか結婚して子どもができたら育児休業を取ってみたい」と思っている場合が多い。しかし大学4年生のある男性は、就職活動の中で「イクメンになりたいと思っていると不利になる」と肌で感じることになった。
 その男性は、ある金融機関の会社説明会で「男性でも育児休業を取ることができますか」と手を挙げて質問した。人事担当者は笑顔で「もちろん、当然の権利です」と答えてくれたので、「この会社は働きやすいのではないか。一生、働けるのではないか」と感じた。
 筆記試験をパスし、面接が進んでいった。内定に手が届きそうだと感じ、思い切って「男性社員で育児休暇を取った人はどのくらいいますか?」「どのくらいの期間、休むことができますか?」「みなさん、どうやって両立していますか?」と面接官に細かく聞いてみた。
 すると「君さぁ、育休なんて、何なよっちいこと言ってるの。男が悠長に育休なんて取れるわけないでしょ? 夏休みだって1週間取るのがやっとなのに。仕事やる気あるの? うち、転勤もあるよ」と、面接官はいぶかし気に言った。
 結果は不採用。他の企業も、男性が「育休を取ってみたい」と話題にした企業は、偶然だったのかもしれないが、不採用となった。「男性が子育てしてみたいということが悪いことのようだ」と、彼は愕然とし、しばらく面接では育休のことに触れなくなってしまった。


 ひどい話だ、とは思うのですが、この面接官だけの問題というよりは、現時点では会社の「本音」はこんな感じなのでしょうね。
 ギリギリの人数で仕事をこなしているのだから、誰かいなくなると、パンクしてしまう。
 育休なんて取られると困るから、「男」を採用するんだよ、って。


 ワークライフバランス、などという言葉がもてはやされていますが、「どちらもちゃんとやるのが正しい」ということになってしまった時代を生きるのも、けっこうつらいものではありますよね。


 これを読んでも、ただひたすら「どうしようもなく憎み合う夫婦」の姿がみえるだけで、救いがない。
 どこまでやれば「合格」なんだろう?と思い悩むことばかりなのです。
 そりゃ、非婚化、少子化も進んでいくよね……