琥珀色の戯言

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【読書感想】アメリカの大学の裏側 「世界最高水準」は危機にあるのか? ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
管理職が手にする報酬5億円! 中退率50パーセント! アメリカの大学改革をまねし続ける日本の教育界はこの実態を知っているのか? 巨大格差を「再生産」する驚愕の実態を在米20年以上の現役大学教員が徹底リポート。竹内洋氏との初の親子共著。


 「文系軽視」や「リベラル・アーツ教育の衰退」など、日本の大学の「問題点」が語られることは多いのです。
 では、アメリカの大学は、いま、どうなっているのか?
 先日の大統領選挙で、民主党バーニー・サンダース候補が「公立大学の無償化」を公約にして、学資ローンに悩む若者から高い支持を得ていたことからも、「教育とお金」はアメリカでも大きな問題となっていることがわかります。
 この新書は、アメリカの大学で働いている著者による「アメリカの大学の現状報告」なのです。

 アメリカ人は大学教授にあまりいい印象を持っていないようである。
 私はその大学教授のひとりで、現在ウィスコンシン大学ミルウォーキー校で日本の准教授にあたるアソシエイト・プロフェッサーをしている。私は「テニュア」なるものを持っているが、これがアメリカで大学教授に風当たりの強い一因である。テニュアは大学教授の終身雇用をほぼ約束する制度である。「ほぼ」というのはあまりにひどいセクハラや重い犯罪を犯した時にはテニュアも威力を失うからである。しかしテニュア付の教授で解雇になるのは毎年たった2%ほどである。対照的にアメリカの一般企業などでは解雇が日常茶飯事に行われる。せっかく正規の社員として就職したのに翌月にまた無職に舞い戻る人も多い。雇用の不安定なアメリカではテニュアは特権階級的にとられるのも否めない。


 アメリカの大学では、この「ほぼ終身雇用契約」である「テニュア」を得るための激しい争いが繰り広げられているのです。
 一度これを得ることができれば、ある程度その後の収入や身分が保証されるけれど、これがなければ、「高学歴ワーキングプア」方面へ。
 ただし、この「テニュア」の有無の格差があまりにも大きすぎるために、これを得てしまうと、燃え尽きたようにその後の研究をやらなくなってしまう人も多いのだとか。
 アメリカでは、ある人を公募で雇用する際に、その配偶者も同時に雇用するというシステムも存在しているそうです。

 配偶者雇用は1970年代には大学教授の雇用の3%ほどだったが、2000年代には13%まで増えている。アカデミック・カップルにとって配偶者雇用はもちろんありがたい制度であるが、大学側にとっても効用がある。配偶者雇用は優秀な人材を獲得する手段でもあるからだ。優秀な研究者はオファーを複数の大学から同時に受けることは珍しくない。その中から一番よい条件のオファーを吟味して選ぶという贅沢なことができる。大学の格、給与や授業コマ数も大事だが、配偶者が研究者の場合には配偶者雇用は重要な決め手になる。名門大学から高給与のオファーがあったとしても、その大学で配偶者雇用ができなければ、配偶者のことも考えて格下大学でも二人一緒に雇ってくれる大学に決めることがありうるからだ。だからアメリカでは非名門大学に高名な学者がいることも少なくない。
 田舎やあまり人気のない州や町にある大学などは敬遠されがちなので配偶者雇用によって人材確保を頻繁に行う大学もある。


 日本で働いている僕からすると、「配偶者雇用って、雇うほうも大変なんじゃないか」と思うのですが、格下大学が優秀な人材を確保するための武器にもなりうる、ということなんですね。


 学資ローンが社会問題化しているアメリカの大学の授業料について。

 2014年の教育統計全国センター(National Center for Education Statistics)のデータによると、アメリカでは18歳から24歳の人口の約3割が四年制大学に在学し、約1割が二年制大学に通っている。ではアメリカで就学にかかる費用はどれくらいなのだろうか?
 今のアメリカの大学の授業料と比べると、日本の大学はかなり良心的にみえる。文部科学省のデータでは、日本の四年制大学の年間授業料は、私立の平均が86万円だが、アメリカでは私立の四年制大学の平均年間授業料は、4倍近くの3万2000ドル(約320万円)だ。
 アイビー・リーグは特に高くて平均約5万ドル(約500万円)である。アイビー・リーグの中で、一番授業料が高いのはニューヨーク市にあるコロンビア大学で、年間550万円以上だ。アイビー・リーグ奨学金なしで1年通うと、生活費や雑費なども入れると6万ドル(約600万円)を軽く超えてしまう。
 日本の国立と公立大学の平均年間授業料は54万円である。アメリカの国立大学の授業料は全額免除であるが、第1章で述べたように軍関係の大学だけなので、一般的ではない。だから日本の国立や公立大学にあたるのは、州立大学であろう。アメリカの州立大学の平均は、大学に通う前は別の州に居住していた州外(アウト・オブ・ステイト)学生は年間2万4000ドル(約240万円)で、日本の私立の3倍近くになる。州の居住民である州内(イン・ステイト)学生であれば年間9400ドル(約94万円)になる。


 授業料がどんどん上がっている日本の大学なのですが、それでもアメリカよりは、かなり安いのです。
 アイビー・リーグハーバード大学など)なんて、年間600万円もかかるんじゃ、普通の家庭じゃ払えないよ!
 ……と思うのですが、アメリカの場合、レベルの高い、優秀な学生が集まる大学では、かなり手厚い支援体制がつくられているのです。

 合格率が10%以下で志願者が多いハーバードなどアイビー・リーグの大学や名門私立は、奨学金で学生の気を引くようなことをしなくてもよい。しかし、名門大学のほうが気前よく奨学金を出している。これは、名門大学は低所得か低出身の大学資金を支援することで、裕福な学生ばかりを優先入学させて階級の再生産を促しているという悪いイメージを払拭しようとしているからである。しかし、“低所得”の定義が裕福な名門大学らしく、世間離れしている。
 例えばハーバードではアメリカの平均世帯所得が5万ドル前後であるのに6万5000ドル(約650万円)を低所得の基準としていて、それ以下の世帯所得の学生の大学生活にかかる費用は、授業料も含めて大学が全額カバーしてくれる。15万ドル(約1500万円)までの世帯所得の学生にも、大学生活にかかる費用の90%以上を大学が補助してくれる。15万ドルまでの世帯所得のハーバード生は大学生活の費用の心配をしなくてもよいことになる。
 ほかのアイビー・リーグの大学も同じようなことを行っているし、アイビー・リーグ以外のトップ大学でも例えばスタンフォードでは12万5000ドル(約1250万円)以下の所得の家庭は授業料が全額免除になる。
 トップ大学は裕福な卒業生や外部からの寄付金がたっぷりあるので、このような大盤振る舞いをしても破産することはない。


 アメリカの大学の授業料は高いけれど、トップ大学では、平均世帯所得よりもずっと高い所得が「低所得扱い」で、手厚い補助を受けられるようになっているのです。
 そして、このようなトップ大学は「格差の是正」やマイノリティに対する意識も高くて、むしろ、「低所得家庭やマイノリティでも過ごしやすいように配慮されている」そうです。
 ただ、そういうトップ大学に関する知識を低所得層や彼らを指導する先生は持っておらず、地元のレベルの低い大学を選んでしまって金銭的な負担が大きくなり、満足する講義も受けられずに退学するという事例も多いのだとか。
 高所得層は「情報を持っている」という強みもあるんですね。
 また、面接重視などのA.O.(Admissions Office)入試は、テストの成績だけにこだわらない、という良い面だけが語られがちなのですが、所作や社会奉仕活動などで、いわゆる「良家の子女」のほうが有利になりやすい、という面もあるのです。
 むしろ、ペーパーテストのみのほうが「下克上」しやすい。


 著者は、専門である「犯罪学」の知見からも「いまでもアメリカでは大学を卒業することにメリットがある」と述べています。

 大学の恩恵は経済的なものだけではない。大学を卒業することは犯罪者になる可能性も減らす。アメリカでは高校中退者の4%、高卒の0.75%が投獄されているが、大卒者は0.15%である。なぜ大卒は犯罪に手を染めないのかというと、大学でモラルや法を尊重するということを学ぶからとも考えられる。
 しかし単純に大卒者にとって犯罪を犯すことは割に合わないからでもある。大卒者は所得も多く社会的地位も高い傾向にある。もし捕まったりすれば失うものが大きすぎるので犯罪行為にブレーキがかかるというわけだ。
 さらに少しうがちすぎかもしれない見方をすることもできる。高収入で人脈もある大卒者は罪を犯しても腕のいい弁護士を雇えるし、警察も身なりがよかったりすると、軽犯罪であれば見逃してくれる可能性が高くなる。だから無罪になったり刑が軽くなったりして刑務所や拘置所への収監数が少なくなるのかもしれない。
 大卒は長生きすることもわかっている。80万人の25歳から84歳の大人を対象とした研究では、大卒の死亡率は高卒より25%も低かった。大卒者は健康保険つきの職業を得やすいのに加えて、ヘルシーな生活を心がける傾向にあるからだ。


 アメリカでの「大学の現状」が、すごくわかりやすく書かれていて、「学資ローン問題」も、実際はこんな感じなのか、ということも理解できました。
 アメリカ社会の「格差」と「格差を埋めようという努力」のせめぎ合いの最前線が「大学教育」なんですね。
 「日本の大学は……」と嘆く前に、アメリカの大学について、この本一冊分くらいの知識は持っておいて損はないと思います。

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