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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】しんせかい ☆☆☆

しんせかい

しんせかい


Kindle版もあります。

しんせかい

しんせかい

内容(「BOOK」データベースより)
19歳の山下スミトは演劇塾で学ぶため、船に乗って北を目指す。辿り着いた先の“谷”では、俳優や脚本家志望の若者たちが自給自足の共同生活を営んでいた。苛酷な肉体労働、“先生”との軋轢、地元の女性と同期の間で揺れ動く感情―。思い出すことの痛みと向き合い書かれた表題作のほか、入塾試験前夜の不穏な内面を映し出す短篇を収録。


 第156回芥川賞受賞作。
 さて、どんな作品なんだろう、と思いながら読み始めたのですが、結局、読み終わるまで、なんだかよくわからないというか、早く読み終わらないかなあ、という気分になってしまいました。
 主人公は、まだ高校を卒業したばかりの若者です。
 2年間、自然のなかで集団生活をしながら、高名な脚本家に演技や脚本を教えてもらう、という劇団の研究生(みたいなもの)に応募して合格し、そこに「入所」することになります。

二期生募集


 その新聞は家に間違えて配達されたものだった。間違えて配達された新聞にその記事はあった。それは俳優と脚本家、脚本家というものが何なのかわからなかったので辞書で調べた、を目指すものを育てる知らない名前の人の主催する場で、馬の世話をするというのと、生まれて育った土地から遠く離れたとこにあるというのと、入学金や授業料が一切かからないというのにひかれて応募して試験を受けたら受かった。


 この小説、著者自身が主人公の若者であり、脚本家・倉本聰さんの『富良野塾』での経験を描いているのです。
 倉本さんは、「頭でっかちにならずに、体験から学ぶこと」を重視していたようなのですが、実際に行われていたことの大部分は農作業や建設の仕事で、その合間に俳優や脚本家に必要なトレーニングの時間がある、という感じだったんですね。
 そうか、こんな原始共産主義の実現を目指した社会運動みたいなことをやっていたのか……でも、これって本当に、役者や脚本家になるために、必要なことなのだろうか……


 この小説のなかでは、所属している研究生たちにも、倉本さんを盲信している人がいる一方で、疑念を抱いていた人もいたことが描かれています。
 そして、研究生同士にも、仲間意識と同時に、足の引っ張り合いのようなものもあったみたいです。
 ただ、なんというか、この小説って、すべてがなんだかボンヤリとしたモヤの中での出来事のように書かれていて、読んでいてカタルシスに欠けるんですよね。何か起こりそうなんだけれど、結局、何も起こらない。
 それは「記憶という曖昧なものを記録する」という点では、すごく誠実なのかもしれないけれど、倉本聰さんにも「富良野塾」にも思い入れがない僕にとっては、正直なところ、「とても退屈な小説」でした。
 演劇や倉本さんに興味がある人にとっては「こんなことになっていたのか!」という面白さはあるのかもしれませんが……


 曖昧な記憶を、曖昧なまま書いている、という点で、本当に誠実な小説だとは思うんですよ。
 ドラマチックな出来事が起こらない、というのは、それはそれでストーリーテラーとしては「勇気」が要るはずだし。


 芥川賞の受賞作にもいくつかのタイプがあります。
 黒田夏子さんの『abさんご』や円城塔さんの『道化師の蝶』のような「前衛的な文体や表現を追求した作品」もあれば、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』や津村記久子さんの『ポトスライムの舟』のように、「その時代に起こっている問題を小説として採りあげた作品」もあります。
 『蹴りたい背中』の綿矢りささんや『火花』の又吉直樹さんのように、作品よりも、作家が「スター誕生!」と話題になることも。
 でも、この『しんせかい』は、著者が「上手い作家」であることはわかるのだけれど、どこが評価されて芥川賞に輝いたのか、読んでもよくわからなかったんですよ。
 他の候補者の作品に比べて、相対的に良かった、ということなのだろうか。


「選評」で、村上龍さんは、こう仰っています。

 つまらない。わたしは『しんせかい』を読んで、そう思った。他の表現は思いつかない。「良い」でも「悪い」でもなく、「つまらない」それだけだった。


 さすがにこれは酷い言い方なのでは……と思ったのだけれど、読んでみて、僕はこの村上龍さんの選評に納得せざるをえなかったのです。
 文体で冒険しているわけでもなく、テーマというか舞台設定も目新しいわけではなく、ただ、文章が巧い人が、巧く自分の体験を書いただけ。
 著者は、これまではもっと「前衛的な作品」で芥川賞候補になっていたそうなのですが、これが受賞作になったのは、「作戦成功」だったのか、今後の「足枷」になってしまうのか。
 まあ、芥川賞にも、こんな回はあるよね、営業的にも「受賞者なし」に決めるのは難しいのだろうし。


 ちなみに、芥川賞受賞作『しんせかい』は今月号の『文藝春秋』に全文掲載されており、こちらでも読めます。