琥珀色の戯言

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【読書感想】ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
なぜトランプなのか?ニューヨークではわからない。アバラチア山脈を越えると状況が一変した。トランプを支持する人々がいた。熱心な人もいれば、ためらいがちな人も。山あいのバー、ダイナー、床屋、時には自宅に上がり込んで、将来を案ずる勤勉な人たちの声を聴く。普段は見えない、見ていない、もう一つのアメリカを見る。


 結果的に大統領となったドナルド・トランプさんなのですが、その選挙戦の大部分の期間は、少なくとも日本のメディアでは「キワモノ」として扱われていたようにみえます。
 いや、僕自身も「メキシコとの国境に壁を!」なんて、始皇帝かよ、と呆れたり、差別発言に不快になったりしてばかりで、「こんな候補を支持する物好きも、アメリカにはいるんだねえ」なんて、支持者をバカにしていたんですよね。


 アメリカの大統領選挙では、共和党民主党それぞれの支持基盤が固く、どちらが勝つか投票前からほぼ決まっている州がかなり存在しており、それ以外の「激戦州」と呼ばれる「両党の勢力が拮抗している州」で、どちらの候補が勝つのかが勝負を分けるのです。


 朝日新聞の記者である著者は、トランプ候補が、日本では「キワモノ」として扱われていた時期に、トランプ候補の支持者の集会の熱気に接し、「なぜ、差別的で問題行動が多い人が、こんなに支持されているのか?」に興味を持ち、「トランプ支持者が多い、アメリカの田舎の州」に赴いて、そこで、直接、トランプ支持者たちの声を聞いています。

 本選でのトランプの得票率は、ニューヨーク・マンハッタンで10%、同ブロンクスで9.6%、同ブルックリンで17.9%、首都ワシントンでは4.1%、西海岸の大都市も同じようなものだ。サンフランシスコ郡で9.4%、ロサンゼルス郡で23.4%。結果論だが、こんなに少なければ見つけるのに苦労したのも当然だろう。
 都市部はトランプを拒絶したのだ。


 しかし、全米地図を広げれば、共和党の候補者を1人に絞り込む予備選でトランプが圧倒的な勝利を収めた街「トランプ王国」がいくつもあった。多くは地方だ。「ここに行けば、答えが見えるのかもしれない」。私は、今回の大統領選の最大の疑問の答えを求めて、2015年12月から、そうした街々に通い始めた。山あいのバー、ダイナー(食堂)、床屋、時には自宅に上がり込んで、トランプ支持者の思いに耳を傾けた。
 オバマの「チェンジ」に期待した元民主党支持者、失業中の人、薬物の蔓延に怯える人、複数の仕事をかけもちする人、まじめに働いても暮らしが一向に楽にならないことに不安を覚える人。多くは、明日の暮らしや子どもの将来を心配する、勤勉なアメリカ人だった。そこには普段の取材では見えない、見ていない、もう一つのアメリカ、「トランプ王国」が広がっていたのだ。
 1年に及んだ取材メモを整理すると、「トランプ王国」以外の土地も含め、計14州で取材していた。私たち日本人が接することの多い、ニューヨークや首都ワシントン、ロサンゼルス、サンフランシスコなどの大都市部とは異なる、格好良くもないアメリカの記録。本書では、日本人記者が見た、「もう一つのアメリカ」を報告したい。


 トランプさんのような偏った人を支持しているのは、変わったというか、偏見に凝り固まった人ばかりではないか、と思っていたのですが、ここに登場している「トランプ支持者」たちは、「働くことに誇りを生きがいを感じている、真面目で気のいい、田舎の中流階級の普通のおじさん、おばさん」なんですよね。

 ビクターとカートが去った後、私はダイナーで取材メモを整理した。しばらくして清算しようとすると、店員が「さっきの人たちが払ったわよ」
 私は冬休み中で妻も同行していたので、支払いは20ドル(2300円)以上になったはずだ。
 これが初回だったが、その後も「トランプ王国」の取材では、このような場面に出くわした。とにかく面倒見が良い。おごられっぱなしではマズイので、私が次回はお誘いする。そうして仲良くなっていった。

 そんなに暮らし向きがラクでもないはずなのに、彼らはそういう生き方をずっと続けてきた人たちなのです。


 オハイオ州東部のヤングスタウンというラストベルト(さびついた工業地帯)に属する町で、元保安官代理のデイビットさん(52歳)は、こんな話をしています。

「70年代以降、工場の仕事が海外に流出し、収入が下がり、若者が街を去ることが当たり前になった。なんで人件費の安い国々と競わないといけないのか、との疑問は募るばかりだった。仕事があふれ若者が多く、活気にあふれていた時代が、もう戻ってこないこともわかっている。だから、なんでこうなったのかという「不満」と、この街で生きていけるのかという「不安」が、この街には強い」
 デイビッドはまず経済的な不満・不安を語り、次に「フェアネス(公平さ)」の話に移った。これはプロローグで紹介したテキサス州の支持者の声とそっくりだ。
「不法移民や働かない連中の生活費の勘定を払わされていることに、実はみんな気付いていた。問題だと知っていたけど、自分たちに余裕があり、暮らしぶりに特段の影響もなかった頃は放置していた」
「ところが収入が目に見えて落ち始め、もう元の暮らしには戻れないとわかり始めた頃、多くのミドルクラスが「もう他人の勘定までは払えない」と訴えるようになった。「もう十分だ」「フェア(公平)にやってくれ」との声が高まり、限界に達しようとしている時にトランプが登場した。オレたちが思ってきたことを、一気に大統領選の中心テーマにしてくれた。それだけでもトランプに感謝している」


 こう一気に話した上で、デイビッドはさらにトランプへの感謝を語り続けた。
「彼はカネも豪邸も飛行機もゴルフ場も何でも持っている。これ以上稼いでも意味がないだろう。彼は愛国心からひと仕事やろうとしてくれている」
 「さすがはデイビッドだ」といった表情で聞いていやカートも言った。「トランプは自分のカネで選挙運動をしている。当選後、特定業界の言いなりになるような政治家とはわけが違う」


 うーむ、「すでに金持ちだから、もう稼いでも意味がないから、安心」って、なんかちょっと違うような……なぜ、あんな暴言ばっかり吐いている人を、ここまで善意に解釈できるのか……
 彼らは、とにかく既成の政治家たちは信用できない、このままでは、自分たちミドルクラスだった者たちの生活レベルは、どんどん落ちていく一方だし……と、とにかく「変化」を求めているのです。
 そこに、トランプ旋風がやってきた。

 ウイスキーでろれつの回らなくなっている男性が「トランプだろ、頑固なクルーズ(共和党予備選の候補)だろ、社会主義社のサンダース(民主党予備選の候補)だろ。おかしな候補者ばかりで投票する気も起きねえや」とこぼすと、女性が𠮟りつけた。「普通選挙の実現のために先人が闘ってきた。その権利を行使しないなんて信じられない!」。カウンター客から拍手が起きた。


 アメリカには民主主義を尊重しようという良心もあるのです。
 でも、「誰も投票したい候補者がいないんじゃ、どうしようもない……」と思い悩むのは、日本だけの話じゃないみたいです。
 ちなみに、既得権益者の代表のように見なされてしまっていたヒラリーさんは、人種差別問題や貧困問題に長年取り組んできており、子どもの権利のための仕事もしてきているのです。
 「恵まれない人たちへの活動の実績」がトランプさんよりずっとあったはずなのに、ヒラリーさんには「既得権益のために働いている人」というイメージがついてまわったのです。

 2016年8月9日、ペンシルベニア州コネスズビル(Connellsville)の自宅を訪れるとエドナが元炭坑労働者の夫と一緒に迎えてくれた。
 私は同僚ともよく議論してきた、素朴な議論をぶつけてみた。
「トランプ支持者の皆さんは、アメリカを「再び偉大に」と言いますが、よそに比べれば十分に偉大な国だと思いますよ。土地も広いし、エネルギーも豊富。世界への影響力もまだ大きい。現に私のような海外の記者も大統領選を取材している。何が不満なのですか?」
 すつとエドナは言った。
「アメリカの偉大さはこんなものではなかった。比較にもならない。1960年代からずっと下り坂。50年代のアメリカが最高でした」
 当時を振り返るエドナの目は輝いていた。
「石炭産業は盛況で、労働者は稼ぎたいだけ稼ぐことができた。街の中心部には映画館が3つもあり、自宅から10セントのバスで毎週映画を見に通っていた。街全体にモラルがあった。公立学校では聖書をきちんと教えていたので、みんな勤勉で、礼儀正しくて、犯罪も起きない。外出時も就寝時も自宅にカギを掛けたことなどない。他人の子でも自分の子どものように大人がしつけをしていた」
 ところが60年代から変わってしまったと嘆く。「結婚しない人も増えてしまった」


 こういうのを読むと、「今はもう、そんな時代じゃないんだよ……いつまでも古き善きアメリカ幻想に浸られてもねえ……」というのが、アメリカでも、若者世代の率直な感想だと思います。
 こういう人たちが、トランプ大統領に「栄光の復活」を託したのです。
 しかしこれ、考えようによっては、トランプ大統領を支持する人たちは、これからどんどん減っていくことが確実ですよね。
 もしかしたら、トランプさんの勝利は、彼らにとっての「最後の勝利」になるかもしれません。


 本当に生活が苦しくて、絶望している人たちは、社会保障を重視する民主党に投票する。
 まだそこまで苦しさは感じていないけれど、貧困の足音が確実に迫ってきている人たちが、トランプ大統領を生んだのです。
 でも、彼らが本当に望んでいることは、タイムマシンか「もしもボックス」でもないと、実現できそうもない。
 さて、トランプ大統領は、彼らの期待に応えることができるのか。
 トランプさんも大変ですよね。本当は、当選して困っているのではないかな。
 そんなことも考えてしまう、「トランプ王国」のルポルタージュでした。


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