琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
あんな偉い人でも、なんだ自分と同じじゃないかということを感じとってほしい ――永田和宏「はじめに」より


細胞生物学者にして、歌人としても著名な永田和宏京都産業大教授から、あこがれの対象を持っていない若い世代へおくるメッセージ。
各界を代表する人物の講演と、永田氏との対談を収録。


「あんなに偉い人でも自分と同じ失敗や挫折を経験してきたのかと、また将来への不安や焦りもあったのかと、その場で驚き、感じとってほしい。それはそのまま、自分の将来にひとつの可能性を開くことになるはずである。ひょっとしたら自分だってと思えるということは、それに向かって努力してみようかと思うことでもあろう。初めから圏外のものとして除外するのではなく、ひょっとしたらと思えることだけでも、その若さに可能性を付与することになるはずである」


◆目次◆

第1章 山中伸弥京都大学iPS細胞研究所所長)
「失敗しても、夢中になれることを追いかけて」
【対談】環境を変える、自分が変わる


第2章 羽生善治将棋棋士
「挑戦する勇気」
【対談】”あいまいさ”から生まれるもの


第3章 是枝裕和(映画監督)
「映画を撮りながら考えたこと」
【対談】先入観が崩れるとき、世界を発見する


第4章 山極壽一(京都大学総長、霊長類学者)
「挫折から次のステップが開ける」
【対談】おもろいこと、やろうじゃないか


 山中伸弥さんをはじめとする、各界のトップランナー4人の京都産業大学での講演+永田和宏さんとの対談が収録されています。
 よくこれだけの大物(ネームバリューだけでなく、みなさん「現役」で活躍されています)に来てもらえたものだなあ、僕もこれ、観に行きたかったなあ、と思いながら読みました。
 みんな人前で話をすることに慣れている、というのもあるのでしょうけど、話が面白くて上手なんですよね。
 そして、自慢ではなくて、「自分が何者でもなかった頃に考えていたこと、影響を受けたこと」について、真摯に語っておられるのです。
 永田さんは「彼らもみんな『特別な人間』ではなかった、ということを若い人たちに伝えたい」とこの新書の冒頭で仰っているのですが、山中先生が「手術が下手だったから、研究の世界に行くことになったんです」なんて仰っているのを読むと、不器用な僕としては、親しみがわいてくるのです。
 まあ、半分くらいは謙遜でしょうし、山中先生なら、手術も粘り強く努力していくうちに上手くなっていって、ひとかどの術者になっていたのではないか、とも思うんですけどね。
 僕自身が目の当たりにしてきた「世界的な研究者」って、「この人は、何の世界でも成功していたんだろうな」っていう人がほとんどです。


 この講演・対談を読んでいて、この「すごい人」たちが、同じような話をしていることに気づきました。
 彼らは、「今、目の前で起こっていることを、先入観をなるべく持たずに素直に受け止めること」と「それがなぜ起こっているのかに疑問を持ち、理由を突き止めようとすること」の重要性を、それぞれの専門の話のなかで述べているのです。


 山中伸弥さんと永田さんの対談より。

山中:やっていけるかどうかではないんですが、自分は研究者に向いている、と思った瞬間はよく覚えています。研究者になってからしばらくして、初めて簡単な実験をさせてもらいました。血圧の研究をしている薬理学という教室で、実験動物にある薬を投与したら、血圧が上がることを確かめるという非常に簡単な、初心者向けの実験でした。その薬を投与したら、血圧が上がるはずだったのに、逆に下がりまして(笑)。実験動物が死ぬ一歩手前までいって、一時間ぐらいして、やっと回復したんです。
 それを見たときに、もう異様に興奮したんです。「ええ〜、なんで?」「うわあ〜、どうして?」と思って。で、すぐに指導の先生のところに走っていったら、先生は悠々とタバコ吸っていたんですけれど、「先生、たいへんです。血圧下がりました!」と叫んだら、その先生も一緒になって「おお、すごい、すごい」と喜んでくれたんです。
 結局、なぜその薬で血圧が下がるかということを、その後二年ぐらいかけて突き止めましたが、最初の自分の反応を自分でも全然予想していなかったんです。予想と正反対の結果が起こったときに、がっかりしてもおかしくなかったと思いますが、異様に興奮してワクワクしました。そのときに、「あ、自分は研究者に向いているんじゃないかな」と思いました。だって、もし、人間の患者さんで同じことが起こったら、大変なことですよね(笑)。先生にも、「お前、なんかちゃうことやったやろ」って怒られてしまう。それなのに、先生にも一緒に喜んでもらえて、医者と研究者は全然違う種類の仕事だなと思いました。


永田:ある何かが起きたときに、心底不思議と思えるとか、心底驚くとかっていうのは、研究者になるための一つの条件のような気がしますね。


 僕も研究室で勉強をさせてもらったことがあるのですが、僕の場合は、予想と違った結果が出たら、「なんで予定通りにいかないんだ、実験失敗しちゃったのかなあ、めんどくさいなあ……」という気持ちになっていたのを思い出しました。
 そこで、「想定外」を素直に受けいれて、その理由を探ることを楽しめるかどうかが、たぶん、「研究者に向いているか」の境目なんですよね。
 そもそも、すべてが「想定内」であることを求めているのでは、斬新な研究はできないのだよなあ。
 

 羽生さんは、講演のなかで、こんな話をされています。

 もうひとつ、ミスにミスを重ねてしまう理由として、「その時点から見る」という視点が欠けてしまうことがあると思います。
 将棋でいえば、先の手を考えていくときには、過去から現在、未来に向かって一つの流れに乗っていることが大切になってきます。「こういうやり方でいこう」とプランを立てたら、その道筋が時系列でちゃんと理屈が通っていて、一貫性があるのがいい。ところがミスをすると、それまで積み重ねてきたプランや方針が、すべて崩れた状態になるわけです。
 すでに崩れてしまったのですから、それまでの方針は一切通用しない。そのときやらなくてはいけないのは、「今、初めてその局面に出会ったのだとしたら」という観点で、どう対応すればよいかと考えることです。それが、「その時点から見る」ということです。
 実際の対局では、ミスをすると、ついついその場で反省と検証を始めてしまいがちです。もちろん、同じミスを繰り返さないために反省と検証は大切です。でもそれは、対局が終わってからでいい。ミスをした直後には、とにかく状況を挽回し、打開するために、その盤面に集中しないといけない。「こうしておけばよかった」などと過去に引きずられずに、「自分の将棋は次の一手からはじまる」と、その場に集中していくことです。これはもう本当に、意識的にやらなければうまくできないことだと思います。


 先入観を持たずに「今、初めてその局面に出会ったのだとしたら」という立場から考えてみることが大事なんですよね。
 「こうであるはず」という思い込みが、判断力を鈍らせたり、異常に気づかない原因になったりすることは、ものすごく多いのです。


 是枝監督は、ディレクターになって最初の番組で、「牛乳屋さんの長男が、家の自慢のカレーを本場の人たちに食べてもらう」という企画を担当したそうです。
 ところが、そのカレーというのは「二種類の市販のルーを半分ずつ入れて、自分の家で配達している牛乳を加えただけ」というものだったのだとか。
 是枝監督は「これはちょっと……」と、この長男のカレーがスリランカの人々の舌に合わず、スリランカで「本物のカレー」の修行をすることになる、というシナリオをつくり、その下準備をして撮影に入りました。
 ところが……実際にスリランカの人たちにその「牛乳屋さんのカレー」を食べてもらったら、評判が良くて、かえって困ってしまったそうです。

 ディレクターになって一本目の番組でそんな失敗があったおかげで、その後、僕はものすごく演出というものに対して自覚的になりました。演出って、何をおもしろいと思うかということが常に問われているんです。どこにカメラを向けて、何を発見して、今起きていることのうちの何が頭の中に最初からあったものではなく、今ここで生まれたものなのか。それを発見し続けていく動体視力とか、反射神経というものを、自分の中ではなく、自分と目の前に広がっている世界とのやりとりの中で見つけていくという作業が、映像制作のいちばんおもしろいところで、いちばん難しいところで、いまだにはっきりとは摑めていないところです。


 つねに「今ここで生まれたもの」を素直な目でみること。
 つい、自分の都合の良いように解釈して、ラクをしたくなるけれど、それが「落とし穴」なんですよね。
 

 この講演や対談、ぜひ映像で観てみたいな、と思いながら読みました。
 まずは好奇心、なんだよなあ。

アクセスカウンター