琥珀色の戯言

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【読書感想】なぜアマゾンは1円で本が売れるのか―ネット時代のメディア戦争― ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
生き残りを懸けたメディアの攻防戦がすでに始まっている! アマゾンやSNSスマホの台頭で、小分けされ薄利多売での競争を強いられるコンテンツ。ネット全盛時代に敗色濃厚の新聞・出版・テレビに逆襲の機会は訪れるのか。出版を支える大日本印刷、新しいジャーナリズムを目指すニュースサイト、仮想とリアルをつなぐドワンゴ等への取材をもとにその可能性を検証。これからの時代を掴むための最先端メディア論。


 このタイトルを見たら、「アマゾンのビジネスモデルの説明をしている本」じゃないかと思いますよね。
 しかしながら、この新書では、手書きからワープロ、パソコンと「書くためのツール」を変えてきた著者の経験をまじえながら、新聞・雑誌などの活字メディアから、テレビ、ネットメディアなどの「メディアとコンテンツの関係の変化」が語られているのです。
 大まかな流れがわかる、という意味では、興味深いものですし、かなり印象的な関係者のコメントもあるのですが、分量の割に扱っているメディアや話題がかなり多くて、ややまとまりが悪い感じがしました。
 もともと『新潮45』という雑誌の連載された「メディアの命運」という記事だったということもあり、ちょっと硬派なノンフィクションっぽくて、言い回しがわかりにくいところもあります。
 わかりやすくするために数式みたいなものが書かれていても、「その数式をみると、かえって意味がわからなくなるんだけど……」とか言いたくなるし。
 「なぜアマゾン(のマーケットプレイス)が1円で本を売れるのか?」についても5ページくらい書かれてはいるのですが、その説明も、もうちょっとわかりやすくできなかったのかなあ。


 大日本印刷DNP)が、いまや、印刷会社というよりは、出版関連の多角企業化しているというのは、この本を読んで知りました。

 たとえば丸善ジュンク堂といった書店のグループ化から始まって丸善出版主婦の友社のような版元とも資本提携してきたDNPは、2009年に新古書店ブックオフ筆頭株主になった(2014年に筆頭株主はヤフーに変わっている)。急成長するブックオフが売り上げを阻害するとして版元、書店業界から敵視されていた事情を思うと、このグループ企業化は青天の霹靂の感があったが、いたずらに対立するよりもブックオフの力を生かすことで開かれる可能性を評価したのだろう。そしてDNPがまず始めたのが買い取りサービスの提供だった。hontoサイトには、ブックオフオンラインのリンクが貼られ、クリックするとブックオフオンラインを経由して本の買い取りを依頼できるようになっている。売却代金は現金でもhontoポイントでも受け取れる。こうして版元から新古書店まで、つまり縦に串刺しにする形で本の一生にDNPは関わろうとしていた。
 図書館と出版界の間に橋を架ける取り組みも注目に値する。図書館で本を貸し出すために新刊書の売り上げが落ちると考えられ、図書館と版元、書店との関係は従来、良好とはいえなかった。海外ではこうした関係を改善する試みもなされてきており、実際に買われて読まれるはずだった本の替りということで一般の売価より割増で図書館は本を購入する。そこでただ割増にするだけでなく多くの人が借りだして読んでも破れない丈夫な装丁にした図書館向けのライブラリーエディションを版元が作るというケースもあると聞く。
 日本ではこうした妥協案が摸索されることは今までなかったが、電子図書館事業に先鞭をつけ、公共図書館向けに電子書籍を納入するに当たって紙の本の1.3倍の価格で3冊分を買う契約を結んだ。この交渉に臨んだのは本書でも取材に応じてくれた丸善CHI社長の中川清貴だった。


 ブックオフ電子書籍を敵視する、とまではいかなくても、好まない出版界の人は少なくないようですが、大日本印刷は、すでにこんな取り組みをやっているんですね。
 大日本印刷は、電子書籍や図書館を否定するのではなく、すでに必要かつ認知されているものとして、どんなふうに紙の本や出版社はつきあっていくべきか、というのを摸索しているのです。
 僕も最近は電子書籍をよく読むのですが、値段が高くてもいいから、電子書籍にしてくれないかなあ、と思うこともあるんですよね。
 図書館については、電子書籍化すると「技術的には一度に何人でも貸すことが可能になる」だけに、コンテンツを保持している側と、利用者側の妥協点をどこに見いだすかは、今後の大きな課題になるでしょう。


 この新書のなかで、とくに興味深かったのは、京都の老舗印刷会社「中西印刷」の話でした。
 中西印刷は学術出版を多く取り扱っており、専門書で使われる複雑な漢字や特殊な文字を印刷する技術に秀でていました。
「中西印刷はどんな文字でも揃っているというのが自慢」だったそうです。
 しかし、活版印刷は採算がとれなくなり、メンテナンスも難しくなったため、ついに活版印刷から撤退することになります。

「最初は電算写植に踏み出すといっても、本のつくり方が変わっただけで、その後、500年ぐらいは電算で本をつくるという時代になるのだろうと思っていたんです。でもそれが20年たってみると、電算で本をつくるというのはあくまでも過渡期の現象だったんだなと気づいた」
 中西に「気づき」をもたらしたのは学術系のオンラインジャーナルを扱う経験だった。
「うちは学術書と学術雑誌の印刷がメインなんですけど1990年代の終わりぐらいに海外の学術誌はどんどんオンライン化された。最初の頃はオンラインは紙の補完で検索のし易さがその存在価値だと考えていました。けれど2005年ぐらいから紙での発行をやめる学会が増えてきたし、最近では初めから紙なしで学会誌を創刊するのが普通になってきた」
 そうした動きをみて、もはや紙への印刷を「主」と考えるのを止めようと決意した。中西印刷は学会事務代行も業務のひとつとしており「まだ紙の雑誌を出していた学会に紙を止めてオンラインだけにすれば財政は楽になりますよと働きかけて、オンラインジャーナルを製作する仕事を募ったら受注が続々と集まった」。
 ただコスト的な有利さを謳うだけではない。かつては紙面上で読み易くする技術を積み上げてきたが、今度はオンラインで読み易さを実現しようとした。そのためには紙の印刷を中心に考える固定観念から離れる必要がある。「オンラインではページという概念がないんだから、紙に印刷していた頃のようにページ単位の組版の美しさにこだわっていてもしょうがない。リンクがたくさん貼ってあって、クリックすると引用文面に飛んで元のデータがざーっと現れるとか、そういう仕掛けにものすごく注力しています。


 実際にオンラインジャーナルをつくる仕事をしている中西さんの感覚として、電子書籍というのは、いままでの本の固定観念から離れる可能性がある、というか、「ページという概念にとらわれる必要がない」ということが語られています。
 今は、紙の書籍を作っている人が、それを流用して電子書籍をつくっているけれど、近い将来「電子書籍ネイティブ世代がつくった、紙で印刷されることを想定しない、ページの概念のない電子書籍」が主流になる可能性もありそうです。
 以前、「電子書籍でしか出来ない作品」を村上龍さんも『歌うクジラ』という小説で摸索されていたのですが、紙のリユースではなく、電子書籍に特化した人気作家の作品というのは、コストに売り上げが見合わず、その時点では難しかったようです。


 あと、この中西さんのこんな話も衝撃的でした。

国立国会図書館の研究がありますが、1990年代につくられた電子データはもう97%読めないらしい。OSも変わっているし、デバイスドライバーがないといった問題がある。電子データってすごく危ないんですよね」


 紙は「劣化」するという問題があるのですが、電子データといっても、現時点ではそれを保存するメディアは「モノ」なんですよね。クラウドサービスでも、実際にデータが保存されているのは、世界各地に置かれているサーバーなのです。
 個人的にも、「いつのまにか読めなくなった電子データ」の多さや「データを入れっぱなしのまま壊れてしまったパソコン」のことを思い出すと、紙のほうがまだ受け継がれる可能性が高いのではないか、と考えてしまいます。


 『NEWSポストセブン』という小学館が運営しているニュースサイトのメディアプロデューサー・中川淳一郎さんが、こんな話をされていました。
 中川さんは『週刊ポスト』『女性セブン』などの記事データをネットで読まれる内容にする際、こんなことに注意しているそうです。

「週刊誌のワイド特集だと記事の最後に締めの言葉を入れることが多いですよね。配信する時はそれを省きます。 <安倍政権に疑問符が突きつけられている>と締められていたらそれを取って配信する。記事のスタンスを理解した上で買う週刊誌と違って無料で公開されているネットニュースは誰が読むかわからない。疑問符を突きつけると安倍さんの支持者からするとムカつくこともありますよね。何でおまえらに言われるのって。ネットの記事はクレームがどの方向から来るかわからない。これで苦痛を受けたと訴えられたら負けちゃうんですよね。そこでネットは事実の提示だけに徹します」
 それだと普通であれば無味乾燥の内容になってしまいかねないが、そうならないように更に工夫を凝らし、紙の記事の評価だけに流されず、不特定多数の人がついクリックしたくなる見出しをつければ、アクセスが稼げそうなネット向けの内容の記事を選ぶ。そんな中川はまさにネットニュース職人と呼ぶにふさわしい。


 こうしてさまざまなメディアの流れをみていくと、コンテンツの内容も「どのメディアで拡散されるのか」あるいは「誰に向けられたものか」に影響されずにはいられない、ということがわかります。
 今は、メディアの過渡期を経験してきている人も多いのですよね。


 冒頭に書いたように、ちょっと難しいところもあるのですが、かなり興味深いことが述べられている新書だと思います。


fujipon.hatenadiary.com

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