琥珀色の戯言

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【読書感想】日本テレビの「1秒戦略」 ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
オレたちひょうきん族』等のバラエティやドラマの成功でフジテレビが視聴率の王者だった時代、逆転を狙う日本テレビは、若手社員13名を集めてライバル局の徹底分析を開始する。その方法は、フジと日テレの全番組を録画し、特大の方眼紙に視聴率のグラフを描き、番組やCMの内容を書き出していくというアナログな作業だった。しかし、この努力が日テレを黄金時代へと導いていく。無敵のフジを破った起死回生のマーケティング術を初公開する。


 テレビの時代そのものが終わりつつある(あるいは、終わっている)とも言われているのですが、そうは言っても、テレビは娯楽の大きな柱であり、社会に大きな影響を与えていることは事実です。
 「ネット社会」とはいえ、ネットも、テレビのことを話題にしているものが、けっこう多いですしね。


 この新書、博報堂から日本テレビに転じ、宣伝部長、編成局エグゼクティブディレクターなどを歴任し、当時の絶対王者であったフジテレビから、「視聴率ナンバーワン」を奪回した著者が「日本テレビはいかにしてフジテレビを倒したのか」を振り返ったものです。


 著者は、日本テレビの「巻き返し」のきっかけのひとつとして、1992年の『24時間テレビ』を挙げています。
 1978年にスタートした『24時間テレビ』は、はじまった当初は話題になったものの、次第に内容もマンネリ化し、視聴率も低下していきました。
 1991年の平均視聴率は、過去最低の6.6%で、番組打ち切りの危機にあったそうです。

「それなら、チャリティーそのものをエンターテインメントにしたらいいんじゃないか」
 日本テレビ社内でそんな声を上げたのは、東京に進出して3年目のダウンタウンと同様、当時30代の若い番組制作者たちだった。
 番組の核である「チャリティー」を捨てるわけではない。いや、むしろ真っ向から「チャリティー」と向き合う。しかしこれまでと違うのは、「チャリティーそのものを面白い番組にしよう」と考えたことだ。24時間を「歌」でつなぎながら、各コーナーのエンターテインメント性を高め、「視聴者が楽しみながら参加できるチャリティー番組」を目指したのである。
 間寛平さんを初代ランナーとして、チャリティーマラソンを始めたのもこの年だ。この企画が大成功したのは、その後もマラソンが恒例になり、「24時間テレビ」のメイン企画となったことでもわかる。
 番組のキャッチフレーズは、「チャリティーやで」。
 もっともチャリティーから縁が遠そうなダウンタウンが黄色いTシャツを着て、人を食ったようなメッセージを口にすれば、これまでチャリティーなど考えたこともなかった人たちの心にもスッと入り込むのではないか。そして、年に一度ぐらいは、ちょっといいことをしてみようと考えるのではないか——製作陣は層考えたのである。
 そして、その狙いは的中した。
 番組は大成功し、前述のように平均視聴率17.2%の最高記録(当時)をたたき出したのだ。
 なんと前年の約3倍の数字である。過去最低の視聴率から、過去最高の視聴率へ——。
 それは確実に『24時間テレビ』が生まれ変わった日であった。


 ずっと「お固い」イメージが強く、スポーツ中継(主に巨人戦)の貯金でやってきたような日本テレビだったのですが、視聴率王者・フジテレビを追うために、1990年代前半からエンターテインメント重視、視聴率重視に舵を切っていきます。
 著者は、数分、数秒単位までデータを解析し、視聴者の傾向をみて、「観てもらえる番組づくり」を行っていくのです。

 フォーマット改革で見えてきたのはフジテレビの強みであり、それと同時に日本テレビの弱みでもあった。自局の番組だけを単発的に観ているときにはそれほど感じなかった違いも、長時間比べて視ると、よくわかる。私たちはその差に愕然とした。
 普段、何気なくテレビを視ているときにはあまり意識しないが、実は局や番組によって、番組のはじまり方やCMの入り方、提供テロップの出し方、番組の終わり方などは微妙に異なる。
 たとえば、番組のエンドロールに制作者の名前(スタッフクレジット)が長々と入る場合もあれば、クレジットが入っても、サッと短く終わってしまうこともある。番組のスポンサー名を知らせる「提供テロップ」の出し方や背景の映像も番組によって違う。
 そうした細かい部分まで分析していったわけだが、日本テレビの番組は、内容の良い悪い以前に「とにかく続けて見づらい」とメンバーの誰もが口にした。
 日本テレビの番組では、番組の後半に、CMがたくさんつながって入っていることが多かった。エンドロールでスタッフの名前が延々と続く番組もあった。長々とした次週予告によって、むしろ次週の楽しみが半減してしまうものもあった。どれも、視聴者がチャンネルを変えたくなる要素である。前の番組から次の番組へとつなぐための工夫は全く見られなかった。
 CMを取り上げてみても、当時のフジテレビは日本テレビも含めた他局とは一線を画しており、若者向けのスタイリッシュなCMが多かった。

 実は、この「フォーマット改革」にはドラマやバラエティをつくる制作局の人間は入っていない。営業局、ネットワーク局、広報局、編成局の人間だけである。
 というのも、モノづくりをする人間は得てして自分の発想や、やりたいことを何よりも優先しがちだ。感性や勘といった主体的な要素を排し、まっさらな目で客観的に分析するのがプロジェクトの狙いだった。


 著者は、フジテレビの戦略を徹底的に分析し、日本テレビの番組編成を改革していきます。
 その過程では、これまでの人気番組を全体の編成のやりなおしのために終わらせたり、内部からの批判も受けたりしていますが、それでも揺らぐことなく、若手の登用や編成と制作の異動を積極的に行い、フジテレビから「視聴率王者」を奪還したのです。
 ただ、これを読みながら、僕は「テレビの視聴率至上主義の弊害」(「やらせ」や過剰な演出、番組の画一化など)と、とりあえず視聴率を上げなければ、CM料も稼げないし、そもそも、どんなに自分たちで凄いと思っていても、視聴者に観てもらえなければ意味がない、という「せめぎあい」の原点みたいなものを考えずにはいられなかったんですよね。
 著者は、もう割り切って、とにかく視聴率を上げる、フジテレビに勝つ、ということを目標にし、それを成し遂げたわけですが、それが『24時間テレビ』のランナーの「ワープ」や「障害者の危険なチャレンジの助長」にもつながっている。
 

 この新書を読むと、日本テレビのバラエティ番組がいかに「強い」かがよくわかります。
 2016年の4月から5月のバラエティ番組の平均視聴率トップ20のうち、日本テレビの番組は16と8割を占め、そのなかに10年以上続いている長寿番組が8番組もあるのです。
 僕のなかでは、いまでもなんとなく「バラエティはフジテレビ」とか「最近テレビ朝日テレビ東京は元気が良いな」というイメージがあったのですが、実際は「バラエティ番組は日本テレビの独壇場」なのです。
 ちなみに、1位は『笑点』(視聴率20.3%)、2位『ザ・鉄腕!DASH!!』、3位に『世界の果てまでイッテQ!』。
 他局では、7位にTBSの『ぴったんこカン・カン』が入っているのが最上位です。


 日本テレビのヒットメーカー、五味一男さん(『マジカル頭脳パワー!!』『エンタの神様』など)は、著者にこんな話をされたそうです。

「あくまでも私見だが」と断りながらも、五味氏は、視聴者のために「自分が面白いと思う番組」をつくろうとしているのがフジテレビであり、視聴者の立場に立って「視聴者が面白いと思う番組」をつくろうとしているのが日本テレビなのではないか、と指摘する。
 お客様のことを思う部分は同じだが、番組づくりのスタンスは逆である。毎分視聴率や個人視聴率などのデータを常に検証し、番組づくりに反映させていくうち、日本テレビの制作陣の中に、こうした「視聴者本位」の考え方が自然と継承されていったのかもしれない。


 ただ、クリエイティブの世界では、相手の顔色ばかりうかがっていると、「作家性」みたいなものが失われて、革新的なものは出てこなくなるのではないか、とも思うんですよね。
 スティーブ・ジョブズが「自分の感性」でAppleの製品のデザインを決めていきました。
 ジョブズは、多くの人は、自分が本当に欲しいものが想像できていない、と考えていたのです。


 クリエイターとマーケッター、そのどちらかだけが突出して引っ張っていく、というのには限界があって、両者が協力しあい、あるいは綱引きをしながら、前に進んでいくしかない、ということなのでしょう。
 日本テレビも、一度フジテレビから視聴率王座を奪還したあと、2004年から2010年には、またフジテレビに王座を明け渡しています。
 2011年以降は、ほとんど日本テレビが視聴率1位を占めていますが、テレビ朝日がその座を脅かしているのです。

 
 「視聴率至上主義」には、あまり良い印象はないのですが、「観てもらわないことには、はじまらない」のもまた事実。
 ネット視聴の普及も含め、これから、テレビにとっても新しい時代がやってきます。
 数年後には、テレビ番組のリアルタイム配信が認可されるのではないか、という話も紹介されていて、そうなると、「ローカル局」や「ローカル番組」の存在意義が問われることになりそうですし。

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