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【読書感想】勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇 ☆☆☆☆☆

勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇

勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
’04北海道勢初の全国制覇、’05驚異の夏連覇、’06異例の決勝再試合…少壮の名将・香田誉士史、栄光と挫折の舞台裏。


 2004年8月22日、駒澤大学付属苫小牧高校が北海道勢としては初めて、甲子園で優勝しました。
 そういえば、同じ日にアテネオリンピック野口みずき選手が金メダルを獲得したんですよね、この本には、ずっと高校野球を取材してきた著者が、北海道勢の初優勝という歴史的な快挙の扱いが、この金メダルで小さくなってしまうのではないか、と危惧していたことが率直に書かれています。
 この年の駒大苫小牧の優勝は、僕にとっては「意外」としか言いようがありませんでした。
 どんどん強豪校を破って勝ち進んでいっても、「とはいえ、北海道の高校だからなあ」って、優勝は無理だろう、と思い込んでいたのです。
 それまで、「白河の関を越えたことがない」と言われていた優勝旗が、一気に、津軽海峡まで越えてしまうとは。
 そして、その翌年の夏にも駒大苫小牧は優勝し、3連覇のかかった2006年夏の大会では、現在はニューヨーク・ヤンキース所属の田中将大投手を擁して決勝に進み、「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹投手の早稲田実業と延長引き分けの再試合の末、惜しくも準優勝に終わったのです。
 2006年の駒大苫小牧は、いつのまにか「絶対王者」になっていて、僕は判官びいきのつもりで早実を応援していました。

 日本一になる前年、一度だけ駒大苫小牧を訪れ、監督の香田誉士史監督に話を聞いたことがあった。コミカルなまでに腰が低く、ぽっちゃりとした体型の陽気な青年監督だった。車で空港まで送るからと、時間が許す限り練習を見せてくれ、車の中では、苫小牧へ来て遠距離恋愛に失敗したこと、空港で売っているアスパラガスがべらぼうに高いこと、まだヒグマを見かけたことがないことなど、たわいもないことを一生懸命に語って聞かせてくれたものだ。そのときは、この朴訥とした印象の監督がのちに高校野球の歴史を変えることになろうとは、つゆほども考えなかった
 私は駒大苫小牧の強さの秘密を知りたかったが、しかし、取材は難航した。その主役となるべき香田の人生が2004年夏を境に一変してしまったからだ。


 この本は、北海道の高校、それも、全国各地から有望選手を集めるような名門校ではなかった駒大苫小牧をここまで強いチームにした香田誉士史監督を描いたものです。
 香田監督は、恩師である大学の監督の命令で駒大苫小牧に新人監督として赴任し、さまざまな試行錯誤と周囲との衝突を繰り返しながら、この偉業を成し遂げたのです。
 ただ、「勝ち続けること」は必ずしも、香田監督や駒大苫小牧にとって良いことばかりではありませんでした。

 準優勝に終わった2006年夏、私は南北海道大会から駒大苫小牧の戦いを取材していた。負ける瞬間に立ち会いたかった。そこで、どうしても聞きたいことがあったのだ。
 だが、駒大苫小牧は、なかなか負けなかった。そして予想に反し三度、甲子園の決勝の舞台まで勝ち進むことになるのだ。つまり甲子園の決勝は、“最後のチャンス”でもあった。
 やっと負けてくれた——。だから、正直、そう思った。
 そして香田に、こう尋ねた。勝ち続けることからようやく解放され、安堵しているのではないですかと。
「悔しさはある……そこは誤解して欲しくない。でも、(三連覇したらどうなってしまうのだろうという)怖さは正直ありました。今は少し、ホッとしています」
 その言葉を聞けただけで、私は十分満足していた。


 「取材相手の負けを願うなんて……」と思われるかもしれませんが、この本を読んでいくと、著者の「思い」も理解できるのです。
 接待などに駆り出されたり、プッレッシャーで過食症になったり、「国内留学」してきた選手たちとの軋轢に悩んだり……
 とはいえ、監督だって「負けたかった」わけではなかったのでしょうけど。


 正直、香田監督が「理想の指導者か?」と問われたら、僕は考え込んでしまいます。
 練習は厳しいし、ときには、手をあげることもありました。
 けっこう変わった人でもあったのです。
 ただし、「普通の人」には、こんな「偉業」はできないのかもしれません。
 練習風景も紹介されているのですが、「ここまでやらないと、甲子園に出て、良い成績を収めることができないのか……」と圧倒されてしまいます。
 徹底したイメージトレーニングや走塁の指導、「1年に1回、そういう状況になるかどうか」という不測の事態も、つねに「想定」して練習をしていたのです。

 香田は生活態度、身だしなみ、ちょっとした言動、小さな仕草に至るまで、どんな小さなことも見逃さなかったし、見つけたら絶対に許さなかった。見逃し三振をし、審判の方を少し振り返っただけで「その態度はなんだ」と交代させられた選手もいる。試合中、ネットに寄りかかっていただけで帰らされた選手もいる。試合に向かうバスの中で、帽子のツバが中央からややずれているだけで降ろされた選手もいた。
 香田からしてみれば、特に意識せずとも見えてしまうもの、気づいてしまうものに、部員が無関心でいられることが信じがたかった。ある日、球場とサブグラウンドの間にあるプラスチック製のベンチが倒れていることがあった。それを見つけた香田は、堪(たま)らずに言った。
「通り道なのに、誰一人気づかないのか! おまえら、人が死んでても気づかねえだろ!」
 香田はことあるたびに「無神経」という言葉を選手に浴びせた。そうした例は枚挙に遑(いとま)がない。


 著者は、香田監督の「負の面」についても(本人にも了解を得た上で)きちんと書いています。
 そして、香田監督が、「厳しいだけの指導者」ではなかったことも。
 とくに印象的だったのは、こんな話でした。

 香田は毎年年末になると店を借り切りOB会を開いた。そして、勢いに任せてしこたま酒を飲み、酔いが回っていい頃になると、香田がパンツ一枚になり言った。
「殴りたいヤツ、出てこい。今まで殴ったぶん、俺を殴れ!」
 OB会のクライマックスである。「○○のときは納得いきませんでした!」などと叫びながら、ある者は背中を思い切り叩き、ある者は思い切りビンタをし、ある者は思い切りローキックを見舞う。香田は「まだまだ!」「もう一丁!」「そんなもんか」とOBたちをあおる。そして、何度もダウンする。
「けっこう思い切りくるからね。茂木にビンタされたときなんて、吹っ飛んだもん。酔っぱらってるのもあるし、脳が揺れて、立ってられないの。俺の素っ裸の写メ持ってるやつ、いっぱいいるよ。ぱしゃぱしゃ撮ってるから。ネットなんかに流したら、ぶっ殺すぞって言ってるけどね」
 教育者として褒められることでも何でもない。愚かでさえある。お互い様だから許されるとか、ここまでやる覚悟があれば殴ってもいいのだと擁護するつもりもない。だが、香田は文字通り、身体を張って選手と向き合っていたし、「対話」をしていた。どうであれ、こういう道理や常識といった物差しでは測ることのできない一面があったからこそ、香田は誰よりも深く選手の懐に入り込み、そして強くつながってもいたのだ。


 「これはひどいなあ、指導者としてはどうなのだろう……」という面と、「合理的な練習を追求し、選手たちに対して、高い要求をするのと同時に、情に厚く、引退したあとは、人としての付き合いを続けている」という面と。
 なんというか、こちらの物差しで善悪を判断することが難しい人、なんですよね。
 ただ、この人のおかげで、駒大苫小牧が歴史的な偉業を成し遂げた、というのは紛れも無い事実です。

 解放したときの勢いが違うのは、普段、選手たちを極限まで締め付けているからでもある。サードの五十嵐は、こう生き生きと語る。

駒大苫小牧は伸び伸びやってるってよく言われますけど、それは公式戦だけ。練習は本当に厳しい。ボール回しとかでも、一個のミスも許されない。信じられないかもしれませんけど、ノックのとき、足が震えるんです。キャッチボールだけでも怖かった。監督は、間違いなく人生の中でいちばん怖い人。でも甲子園に来ると何も言わなくなる。常に笑ってる。目がつり上がらない。だから一気に雰囲気が変わって、どんなに追い込まれた場面でもワクワクしていられるんです」
 大舞台に強いということは、五十嵐が言うように、選手たちが心の底から野球を楽しんでいる何よりの証拠である。
 茶木は駒大苫小牧の爆発力をこう分析する。
「監督の持っていき方がうまい。どううまいかっていうと、バカをやれるんです。そこで、すっげー楽しい香田誉士史を見せる。そのギャップに惹きつけられるというか、ついていっちゃうんだと思います。怖い怖いと言っても毎日、怒ってるわけじゃないですしね。回数だけで言えば、僕のほうがはるかに怒ってますよ」


 「良い指導者とは、どういう存在なのか?」について、香田監督という「異能の人」がやってきたことを知れば知るほど、考え込んでしまうのです。
 「普通じゃない成果」のためには、「普通じゃない指導や努力」が必要なのは当たり前のことではないのか?
 手を上げず、優しいけれど地区予選ですぐ負けてしまう監督よりも、「結果が出せる監督」のほうが「正しい」のか?


 読んでいて、僕自身も駒大苫小牧という高校の野球部と「伴走」しているような気持ちになってくるノンフィクションでした。
 あの田中将大投手がどんな高校生だったか、なんていう話も出てきますよ。

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