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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】映画と本の意外な関係! ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
映画のシーンに登場する本や言葉は、映画を読み解くうえで意外な鍵を握っている。本書は、作品に登場する印象的な言葉を紹介し、それに込められた意味や背景を探っていく。原作小説はもちろん、思わぬ関連性を持った書籍、劇中で流れた曲の歌詞にまで深く分け入って解説。紹介する作品は、『007』シリーズや『インターステラー』から、超大国の裏側がわかるドキュメンタリー映画まで。全く新しい映画評論!


 映画のなかに、ときどき「本棚」が出てきますよね。
 僕もけっこう「どういう本が並んでいるんだろう?」と確認してしまうのですが、最近はネットで「このアニメ映画の主人公の本棚に並んでいたのはこの本だ!」なんて調べた人が公開しているものを見かけます。
 気になっていたのは(あたりまえだけど)僕だけじゃなかった。
 そもそも、フィクション映画であれば、そこに置かれているものは、誰か(大概は監督か脚本家)が「決めている」わけで、並んでいる本にも「意味」があるのです(なかには、「適当に並べておいて」って監督さんもいるのかもしれないけれど)。


 この新書は、町山智浩さんが集英社クオータリー『kotoba』に連載中の「映画の言葉」をまとめたものです。
 採りあげられているのは、2010年以降の比較的新しめの映画が多く、僕にとっても思い出しやすい作品ばかりでした。
 ただ、最近の映画は観ない、本も読まない、という人には、「何が書かれているのか、ピンとこない本」かもしれません。
 それなりの「予備知識」があったほうが、楽しめる本だと思います。
 そもそも、映画の本棚というのは、「置かれている本に制作側がこめた意味」を理解できないと、観客が困る、というわけにはいかないはずです。
 世の中には「活字の本は読まない」という人は、けっして少なくありませんし。

 たとえば、中島哲也監督の『渇き。』(2014年)。役所広司扮する堕落した元刑事が、失踪した女子高生の娘(小松菜奈)を捜すうちに、娘がある種の「怪物」だったと知ることになるミステリです。セックスとバイオレンスに満ちた地獄めぐりのような映画ですが、特に印象に残ったのは、娘の本棚に並んでいるシャーリイ・ジャクスンの『ずっとお城で暮らしてる』(1962年)でした。
 他の家族が殺された屋敷に姉のコニーと暮らす18歳の少女メアリの一人称で書かれたメルヘン調の小説で、町の住民たちはメアリを「魔女」だと噂していますが、ジャクスンの『たたり』(59年)や短編『魔性の恋人』と同じく、何が事実なのかわかりません。メアリは現実から自分を守るファンタジーの城を心に築いて閉じこもっているわけです。この本が映ることで、血みどろの『渇き。』は、残酷なおとぎ話のようにも見えてきます。
 映画で画面に映る本には何らかの意味があるはずです。監督にインスピレーションを与えた本だったり、物語の謎を解く鍵が隠されていたり……。その本を知っている人にしか伝わらない、本の虫だけに向けられたウインクのようなものだと思います。


 映画のなかの本、あるいは本棚は「制作側の思いを掘り下げたい観客、あるいは、同好の士へのメッセージ」なのです。
 だからこそ、「わかる」と、少し、その映画や作っている人が好きになる。


 スティーヴン・スピルバーグ監督の『リンカーン』(2012年)の項では、リンカーンのこんな悲惨な結婚生活が紹介されています。

 富豪の娘メアリー・トッドと結婚したが、結婚式の日、リンカーンは思わず「地獄行きだ」と漏らしたという。その予感は的中した。メアリーは、暖炉にくべる薪の量が少ないと言っては薪でリンカーンを殴った。買ってきた肉が違うと言われて妻に殴られたリンカーンは口の中を切った。リンカーンの個人秘書ジョン・ヘイはメアリーを「ヘルキャット(地獄の猫)」と呼んだ。映画『リンカーン』でガミガミとうるさい大統領夫人を演じるサリー・フィールドは、その容貌も含めて、映画史上最も完璧なメアリー・リンカーンだといわれている。
 リンカーンの友人で伝記作家のウィリアム・ハーンドンはふたりの結婚生活を「家庭内地獄」と呼んだが、リンカーン自身は「結婚は天国でも地獄でもないさ」と言っている。
「煉獄(れんごく)だよ」


 アメリカ史上で、もっとも尊敬されている大統領であるリンカーンの家庭生活って、こんなにつらいものだったのか……
 ただし、町山さんは、メアリーのこのような態度は、リンカーンバイセクシャルで、夫の愛がなかったからではないか、という説も紹介しています。
 これはもう、後世の人間には知りようがないことなのですけど。


 『恋人たちの予感』の、こんな有名なシーンの話も。

 『恋人たちの予感』でサリー(メグ・ライアン)が演じる偽オーガズムは映画史に残る名シーンだ。ニューヨークのデリカテッセンで、ハリー(ビリー・クリスタル)が、
「今までつきあった女性はみんな僕のセックスに満足してたよ」
 と言うと、サリーはため息をつく。
「あのね、女はみんなイクふりできるのよ」
 サリーはそう言うと、食べていたサンドイッチを置いて、突然、悶え、あえぎだす。店中の客が注視する。
「そうよ、そこよ、ああ、イク! イクわ!」
 偽の絶頂に達したサリーは何事もなかったようにサンドイッチをパクつく。それを見ていた60歳代の女性客(ロブ・ライナー監督の母エステル・ライナー)がサリーを指さしてウェイトレスに注文する。
「彼女と同じものを」
恋人たちの予感』は、その年のアカデミー脚本賞にノミネートされた。


 町山さんは、このシーンが世界に与えた影響について、こう仰っています。

恋人たちの予感』はセックスについて全世界の男たちの考え方を変えた。この映画以降、すべての男は女性の反応が本物なのか演技なのか、まるでわからなくなってしまったのだから。


 『恋人たちの予感』は、たしかに「世界を変えた映画」だと言えそうです。
 それで人々が幸せになったかどうかはさておき。

 ちなみに、この新書のなかで、町山さんは、あの「AKB48メンバーの部屋の本棚に『映画秘宝』があった事件」についても言及されています。
 デヴィッド・フィンチャー監督の話なども出てきて、なかなか興味深いものでした。


 「映画と本が好きな人」にとっては、すごく楽しめる新書ではないかと思います。
 それと同時に、世界にはまだまだ読んだことがない本や観たことがない映画がたくさんあるということを、あらためて思い知らされるのですけどね。