琥珀色の戯言

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【読書感想】伝説のプラモ屋―田宮模型をつくった人々 ☆☆☆

伝説のプラモ屋―田宮模型をつくった人々 (文春文庫)

伝説のプラモ屋―田宮模型をつくった人々 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
田宮模型は自他共に許す世界最大のプラスチックモデルメーカー。プラモデルのために実車のポルシェを解体してしまったという「伝説」の社長。その彼を取り巻く人々も負けず劣らずユニークだ。CIAに始まり、カルロス・ゴーン氏、韓国元大統領、カイロの小学生、そして偉大な父まで。伝説の模型屋を作りあげたさまざまな人間群像を紹介。


 あの『TAMIYA』の歴史と、それをつくってきた人々について、『田宮模型』の二代目であり、現会長の田宮俊作さんが2007年に書かれたものです。
 俊作さんのお父さん、田宮義雄さんが創業した田宮商事は、戦後、木製の模型をつくってきたのですが、欧米からプラスチック製の模型(プラモデル)が輸入されるようになったことで、事業の転換を迫られます。
 これまでの木製模型をやめて、プラモデルに賭けることにした田宮模型なのですが、その転換は最初からうまくいったわけではなかったのです。
 結果的に田宮模型が多くの同業者から抜け出して唯一無二の会社となった理由のひとつを著者はこのように述べています。

「金型を自社で製造したい」と私がいうと、社長であった父も文若専務も大反対する。だが、これは必然の流れであったと思う。他社に外注している限り、金型の製造上の技術の蓄積は始まらないし、設計者が納得できるような精密で組み立てやすい製品は出来上がらない。私の会社が同業者から頭一つ抜け出したのは、このころからではないだろうかと考えている。
 二十代中心の若い設計者の図面は、みなそれぞれに担当がある。バイクが好きな者はバイクの設計、戦車にしても、艦船にしても、それぞれ自分が得意な分野の図面をひき、模型化していく。「好きこそものの上手なれ」という言葉はたしかにある。だが、好きにまかせて一ミリ以下の細かな部品まで再現されたら、金型のコストは上昇する一方である。
 出来上がった図面の一枚一枚の部品の細部を見て、必要以上の加工技術を施さなければならないものは、私と内野工場長とがチェックして設計のやり直しを命じた。細部にこだわり過ぎて、必要以上にパーツが多すぎるキットは、組み立てる側にストレスをためてしまう。上手な設計者は、その辺の術をよく心得ていた。模型の設計で一番肝心なことは、うまく省略することにあると私はいまだに考えている。


 いまは、以前よりも「細かく再現する」ことが技術的にやりやすくなっているはずです。
 だからこそ、「リアリティ」と「組み立てる側のストレスをためないこと」のバランスをうまくとることが大事になっているのだと思います。
 結局、「つくるのは人間」なわけですから。
「うまく省略すること」が肝心と言いつつも、著者は、譲れない部分に関しては、徹底的にこだわり抜いています。

 人はだませても自分はだませない。自分が愛せないキットを発売してしまったら、自分自身を許せなかったに違いない。
 数字にしたら0.7〜0.8ミリの誤差。私が感じた「何となく厭だ」を是正するのに要する費用は数千万円、時間は丸一年以上だった。
 2000年春に発売予定だった1/32零戦52型が、一年以上遅れて店頭に並ぶことになった時の話である。
 しかし、丸一年以上とは何という遅れであろうか。全くお恥ずかしい限りだ。
 五月のホビーショーの直前、テストショットされた零戦が最初に組み立てられ、「できました」と私の元に提出された。手にとってしげしげと眺めているうちに、
「これは零戦じゃないなあ」
 と、気になってきた。そのうち、どうしても我慢できない箇所が見つかった。その結果がこれである。
 我慢できない箇所とは、カウリングであった。その形状はともあれ、直系がやや大きいのではないかという疑問が生じたのだ。私の直感では、0.8ミリくらい大きい。早速設計担当者以外のスタッフに調べさせてみたところ、1ミリの誤差があることがわかった。
 そのうえ、カウリング以外にも怪しげな寸法があちこちに見つかってしまった。お恥ずかしいことに、自分が抱いていたイメージまでも誤っているところがあった。垂直尾翼や胴体は、私が思い込んでいた感じよりもだいぶ太かったのだ。


 その「1ミリ」って、たぶん、僕には全然わからないと思います。
 著者自身も、本当に模型が好きで、良いものをつくりたい人なのでしょう。
 たぶん、その1ミリを修正しても、この製品だけでは、数千万円と1年間を取り戻せるくらいのプラスにはならないはずです。
 そういう妥協のなさが、『TAMIYA』を世界の模型ファンに愛されるブランドにしてきたのでしょうね。
 海外進出をはじめた当初は、日本製品の評価が低く、なんと「重さ」で価格を決められそうになったこともある、とのことなのですが、いまでは田宮模型の本社がある静岡には、世界中から『TAMIYA』という聖地巡礼のために、模型ファンがやってくるのです。

 私の会社は、見学に訪れる人たちは、いつでも「ウェルカム」である。特に二階のロビーフロアーは、通常の営業日であれば誰でも自由に見学できるようになっている。ここには、模型化のために購入した数台のF1や、何種類かのバイク、ソーラーカーなど展示されている。また、歴史館と現在販売中のキットの展示室がある。
 特に、夏休みの期間には、子供連れのお父さんたちが多い。喜んでいるのは、多分お父さんの方だと思うのだが……。


 僕もこれを読んで、静岡に行ってみたくなりました。
 たぶん僕も「意外と冷静な子供の横で、舞い上がっているお父さん」になりそうです。
 不器用なので、つくるのはあまり得意ではないのだけれど、プラモデルというものに、どうしてあんなに心惹かれてしまうのだろう。


 この本のなかで、1975年から続いたベトナム戦争の模型業界への影響について書かれていたところで、僕は考えさせられました。

 この終戦が、模型業界に思わぬ波紋を投げかける。
 十数年にわたって、テレビのニュースで毎日のようにリアルタイムで流れていた戦場の光景が、画面から消えた。それによって、模型業界でもミリタリーモデルの人気が、世界的に下火になっていったのだ。


 人間は戦争が好きなのか、子供は兵器という「人殺しの道具」に憧れるのか?
 いや、戦争が好きなのと、戦車や戦闘機、戦艦のカッコ良さは別、なのか。
 あの宮崎駿監督は、筋金入りの「平和主義者」なのですが、『紅の豚』や『風立ちぬ』で、水を得た魚のように、戦闘機を描いています。
 人間って、矛盾した存在だよなあ、(表向きは)戦争をしたい、従軍したい人はそんなにいないはずなのに、戦車や戦闘機に心惹かれてしまう。
 それは、70年前も現在も、変わりないのです。
 だからといって、プラモデルに対して、「これは戦争の道具なんだから、こんなものつくっちゃダメ!」って言うのも、なんだかなあ、とは思うし……
(車とかのプラモデルなら良いのかもしれませんが)