- 作者: 池上彰
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2017/04/22
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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Kindle版もあります。
- 作者: 池上彰
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2017/05/05
- メディア: Kindle版
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内容(「BOOK」データベースより)
「トランプ大統領」はなぜ誕生したのか。イギリスが脱けたEUは、どうなる?「憲法上、日本は核を持てる」って本当?「不確実」の現代を自分の頭で読み解く。「大岡山通信」書籍化!
日本経済新聞に連載されている「池上彰の大岡山通信 若者たちへ」をまとめた書籍の第3弾。
2016年に書かれたものが多いので、アメリカ大統領選への言及が多くなっています。
このシリーズは、学生たちへのメッセージ色も強く、かなりわかりやすく、シンプルに書かれているのですが、池上さんのテレビ番組や著書に多く接している人にとっては、あまり目新しいところはないんですよね。
「外国と自由貿易協定を結ぶことでアメリカの産業が空洞化し、雇用が失われる」というトランプ氏の主張の象徴が、「TPPからの離脱」でした。選挙中、集会を取材中に私は、トランプ氏がTPP批判をすると、支持者が熱狂して応えるのを見ました。ここにいる人のどれくらいがTPPを理解しているのだろうと思ったのですが、「強いアメリカを取り戻す」という公約のシンボルでした。
高収入の仕事がなくなり、低賃金の不安定な雇用しか残っていない人たちには、「自由貿易」のメリットを聞かされても、なんの意味もありませんでした。
「強いアメリカを取り戻す」という、わかりやすい、しかし内容のないスローガンが心に響いたのです。
自分の仕事がなくなり、収入が減ってしまうと、人はどうしても内向き志向になりがちです。外交や貿易より、明日の暮らしを保障してくれ。こういう願いが「トランプ現象」をもたらしたのでしょう。
自由貿易を否定し、中国製品など外国産の商品に高い関税をかければ、結局はアメリカ国内での物価上昇につながり、トランプ氏に投票した人たちの生活が苦しくなります。そうなったとき、彼らはどんな反応を示すのでしょうか。そのときトランプ大統領は、どこかに「敵」をつくり出し、敵に向かって国民の団結を呼びかける。そういう事態になることを恐れます。
自由貿易を否定すると、アメリカ人の仕事は増えるかもしれませんが、物価が上昇するのも間違いないんですよね。
でも、そういう「負の側面」は強調されることがない、あるいは、みんな目を向けないようにしている。
民主党のクリントン氏(元国務長官)は、夫との合算で2014年には2800万ドル(約30億円)の収入があり、45.8%を納税したと公表しています。その額の大きさには驚きますが、高い税率を払っているのを公表することは、「きちんと納税しています」というアピールになります。
こういうのを読むと、いくらアメリカが「アメリカンドリームを賞賛する国」であっても、ウォール街寄りで既成勢力のヒラリーさんを嫌う人々の気持ちもわかるんですよね。
年収30億かよ!
いや、トランプさんも大富豪なんですが、ヒラリーさんのほうが「クリーンなイメージ」を売り物にしているからこそ、反感を買ってしまうのかもしれません。
トランプさんは、女性蔑視発言とかしても「まあ、トランプだからな」って、みんなたいして気にしない。
なんだか、ずっと真面目にやってきて、ちょっと魔がさしてちょっとした悪事に手を染めたら大バッシングされ、長年ひどいことをしてきた不良が更生したらみんな感動の嵐、というような不公平感もあるのですが……
人の感情というのは、難しいものです。
池上さんは、学生に講義をしていくなかで、さまざまな気づきがあったことを述べておられます。
考えてみると、「9・11」が起きたころ、いまの大学生はまだ小学1〜2年生か、小学校にあがる前です。リアルタイムの記憶がない学生たちにとっては、歴史の一コマです。
一方、私たち大人にとっては、まさに大ニュースでした。ニュースとして経験したちは、つい若者たちも知っていると考えてしまいます。
ところが、大学生たちに対して「9・11」の話をしても、彼らにはピンときません。ここにジェネレーションギャップが存在します。大学の先生の多くは、学生たちが「9・11」を知っていることを前提に話を進めますから、学生たちは「あの先生の話はよくわからない」と思ってしまいます。
これは新聞記者やニュース番組の制作者、キャスターにとっても同じこと。読者や視聴者が知らないことを知らないのです。結果、わかりにくいニュースになってしまいます。
まして、アメリカがなぜアフガニスタンやイラクで苦戦を強いられているのか。なぜ過激派組織の自称「イスラム国」(IS)が生まれたのかという現在のニュースを理解するのは困難です。
となると、国民の関心も薄くなります。とりわけ民放テレビの現場では、「アフガニスタン情勢を伝えても、視聴者は関心ないから」の一言で片づけられ、取り上げられることがなくなります。それが視聴者の無関心を助長する……という悪循環に陥っている気がします。
それではいけません。「視聴者は国際ニュースに興味がない」のではなく、視聴者に興味深く見てもらえるような工夫が足りないだけなのではないでしょうか。
2001年9月11日に「アメリカ同時多発テロ」が起こってから、もう15年半。東日本大震災からも、もう6年が経っているのです。
昭和40年代生まれの僕が、上の世代の「あの太平洋戦争」という言葉に実感がわかなかったように、いま大学に入ってくるくらいの世代は、「同時多発テロ」を知ってはいても、リアルタイムでその衝撃を体験してはいないのです。
うちの長男は8歳で、東日本大震災は「津波こわい」くらいの記憶しかなく、次男は2歳なのですが、あの震災のときは生まれていません。
自分が知っていることをみんなが知っているとは限らない。
興味を持ってもらえないのは、相手に関心がないからではなく、基本的なことを「知らない」まま、相手が「知っているのが常識」のように話を進めているからではないか、と疑ってみるべきなのでしょう。
自分が知っていることは、みんな知っているはず、あれだけの大きな事件なのだから、と年齢も考えずに思い込んでしまいがちなんですよね。
池上さんは、「インターネットの便利さ、手軽さの裏にある危うさ」について、こんな話をされています。
画面を見ているだけでは、関心のある検索キーワードにもとづいた情報だけが大量に集まってしまいます。それだけで安心してしまい、反対意見も含めて、違った角度から考え直すことができなくなるおそれがあるのです。
たとえば、2011年に東日本大震災が起きたとき、こんなことがありました。東京電力の福島第一原子力発電所の事故が心配になり、ネットで「原発 危険」というキーワードで検索すると、健康被害をおよぼす可能性がある放射線に関する情報がたくさん集まります。その一方で、「原発 安全」と検索してみると、そんなに心配しなくても大丈夫だという情報が、大量に集まってくるのです。
つまり、キーワード次第で、集まる情報の傾向や結論が決まってしまうおそれがあります。そうしたネットのワナに陥らないためにも、自ら学び、知る習慣を身につけていくことが大切です。
4月から新しい生活をはじめた、という大学生や新入社員(中学生・高校生でも十分読めるはず)には、とっつきやすい「メディアリテラシー」の入門書だと思います。