琥珀色の戯言

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【読書感想】村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
騎士団長殺し』は第○章を読めばすべてがわかる!部品はみんな村上春樹なのに…ワースト作?『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』『1Q84』はBOOK3がなければ…村上春樹の10年を徹底放談。


 大森望さん、豊崎由美さんの名コンビによる、村上春樹さんの『1Q84』から『騎士団長殺し』までの新しめの作品「メッタ斬り」。
 『メッタ斬り』シリーズ、単行本で出ていたときからずっと愛読しているのですが、最近は出版不況もあってか、単行本は出なくなり、芥川賞直木賞予想を半年に一度聞くくらいになっていました。
 しかしながら、村上春樹作品となれば、こうしてその書評が一冊の新書になってしまうのですから、恐るべき村上春樹パワー。
 しかも、村上春樹さんの書評って、他にも何冊か出ていますしね。
『1Q84』を読み解く、みたいな本もけっこうありました。ゲームの攻略本みたい。本の攻略本というのもなんだか変な感じですけど。


 この新書では、『1Q84』『女のいない男たち』『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』、そして、最新作『騎士団長殺し』について、大森さんと豊崎さんが語り合っているのですが、相変わらずの鋭いツッコミとテンポの良い掛け合いに、ニヤニヤしながら読みました。
(トヨザキさんのザキの右上は本来「大」じゃなくて「立」なのですが、使用できる文字の都合で、今回は「大」表記になっています)

大森望主人公の年下のほうの浮気相手は、本当に存在感がないですよね。ちなみに、『騎士団長殺し』発売日、深夜0時をまわった直後の時点で、いちばん最初にネットで話題になったのは、さっき豊崎さんが引用した箇所の続きの部分。<そのときの私には、彼女たちをベッドに誘うことはとても簡単で、理にかなったことのように思えた。自分が教えている相手を性的に誘惑することについて、やましさをほとんど感じなかった。彼女たちと肉体関係を持つことは、道路でたまたますれ違った人に時刻を尋ねるのと同じくらい普通のことのように思えたのだ>。読みはじめてすぐのところだし、ほとんど炎上狙いじゃないかと(笑)。まあね、よく考えたら、僕は道路ですれ違った人に時刻を訊ねたことがたぶん一回もない。バスを一緒に待ってる人とかに「今、何時ですか」とか訊くことはあるけど、すれ違った人には訊かないでしょう。だから、実はこれ、そのぐらい普通じゃないってことが言いたかったんじゃないかなと(笑)。


 僕は『騎士団長殺し』のこれを読んで、半ば呆れるのと同時に、もしかしたら、こんな男がいるのか?とちょっと不安になりました。
 こんなヤツがいるかもしれないと思うと、配偶者や恋人が習い事に行くのを止めたくなりますよ。風評被害じゃないのか。そもそもそれって、「教える人失格」だろ……
 まあ、村上春樹作品の主人公って、あらためて考えてみると、こんな男ばっかり、ではあるのです。
 現実ではできないからこそ、フィクションの価値があるのかもしれないし、これって「異世界ではヒーローの俺」っていうライトノベルによくあるパターン、とも言えますよね。


 あと、話題になった「南京大虐殺を肯定している」という話とその周辺についても、お二人は言及しています。

豊崎由美継彦が自殺したという事情まで、免色さんはちゃんと調べてくれます。アンシュルスとクリスタル・ナハトと同じ頃に南京虐殺事件が起きている、と.百田尚樹が『騎士団長殺し』をツイッターでディスっていたのは、このエピソードゆえみたいですね。どうせ読んでもいないのに、南京虐殺事件が出てくるらしいっていう情報だけでけなせる単細胞ぶりが痛い。


大森:しかも、作中で南京大虐殺に言及しているのは免色さん。免色さんに、何人殺されたかについては諸説あるが、<「しかし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?」>って聞かれて、語り手は、<もちろん私にはそんなことはわからない>と思う。<私>自身は、特に南京大虐殺があったともなかったとも言ってない。でも、Amazonのカスタマーレビューで『騎士団長殺し』に真っ先に星一個つけた人たちって、ほとんどみんな、南京大虐殺のことしか触れてない(笑)。普通に暮らしてて、『騎士団長殺し』の中身について入ってくる情報といったら、第一部の17ページで早くもセックスの話が出てくるっていうのと、南京大虐殺を肯定しているっていう、その二つ(笑)。いちばん最初に飛び込んでくる評価が「南京大虐殺肯定小説」だっていう。すごいよね。全体の中でほんの数ページなのに。


 最近の研究では、規模については諸説あるものの、南京での虐殺は歴史的事実である可能性が非常に高い、とされているようです。
 そもそも南京大虐殺は、この小説の本筋とはほとんど関係がないし、登場人物のひとりが言及しているだけなのに……
 ただ、村上春樹さんは、こういう反応があることもおそらく承知のうえで、南京大虐殺についての免色さんの解釈を入れているんですよね。書かなくても物語の大勢には影響ないと思われるのに。
 ただ、『ねじまき鳥クロニクル』の「皮剝ぎボリス」のように、挿入されるエピソードが、ときには本筋以上に記憶に残ることがあるんですよね、村上春樹作品って。
 これだけの記述に対して、本筋である物語を無視して「南京大虐殺肯定小説」っていうのは、言うほうも恥ずかしくないのだろうか……


 僕は『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』って、村上春樹作品のなかでも、「傑作ではないかもしれないけれど、けっこう好き」なんですよ。
 しかしながら、大森さんと豊崎さんは「村上春樹の長編のなかでも、ひどい出来」だと、もう袋叩きです。
 でも、その指摘している内容が、たしかにその通りでもあるので、「これが好きな僕のほうがおかしいのかな……」と思えてきました。

豊崎:待って待って、大森さん、引用させて。まずはお金。みなさん、66ページを開いてください(笑)。灰田に実家は裕福なのかと聞かれて、<さあどうだろう。うちが金持ちなのか、それとも金持ちじゃないのか、正直なところ僕にはさっぱりわからない。経理担当者と弁護士と税理士と投資コンサルタントを一堂に集めないと、父親本人にだって実態はよくわからないんじゃないかな>。


大森:うるさいよ!

大森:うん、64歳にしてはよくがんばった! まだまだ若いよ。これ、54歳くらいが書いた感じがするもん(笑)。セックスについても枯れてないし。2ちゃんねるのスレ読んでると、「村上春樹の小説はどうしていつもみんなセックスするの? セックスしなきゃダメなの?」みたいな質問がポストされてて(笑)。小説の中で主人公がセックスした瞬間に、疎外された感じを抱くような若い子がいっぱいいるんだなと思って。


豊崎:多崎つくるもだし、ハルキ作品の主人公のほとんどがそうだけど、朝早く起きて自分でご飯をつくって、ちゃんと予習復習して大学通って、図書館行って、あんまり友だちと飲みもせず、自分のシャツとかシーツにまでアイロンかけてっていう、すごくお行儀のいい草食系に見えるわけじゃないですか。にもかかわらず、セックスはする。とりわけ騎乗位が好き(笑)。それって、ホンモノの草食系男子にとっては恐怖ですよね。草か肉か「どっちかにしてくれよ!」って言いたくなるのではないかと(笑)。



大森:そのうち、「主人公がセックスするような小説は古いよ」ってことになるかもしれない。だって、みんなセックスなんかしてないのに! っていう。だから、この小説も、沙羅との男女関係なんか軸にしないほうがよかったかもね。


 実際のところ、読者が若くなるほど、村上春樹さんはファンタジーとして読まれたり、嫌われたりしているのではないかという気がします。
 『騎士団長殺し』とか、僕は読んでいて、「村上春樹村上春樹っぽい小説っを書いてみた」ようにすら思えるのです。「セルフカバー的」とても言うべきか。

 正直、最近の村上春樹作品を読んでいない人には、何が何だか、という本だと思いますが、ファンにとっては「こうしてメッタ斬られるのもまた、村上春樹の楽しみ方のひとつ」でもあるんですよね。
 本そのものが売れない世の中で、その本を読んでいることが前提の書評集が商業出版になりうるのって、小説家では、村上春樹さんくらいだものなあ。


fujipon.hatenadiary.com
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