琥珀色の戯言

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【読書感想】求道心 誰も語れない将棋天才列伝 ☆☆☆


Kindle版もあります。

◎著者より

私は60年以上の現役プロ棋士生活で、
数多くの「求道心」に触れてきました。


最年少名人(21歳2カ月)の記録を持つ谷川浩司九段。
19歳で竜王のタイトルを獲得、のちに七冠独占を果たした羽生善治名人。
20歳で竜王を獲得し竜王通算10期を数える渡辺明竜王


その他にも数多くの天才棋士たちと対戦してきた唯一無二の現役として、
実際に対戦したからこそ知る天才棋士たちの求道心をこれから紹介していきます。


これは将棋に携わる者だけでなく、
一般の多くの方々にとっても意義深い学びになることが多いと思います。
将棋を通じて人知れぬ求道心に触れ、
人生にお役立ていただけると著者としてこの上ない幸せです。


 最近は盤外(将棋の世界の外)でのテレビ出演や著書の上梓なども精力的にこなしている「ひふみん」こと加藤一二三さん。
 この新書は、加藤さんが、これまで対戦してきたさまざまな名棋士たちの思い出を交えながら、「戦後の実力名人制」以降の将棋界を振り返るという内容になっています。

 将棋ファンの皆さんはご承知のことと思いますが、私は1954年(昭和29)年、14歳の中学生で四段に昇段して、史上最年少のプロ棋士となりました。
 その当時、「神武以来の天才」と讃えられましたが、それ以来、76歳になる現在も現役のプロ棋士(九段)として戦い続けています。
 2014年(平成26)年に現役生活60年を迎えましたが、これは「将棋界史上初の快挙」とされ、それ故に私のことを”将棋界のレジェンド”と呼ぶ人もいます。
 のちに詳しく説明しますが、将棋界には現在、7大タイトル戦(竜王・名人・王位・王座・棋王・王将・棋聖)があります。なかでも「名人」は最も歴史あるタイトル戦であり、将棋界の最高権威者の称号となっています。
 かつて名人は家元(世襲)制で受け継がれていたのですが、1935年(昭和10)年に廃止。「実力制名人」が導入されてから現在まで計12人が名人になっています。
 私は20歳で名人に初参戦。その22年後となる1982年(昭和57)年に42歳で名人になりました。そして、私自身を除く歴代の実力制名人全11人と対局した唯一の現役プロ棋士です。あらゆる世代のトップ棋士の実力を知る唯一無二の存在といえるでしょう。


 初の実力制名人の木村義雄さんから、12人目の森内俊之さんまで、自分自身を除く、すべての名人と真剣勝負をしたことがある加藤さん。
 加藤さん自身も名人位に就いていたことがあるのですから、これはもう”レジェンド”と言っても、どこからも異論は出ないはずです。


 この本を読んでいると、強い棋士には、本当に変人、いや個性的な人が多いなあ、と感心するとともに、その人間としての「面白み」に惹き付けられてしまいます。
 現役棋士の阿部隆八段の「感想戦」(将棋で勝負がついたあと、対局者同士がここでああすればよかったのではないか、と、いま終わったばかりの勝負を分析する時間)について、加藤さんはこんな話を紹介しています。

 私が阿部さんを負かすと、感想戦が長くなります。阿部さんが悪手とまではいかないまでも形勢を損ねた「疑問手」を指した局面で、「ここでこうだったら私が必勝でしたよ」というのです。「優勢でした」くらいならわかりますが、「必勝」と断定するところが、阿部流なのです。
 これは私相手に限ったことではなく、誰を相手にしてもそのようです。しかし、私からすると「必勝」とは、いささかオーバーな表現だなあと感じます。プロ同士の将棋なのですから飛車をタダでとられるとか、よほどのことがない限り必勝の局面はないからです。
 一方、阿部さんが勝つと、感想戦では「ここでこうなら負けていました」と自身が負ける変化ばかりを並べます。ここまで勝ったときと負けたときの感想戦の差が大きい棋士は稀です。

 
 自分が勝っているからこそ、長い感想戦でも「まあ、つきあってもいいか」って気分にはなるのでしょうが(とはいっても、感想戦の途中で「もう疲れたからやめましょう、っていうケースはほとんどないそうです)、阿部さんは、よっぽど負けず嫌いなんでしょうね。負けたら悔しくて、熱くなってしまうのだろうなあ。
 そして、自分が勝ったあとは冷静に振る舞うことができる。
 それにしても、これはあまりにも「わかりやすい」!


 また、1979年の王将戦での、加藤さん自身のこんなエピソードも紹介しています。
 中原誠名人・王将に加藤さんが挑戦した王将戦の第5局での出来事です。

 ここでどう相手の陣形を攻略するか、1時間ほど悩みましたが、全くよい手が思い浮かびません。
 そんなとき中原名人が席を外します。この機会を利用して、私は中原名人の側に回って、対局相手の視点で盤面を覗いてみました。
 そのとき念頭に置いたのは、「自分がよい手を指したいという視点ではなく、相手から見てこう指されたら一番嫌な手というものが浮かぶかもしれない」ということ。


(中略)


 この一手を境に私が優位を築いて、以降も緩まず、4勝1敗で王将を奪取しました。歴史ある王将戦で、私は幾度となく挑戦しては敗れていたので、実にうれしいタイトル奪取となりました。
 この勝利以降、私は対局相手の側に回って盤面を見ることが多くなりました。この行為が、将棋界で有名になります。
 近年は、動画中継サイト「ニコニコ動画」で将棋番組が放映されることが多くなっています。同サイトを主催するドワンゴは、新棋戦「叡王戦」を主催してくださり、ありがたいことです。
 将棋の中継時に映す盤面は基本的に先手が下になるのですが、視点を変えてみようとたまに後手が下の局面にひっくり返ることがあります。
 このひっくり返った局面は「ひふみんアイ」と呼ばれていますが、私の思う以上に浸透しているのでちょっと嘆いています。「ひふみん」とは、私の名前をもじったあだ名ですが、ネット上では結構浸透しているようです。私も自身のツイッターで「ひふみん」のネームを愛用しています。


 第1回の『電王戦』で、コンピュータ将棋ソフト「ボンクラーズ」の挑戦を受けて立った故・米長邦雄さんといい、加藤一二三さんといい、棋士には、比較的年齢が高い人でも、コンピュータを敵視したり、敬遠するのではなく、積極的に活用している人が多いんですよね。
 羽生さんのような現役のトップで、「人間の棋士の最後の砦」となると、人前で気軽にコンピュータと対戦するのも難しいでしょうけど。
 その羽生さんも、子供のころ、途中まで指していた将棋で、自分が圧倒的に有利な局面から、盤面をひっくり返して不利なほうを受け持って続きを指す、というのをやっていたそうです。
 それでも、いくら相手が不在時とはいえ、プロどうしのタイトル戦で「ひふみんアイ」を実行した加藤さんは、本当に「空気なんて読まない人」だなあ、と感心してしまいます。
 だからこそ、棋士というのは面白い。


 深浦康市九段が、タイトル戦で羽生善治さんと対局した際の話。

 タイトル戦で羽生さんと対局したときのこと。羽生さんのおやつにアイスクリームが出たそうです.対する深浦さんのおやつはシュークリームだったのですが、「僕もアイスクリームにすればよかったかな」と雑念が頭に浮かんだそうです(長時間のタイトル戦で、これくらいのことを雑念というのも厳しい話ですが)。
 ところが盤上没我の羽生さんは、アイスクリームに手をつけようとしません。ときは夏の盛り、エアコンが効いているとはいえ部屋は暑く、アイスクリームは溶けだします。
 深浦さんは、そのことが気になって仕方がありません。そうこうするうちにアイスクリームは完全に溶け、液体に。すると羽生さんは、その皿を手にしてズズズと一気に飲み干しました。
 この姿を目の当たりにした深浦さんは「ああ、この将棋は負けたな」と思ったそうです。羽生さんの集中力もすごいですが、このような形で自身の敗北を察する深浦さんも直感に優れたプロフェッショナルといえるのではないでしょうか。

 
 羽生さん、本当はシェイクが飲みたかったのか……ってわけないですよね。
 胃の中に入れば一緒、ということなのかもしれませんが、アイスクリームが気になっていた深浦さんにとっては、けっこうショッキングな光景だったに違いありません。
 将棋の対局中って、部屋のなかにそんなにいろんなものがあるわけではないので、一度気になりはじめたら、それを振り払うのは難しいでしょうし。


 ”将棋界のレジェンド”が語る、数々のエピソード。
 これを読むと、数々の「ひふみんの奇行」をされていることも、本人にはそれなりの「理由」みたいなものがあったのか、と驚かされます。
 本人にも「記憶にない」なんていうのが、いくつかあるんですけどね。
 本当に、棋士の話って、面白い。