琥珀色の戯言

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【読書感想】東大卒貧困ワーカー ☆☆☆☆

東大卒貧困ワーカー (新潮新書)

東大卒貧困ワーカー (新潮新書)


Kindle版もあります。

東大卒貧困ワーカー(新潮新書)

東大卒貧困ワーカー(新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
東大卒、元アナウンサーの筆者が、介護退職した後に見たのは、奴隷労働にも等しい「派遣・非正規」の実態だった。徹夜での12時間労働、日給1300円の仕事、研修名目で3ヶ月間無給等々、人の弱みにつけこむ求人が、今も堂々とまかり通っている。さらに資産家のふりをさせる詐欺紛いの「替え玉」派遣まで登場―徹底した現場主義による潜入取材で見えてきた、知られざる労働現場の真実。


 派遣社員、という働き方は、いまではごく一般的なものになっているのですが、著者が実際に体験した「中高年派遣社員に対する仕打ち」には、読んでいて唖然としました。
 これを「本当に日本でこんなことが行われているの?」と思ってしまう僕は、恵まれているのでしょうけど、著者のように東大卒で大阪の毎日放送でアナウンサーとして働いてきた人でさえ、一度身内の介護で正社員としての立場を失ってしまったら、「ジ・エンド」なのです。
 まあ、著者の場合は、本人が積極的に動いたり伝手をうまく利用すれば、もう少しマシな仕事にありつけそうなところを、取材がてらキツイところに踏み込んでいる、という感じもするのですが、それにしても、人材派遣会社のなかには、ここまで、登録者を人間扱いしていないところがあるのか……


 「人材派遣」といっても、最近はいろんな仕事があるみたいです。 
 これって、「セーフ」なの?というものまで含めて。
 実際に「替え玉資産家」という仕事を何度かしているという60歳男性の話。
 

 タワーマンションの部屋のまとめ買いや賃貸アパート建設などの不動産投資が、相続税の節税目的で、2012年頃からブームになった。このビジネスに関わる不動産開発業者は一気に景気が良くなり、バブル期さながらに欧州の古城で研修も兼ねて入社式を行う会社まであった。
 ところが国税が不動産利用の相続税対策に厳しい目を向け、高額の不動産を購入しても、節税にならないケースが出るようになった。また住宅は全般的に供給過剰という見方が広がり、2015年半ばから需要は冷え込んだ。
 これで困ったのは、大手不動産会社が地区ごとに置いている営業所の社員たちだった。大口の顧客から色よい返事はもらえないご時世なのに、本社からは相変わらず「早く購入見込み客を連れてこい」と矢の催促。せっぱつまった営業マンの目に止まったのが、人材派遣企業が提案する「替え玉派遣」だった。
 営業区域内に実際に在住している資産家と同じような年恰好の「派遣」を夫婦に仕立てて本社に連れていく。最終の説得と契約調印は本社の役員があたるため、最後の詰めで失敗し契約に至らなかった責任は本社も負う。見込み客を連れていけば営業所は一応ノルマを果たしたことになる。
 勤務は半年で日当8000円+演技手当2000円。妻役はいつも決まっていて劇団出身の62歳の女性だったという。彼女は生活には困っておらずこの「労働」は趣味。大勢の人をあざむいて演技するスリルがたまらないと、はしゃいでいたという。


 結婚披露宴での「偽親族・偽友人」というのは聞いたことがあるのですが、こういうのもあるのですね。
 営業所の所員たちは、過酷なノルマを果たすために「偽の見込み客」を派遣会社から雇って、本社の役員に面接をさせるのです。
 これって、犯罪にならないのだろうか?
 犯罪ではないとしても、絶対に契約してくれない偽のお客に時間をかけて熱心に売り込むのは、時間の無駄遣いではありますよね。
 それでも、営業所としては、こうして場当たり的に「成果」を出さなければならない。
 結局、誰も幸せになっていない。
 この本には、正社員による派遣社員へのいじめ、差別、パワハラなどもたくさん紹介されているのですが、その正社員たちも、その上にいる人たちから、強いプレッシャーをかけられ続け、壊れてしまっているようにみえます。
 こんなに一生懸命、みんな働いているのに……そもそも、前述の不動産の偽見込み客なんて、「やってもムダであることがわかっているのに、見て見ぬふりをして、架空の実績をつくっている」のですよね。
 そりゃ、生産性上がらないよ、日本。


 派遣労働ってこんなのばっかりなの?と憤らずにはいられない事例もたくさん紹介されています。

 非正規をめぐる時間の問題は、超長時間に加えて序章でご紹介したように超短時間もある。
 人間の労働は1日あたり8時間が適切という常識は現代の非正規には通用しない。日当1300円は、横浜市の受験塾に講師を派遣する人材企業から筆者に指示されたもので、当日、常勤講師だけではどうしてもまわらない授業はひとコマあるから、その時間だけ出勤せよという。
 「ひとコマは1時間で時給1300円だから日当は1300円ね」
 日当2000円はハローワーク新宿の中高年向け求人情報欄にあった案件で、都内のオフィスビルで昼食時12~14時の2時間だけの清掃作業。週5日連続。
 日当3000円は、TOEFLTOEICテストの監視員の日当だ。正味の試験時間は2時間で、準備と後始末を含めて4時間以内厳守を指示され、オーバーしても超過勤務手当の設定はない。時給1000円で4000円になるが、自宅から現場まで私鉄とJRを乗り継いで、往復1000円以上かかるので、手取りで3000円弱になる。
 通常、資格試験では慎重に運営するため、前後あわせて最低でも4時間の作業時間を組む。なのに限界を超えて、通常の半分の時間に設定したのは、人件費をギリギリまで落とすためだ。現場でその時間をオーバーしたら「君らの要領が悪かったから」で終わり。抗議しても「この間の別のスタッフはちゃんと時間内に出来た」と取り合わない。法律上、超過勤務手当の踏み倒しはあってはならず、おかしな理屈なのだが、他の様々な現場でもこうした屁理屈が当たり前になってしまい、ジャーナリストの立場で労働問題を考える筆者ですらたまに(これは抗議しちゃいけないことだったか?)と考え込んでしまうほど。

 求人にかこつけた、こうした詐欺的事案は様々な業界で報告されている。
 中でも最も悪質なのは、短時間の仕事を希望する幼い子供を持つ主婦を対象としたエステサロンの手口だろう。時給2000円で、勤務時間のスケジュールは自分の都合次第という魅力的な条件で主婦を集め、最初に60万円のエステ回数券を分割払いで買わせる。エステを受けながら仕事ができて稼げるという触れ込みで、ごていねいに、働き始めてからの収入が、ローンの支払額をどれだけ上回るかというシミュレーション・グラフまで用意されているという(ただしそのコピーは絶対に渡さない。悪徳企業の通例で雇用を提示した証拠を残さないため)。
 いざ仕事に行きたいと連絡すると「今はシフトに空きがない。また今度ね」と言われていつまでも働けない。労働契約らしい書面はなく回数券のローン契約書だけは正式。警察や消費者庁に訴えても門前払い。被害者は無理に時間を作ってでも働きたいという人々だから家計は楽ではない。そんな女性たちから次々に60万円巻き上げていく。受験塾もエステも慢性的な過当競争だ。そんな生き馬の目を抜く業界には、善良な人々を詐欺被害に導くワナが隠されている。
 確実に言えるのは、雇用と交換に金やサービスを要求する企業はすべてワル、ということだ。


 この「雇用と交換に金やサービスを要求する企業はすべてワル」というところだけでも、これを読んだ人には、覚えておいていただきたいのです。
 こんなのに騙されるわけないだろ、って思うよね。
 でも、人間って、厳しい状況に陥ると、判断力が鈍ったり、なんでも自分の都合の良いように考えてしまったりしがちだから……


 また、現場における「中高年者差別」というのがこんなにひどいというのも、これを読んではじめて知りました。
 イベントなどでは、若者のほうがイメージが良いから、という理由で、「のけ者」にされる話が紹介されているのですが、これからどんどん若者の人口が減ってくる国なのに、これでやっていけるのだろうか。
 生きていれば、みんな高齢者になるし、自分や身内の病気や介護で、非正規労働者になることを選択する可能性は、誰にでもあるのに……

 

 近年、深夜の過酷労働が批判された牛丼チェーンに、中高年が一時的に進出したが、程なく中国やベトナムミャンマーなど海外の若者たちによって駆逐されてしまった。飲食店ではサービスにからむクレームが非常に多い。なまじ日本語がしゃべれる中高年店員だと口論が延々と続いてしまう。一方、しゃべれない外国人に苦しまぎれで安い金券を持たせたら、クレーマーの多くは100円券でも満足して、すぐに帰ることがわかった。言葉が不自由な外国人のほうが実は接客向きだったのだ。


 いっそのこと、みんなセルフにするか、AIに任せてしまったほうが良いのかもしれませんね。
 クレームをつける人の多くは、誰かに自分の話を聞いてもらいたい、自分を大事にしてもらいたい、そういう気持ちをぶつけているようにも感じます。
 だからといって、それを接客業の人にところかまわずぶちまけていては、相手をするほうはたまらないのだけれども。


 これでは「働くこと」に希望を見いだせない人が多いのは当然です。そもそも、こんな待遇では、個人の技術は向上しないし、家庭をつくり、子供が欲しいなんて思わないだろうし。
 働く人も、働かせる人も幸せそうにはみえないのに、どうしてこんなことになってしまったのだろうか……

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