琥珀色の戯言

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【読書感想】縮小ニッポンの衝撃 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

内容紹介
これから日本は、かつて世界のどの国も体験したことのない人口減少に突入していく。社会保障・人口問題研究所の推計によると、2053年には日本の人口は1億を切り、2065年には8088万人になるという。これから約50年間で46211万人の日本人が減少する。私たちの未来に何が待ち受けているのか? NHKが総力を挙げて、少子高齢化に悩む全国の地方自治体を取材。一足先に超高齢化に突入した地方の衝撃的な姿とは?


 この新書、2016年9月25日に放映されたNHKスペシャル『縮小ニッポンの衝撃』を書籍化したものです。
 僕がイメージしていた「日本の人口減」というのは、田舎の過疎の村が消滅していくとか、地方都市のシャッター商店街が広がっていくとか、そういうものだったのです。
 この番組をみて、「ひとり勝ち」していると思い込んでいた東京やその近郊も近い将来「人口減」の煽りを受けることが予測されていることや、財政破綻した自治体・夕張市がいまも苦闘していることを知りました。


 多くの人口の受け皿になっている東京でも、その受け入れている人たちの質が変わってきていることを取材班は指摘しています。

 日本では戦後、地方から東京への一極集中は、大きく分けて、3回起きている。1回目は「高度経済成長期」、2回目は「バブル期」、そして3回目は「2000年以降」である。このうち、高度経済成長期とバブル期の人口集中を招いた共通点は、”好景気”だった。


(中略)


 ところが、2000年以降に始まった一極集中は、過去の2回をは異質なものだった。国立社会保障・人口問題研究所の小池司朗室長は、こう分析する。
「3回目の人口集中は必ずしも好景気に伴うものではありません。就職氷河期と呼ばれる状況が続く中で、地方で仕事に就くことが出来なかった若者たちが、東京に出てきて職を求める流れが起きた。その結果、都市部に大量の人口流入が起きたのです」
 つまり、過去2回は「東京へ行けば生活が良くなる」という動機だったのに対し、今回は「地方から逃げ出す」というような”ネガティブ(消極的)な集中”だと言うのだ。
 こうしたネガティブ集中が進んだとき、将来東京を始めとした都市部はどうなってしまうのか。
 注目すべきは、都市部に流入してくる人々の世代の著しい変化だ。1990年の人口集中では、東京圏に集まってきていたのは、20代の若者が中心で、およそ半数を占めていた。ところが、2010年の内訳を見てみると、20代が占める割合は38%に低下し、その一方で30~40代が増加。つまり、新卒世代から、一度就職したとみられる世代へと変わってきているのだ。


 1990年の東京というと、あの大ヒットテレビドラマ『東京ラブストーリー』の時代ですよね。
 ところが、今は、ああいう「東京に希望をもってやってくる若者」は、どんどん減ってきているのです。


 現在は、東日本大震災からの復興や東京オリンピックを前にした建設業の需要が多く、警備員も不足しているそうです。
 そんななか、住むところや食事を提供して、人を集める警備会社が抱えている悩みが、この本のなかで紹介されています。

 都内にある中堅の警備会社では、高齢化した警備員たちをどう受け止めればいいか、社長が悩みを打ち明けてくれた。この会社もまた、働いている警備員に対して、会社の寮を提供している。地方からの若者を受け入れる一方で、高齢の警備員がとどまり続け、その数は増えている。寮で暮らす警備員のおよそ4割が50代以上で、最高齢は70代だという。社長が困っていたのは、警備員たちが働きに出られなくなるケースが相次いでいたことだった。この1年間で60代の男性2人が亡くなってしまったという。いずれの男性も、遺体の引き取り手もなく、諸手続きは会社が行った。他にも、3人が病気のために寮で暮らせなくなり、病院に移った。その際、身元引受人になったのは社長だった。
「かつては、働けなくなった警備員は、自分のタイミングで地元に帰るなどして仕事をやめていっていました。それがいまは、家族を持たない人が会社の寮に住み続け、文字通り、体が限界を迎えるまで働き続けているのです。そうなると私たち会社は、彼らの『家族代わり』となり、事務手続きを含めていろいろなことを背負うしかありません。今後、働けなくなった高齢者が今以上にどんどん増えていった場合、彼らをどう養っていけばいいのかわかりません」と途方に暮れていた。
 寮付きの警備会社で働いている高齢者たちには、仕事をやめる、もしくは、できなくなると同時に、暮らしの拠点である”住まい”をも失ってしまう厳しい現実がある。一方で、働けなくなった警備員に住居だけ提供し続けることも、会社の経営面から見ると困難なことだ。いま、社長が苦肉の策として行っているのが、生活保護への移行である。行政側に事情を相談しながら、高齢で体調を崩すようになった警備員に申請を勧めることで、会社の寮から独立してもらっているという。ある種、追い出しのような形になっていることを、社長自身もわかっている。


 現在、風俗産業がある種の女性にとってのセーフティネットになっているといわれていますが、都会の男性にとっては、住居を提供してくれる建設業や警備会社がセーフティネットになっているのです。国の社会保障としては、健全ではない気はするけれど。
 警備会社の寮が「終の棲家」になる人も少なくないし、働けなくなっても寮を提供し続けるわけにはいかないから、最終的には、生活保護頼りになってしまっている。
 亡くなっても身寄りはないし、遠縁に連絡はついても、「お墓もないし、引き取って供養するお金もない」と断られることが多いそうです。
 

 2006年に353億円の赤字を抱え、財政破綻した北海道・夕張市の現状も厳しいものでした。
 とにかくお金がないので、社会的インフラを整えるのが難しい。
 そこで、住民をなるべくまとまった地域に集めて、水道や道路、住居の修繕にかかるコストを減らす「コンパクトシティ化」を目指しているのですが、住んでいる人たちにとっては、住み慣れた土地を行政の都合で追い出されるのはつらい。
 ただでさえ、借金を抱え、人口流出が続いている夕張市は、住民にとっては、「高負担、低サービス」になってしまっており、夕張に愛着を持たない僕にとっては、「なぜこんな貧乏くじを引かされまくっているような状況でも、夕張に住み続けようとする人たちがいるのだろうか?」と、彼らの愛郷心に驚かされます。

 (夕張市の)鈴木市長は、格差があってはいけない生存権ですら、すでに明らかな格差が生じつつあると危惧する。
「子どもたちの医療費の無償化ひとつとっても、北海道で言えば、たとえば南富良野町と、夕張市とでは、あまりにも受けられる行政サービスの水準が大きく乖離しています。南富良野町は大学まで子どもにかかる医療費は無料です。南富良野町には大学はありませんから、親が南富良野町に住んでいれば、東京の大学に行っている子どもでも医療費はいっさいかかりません。一方で、夕張市では、6歳未満の未就学児だけしか医療費が無料になりません。命にかかわる医療で、これほどまでの格差が広がるのは、私には『何か間違っている』ように思えてなりません。夕張市民は、夕張市の市民であると同時に日本の国民なんです。 (以下略)」


 日本全体の今後の人口減を考えると、一部の地域での子供の医療費の無料化などの「移住促進計画」というのは、延命策、あるいは、とりあえず自分のところが良ければ、それで良い、という考えのようにも思われるのです。
 夕張市長の月給が15万円台というのにも驚きました。
 

 この本を読んでみると、「地方活性化」なんて言っても、狭い日本のなかで、限られた人口の奪い合いでしかなくて、すべての地方自治体が活性化される、なんてことはありえないということもわかります。
 

 人口減、予算不足に対する取り組みとして、地元の住民との「協働」をすすめている自治体も出てきています。
 島根県の内陸部の飯南町の谷地区(人口230人、65歳以上の割合45%)は、多くの高齢世帯が山間でばらばらに暮らしているのです。

 8年前、地区内の幹線道路から外れたエリアを走る町長の巡回バスが、採算が合わずに撤退。ちょうど同時期に町からの提案を受け、巡回バスの後を引き継ぐように地元住民のボランティアによるデマンドバスの運行が始まった。町は車両を提供し、運転や運航スケジュールの管理などはすべて住民たちが担う仕組みだ。1回の利用で乗客が支払う運賃は燃料代にあたる200円。地区内に病院や買い物ができる場所はなく、車を運転できない住民たちにとって欠かせない存在となっている。現在ドライバーに登録しているボランティアは14名。中には70代のボランティアドライバーもいるという。曜日ごとに担当を決めているが、それぞれ農業などの仕事をしながらの担当のため、負担は決して小さくない。それでも、私たちが訪れた日、運転を担当していた住民は、率直な想いを語ってくれた。
「見て見ぬふりをしても、そのしわ寄せは弱いところにくる。自分たちで担えば、住民目線でよりきめ細やかなサービスができる。負担して分け合って、協力してやっていく時代じゃないですかね、今は。幸いここは昔から”助け合いの精神”が培われている地域だから」
 担い手である住民たちが嫌な顔ひとつせずにこの状況を受け入れていることに感激した一方で、”助け合いの精神”を合言葉に、これまで私たちが当たり前であると思っていた身の回りのサービスが、じわりじわりと住民の手に委ねられかねないのだという時代の変化を感じた。


 人口減から逃れられない社会で広がっていく格差と、コンパクト化への動きと、そんななかで、「自分たちの力で、公共サービスを維持しよう」という住民たちと。
 人口が減っても、人は、それなりに力強く生きていくのだと思います。住んでいる場所で、こんなにも違うのなら、引っ越せばいいのに、と感じるのだけれど、住み慣れた土地への愛着というのはすごいな、とあらためて考えずにはいられません。


fujipon.hatenadiary.com

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