琥珀色の戯言

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【読書感想】なぜ、世界は“右傾化”するのか? ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
あり得ないことだらけ! ニュースのプロは世界をどう見ているのか? 世界に「昔はよかった」という流れが生まれている一方で、くい止めようとする力も働いている。 イギリスのEU離脱やトランプ政権の混乱が続く中、仏大統領選では極右政党の代表が選ばれなかった。 先が読めない時代を私たちはどのように見ていけばよいのか。 現場取材をしながら独自の視点でニュースを解説する池上彰増田ユリヤが、複雑化する世界を読み解く。


 イギリスのEU離脱やアメリカでのトランプ大統領の誕生と、世界中が「自国ファースト」になり、排外主義の人が増えてきている、と僕も思っていました。
 でも、この池上彰さんの解説と増田ユリヤさんが現地で取材したものを読んでみると、「メディアが危機感を煽っているほど、そこで生活している人たちは極論に押し流されているわけではないのだな」ということがわかります。
 

 この本の最初のほうで、池上彰さんと増田ユリヤさんは、こんな話をされています。

増田:自分の経験としては、これまで取材をしてきて、行く前に言われている状況と実際の現場が一致するなんてことはほとんどありませんでした。報道されていることと、現実とはいつも少しずつズレています。これは海外でも日本でも同じだと私は思っています。


池上:台本通りにはいかないし、それが本来のジャーナリズムの現場ですよね。


増田:何かの対象を、他人が見て、それを伝えた場合でも、大枠は同じように私も捉えると思います。でも、私自身が見たときとではやはり感じ方が違うことが多いのです。
 うまく理解できる人というのは、勉強をきちんとしていて知識があって、その勉強した通りに理解できます。あるいは、理解しようとします。例えば、フランスの極右政党と呼ばれる国民戦線マリーヌ・ルペン党首に話を聞きにいくとすれば、まず自分の中に極右というものの知識やイメージが勉強したりすることによって蓄積されていて、ルペンの話す内容がそのイメージと重なるかどうかを確認することを中心に据える人たちがいると思うんです。しかしそういうふうには私はできないんです。


池上:自分の中にでき上がった枠組みに事実をあてはめるようなことは、増田さんはしないということですね。
 ルペンの話の喩えでいうと、記者がルペンに話を聞きにいってみたら、意外にまともなことを言っている。でも、そんな内容の原稿を日本に送ろうものなら、デスクはダメだというかもしれない。ステレオタイプから外れるから。ならばと、ルペンの集会に来ている人たちの様子を見れば、排外主義的なふるまいがあったり、取材のカメラに強い拒否感を示したりする場合もあるので、それを報道しておこうということになる。
 

増田:排外主義的な雰囲気を握ろうとあえて探すわけですよね。


池上:そういうことはもうやめるべきです。世界の状況が変化している中で、マスコミもこれまでの枠組みで人や社会を見るのではなく、新しい動きがあるわけですから、起こったことを見えているままに極力そのまま報じる姿勢も必要ではないでしょうか。


 この本を読んでみると、メディアから警戒されている政治家は、その「極端なところ」が強調されて伝えられるし、「右傾化」している人がいる一方で、理性や勇気をもって、排外主義を否定する(あるいは、ボランティアとして、難民たちに地道な支援をしている)人たちも大勢いるのです。
 そもそも、「移民」も、多くはちゃんとその地域に根ざして長年仕事をし、税金を払ってきているんですよね。
 まあ、それもある意味「良いところばかりみている」のかもしれませんが。
 テレビ番組を制作する側からすれば、「世界は意外と右傾化していないみたいです」「あの極右候補は、案外まともなことを言っている」という映像よりは、極論や攻撃的な面のほうが「インパクトがある」のは事実ですよね。
 悪意はないとしても、「仕事として、そういう映像をつくってしまいがち」であることは、知っておいて損はなさそうです。
 あれだけテレビに出ている池上さんが、仰っていることでもありますし。

池上:また、日本の状況から考えてみると、他の国も同じような状況なのかと考えることもできるのではないでしょうか。第一次安倍政権が成立したとき、アメリカでは、日本が右傾化したと報道されていました。「日本を、取り戻す。」といっている歴史修正主義者が政権をとったと言われていたわけです。


増田:フランスで取材をしているとき、「日本はすごい独裁者が政権を握っているんでしょ」と言われたことがあります。日本をそういうふうに見ているフランス人もいるんだと少し驚きました。


池上:日本も政治の現場では確かに右傾化と呼べるような状況があります。だからといって日本全体がおかしな状態になっているわけではありません。それと同じような事態がいろいろな国でも起こっていると考えると、少し冷静に報道をとらえられるのではないでしょうか。


 安倍総理が「すごい独裁者」かと言われると、僕の感覚では、「さすがにそこまでは言えないな」なんですよ。
 ネットでは、かなり痛烈に批判している人もいますけど。
 メディアというのは炭鉱のカナリアみたいなもので、不安材料を心配症なくらいアピールしてくれたほうが良いのかな、とも思うのです。
 観る側には、それを鵜呑みにしない用心深さが必要とされます。
 

 池上さんと増田さんは、アメリカの「右傾化」「アメリカ・ファースト」を危惧する日本人たちに、警告を発してもいるのです。

(アメリカでは)たとえ大統領の命令であっても、それが憲法に違反するなど、人々の利益を侵害する恐れがあれば、裁判所はためらわずに差し止め命令を出せる。裁判官のプライドを感じます。三権分立が生きているのだなあと実感します。
 では、日本の司法(裁判所)はどうか。裁判所には「違憲立法審査権」といって、立法や行政に憲法違反があれば、それを指摘してやめさせることができると中学校の社会科教科書にも書いてあります。
 ところが過去の日本の裁判所は、自衛隊をめぐる裁判など、政治的に微妙な問題に関しては、「統治行為論」なる理論を持ち出してきました。高度な政治性を有する国家の行為は司法審査の対象になじまないと言って、判断を逃げているのです。日米の裁判官の違いを見せつけられました。

 不法滞在の可能性がある外国人がいると、すぐに身柄が拘束されて国外追放になる国が日本です。法律に違反していても、その人の人権を守るというアメリカをは大きく異なります。
 トランプ大統領は難民受け入れを制限する方針を打ち出しましたが、それでも年間5万人受け入れると言っているのです。2015年には27人、2016年には28人しか受け入れていない日本が、とやかく口出しできることなのでしょうか。
 考えてみれば、トランプ大統領は、日本のようにしたいだけとも言えます。トランプ大統領を批判する人たちは、自覚せずに日本の移民政策を批判していることになるのです。


 日本の場合は、地理的な条件や日本語の特殊性もあって、「難民を受け入れづらい」のだと考えてしまうのですが、アメリカやカナダには海を越えてたくさんの難民がやってくるのです。
 「どうしても日本に来たい、と思うほどの魅力はない」とも言えるのです。
 この新書で、「毎年多くの難民を受け入れているドイツ」のやり方をみると、システムができあがっているというか、そりゃ、せっかくリスクをおかし、お金を使って来るのなら、ドイツやイギリスのような受け入れ態勢が整っていて、社会保障制度が充実している国に行きたいよね、と思うのです。


 「難民」とは何か、という定義も、そんなに簡単なものじゃないのです。
 親米政権とタリバンの争いで、治安が悪い状況が続いているアフガニスタンからは、多くの人がヨーロッパを目指しています。

 この経緯だけを見ると、難民の定義があてはまるように見えます。
 しかし、アフガニスタン全域が内戦状態になっているわけではありません。私は2016年の暮れ、ヨーロッパのセルビアアフガニスタンからやってきた「難民」を取材しました。私の取材に応じてくれた人は、「アフガニスタンにいると未来がない。勉強できる環境のある国に行きたいのです」と話していました。
 この気持ちは尊いのですが、この人に難民の定義があてはまるのでしょうか。難民ではなく、豊かさを求めて入ってきた不法移民ということになってしまうのではないでしょうか。ヨーロッパに流入する多くの人々。その事情を詳しく見てみると、難民とは言い切れない人も数多く混じっているのです。かといって、この人たちを簡単に不法移民と断じることもできません。ここにヨーロッパの難民問題の難しさがあります。


 身の安全よりも、経済的な格差を埋めるため、あるいは、勉強する機会や社会保障を求めて、という人たちも「難民」に含めて受け入れるべきなのか?
 こういうのは、突き詰めて考えると、難しいですよね。
 これだけネットやマスメディアで世界各国の状況を知ることができるようになれば、「チャンスが少ない国」に生まれた人が、そのことに不公平さを感じるのは当然のことです。
 しかしながら、「自分の国は貧しいから難民として受け入れてほしい」というのが認められれば、先進国の社会保障制度を維持していくことは困難です。
 とはいえ、生活に困っていたり、勉強したい、という意欲を持っている人を不法移民として排除するのも、それはそれで非人道的な感じがします。


 世界は”右傾化”しているのか、ということだけでなく、「ニュースの見かた」が、実例を通じて学べる新書だと思います。

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