琥珀色の戯言

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【読書感想】とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話(追記あり) ☆☆☆☆

とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話

とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
ものづくりに携わる人の「転ばぬ先の杖」になりますように…2016年、ネットを騒然とさせた“無償で1600枚の読者全員プレゼント色紙作成事件”。データ紛失、約束反故、ありえないネタバレ、ネットでの中傷…新人作家を襲った信じられない出来事の顛末一部始終を赤裸々に描きます。


 僕はけっこうネットで話題になっていることには詳しいつもりだったのですが、この話は全く知らず、書店で見かけて、この本を買いました。


 読めば読むほど「ひどい話」なのですが、著者の場合は、そのなかでも「ひどすぎる事例」で、多かれ少なかれ、この手の「サービス残業」的な、クリエイターの「やりがい搾取」はあるんだろうな、と感じます。


 最大の問題は、KADOKAWAの担当者にあると思うのですが、このマンガでの著者とのやりとりを読んでいると、(作中でも触れられているように)この編集者は発達障害とかADHDなのかなも思うんですよ。本人はその場では真摯に対応しているつもりでも、すぐに忘れてしまうとか、他部署との連携や電話連絡が苦手で、「やってもうまくいかなかった」と言い訳をして、事態をさらに悪化させてしまうところとか。
 読者への色紙プレゼントも「某国民的マンガ家でも、100~200枚くらい」なんて編集者に、言われたら、新人だし、そのくらいのファンサービスは必須なのかな、って思いますよね。
 で、届いた応募が、1600枚!
 そりゃ怒るよ、描けるわけないよ。それだけが仕事だというのならともかく……
 それが無理なことくらい、考えればわかるはずなのに、「ファンのために、描いてくれませんかね……」なんて言われたら、ブチ切れるよ。
 そういうときだけ、自分の保身のためなのに「ファンのため」って言われたら、なおさら腹が立つ。
 でも、実際にそうやって募集してしまえば、「描かなかったら、応募者が失望する」のは間違いありません。
 

 この編集者が、みんなに良い顔をしようとして、結局、みんなに迷惑をかけてしまうのって、わかるよ、わかるんだけどさ……
 やっぱり、仕事には向き不向きってある。


 そういう編集者に対する編集部の上層部の態度も、そんなに大問題とは考えていなくて、「相性の問題」であるとか、「本人のちょっとした不注意」だとしか認識していないことが伝わってきます。
 勉強ができて、良い大学を卒業していれば、どんなに社会常識がない人でも編集者という仕事に就くことができる、というのは、けっこうおかしなことである気がする一方で、数々の豪傑・変人編集者が、漫画家との化学反応で面白い作品を生み出してきた、という歴史もあって、「どういう人が、良い編集者なのか」というのは、見極めが難しいところではあるんですよね。


 すごい編集者のなかには、奇人変人もいるけれど、奇人変人だからといって、有能な編集者とは限らない。
 とはいえ、組織としては、一度内側に入ってしまった人間は、守ろうとするのもわかります。


 発達障害者やADHDの人のなかには、「他人に気を遣う、真面目な人」のように見えるタイプもいるし、そもそも、「病気」であるとするならば、「なんでちゃんとできないんだ!」と責めるのも酷なのかもしれません(この編集者の場合は、日常生活に問題はなさそうですし、そういう診断を受けているわけでもありませんが)。
 

 仮に「病気」なのだとしても、対峙する当事者としては、おかげで多大な被害を被っているわけで……
 むしろ、早いうちに担当編集者を切り捨ててしまえれば、お互いにこじらせることもなかったのかもしれないけれど、著者自身にも「私も完璧な人間じゃないし……」という優しさ、あるいは引け目みたいなものがあって、なかなか非情になりきれなかった。


 僕自身は、どちら側にもなりうる立場の人間だと思うので、なんだかとても読んでいて苦しかった。
 ただ、発達障害とかADHDでも、工夫次第で(今は、スケジュール管理をしてくれる、便利なアプリもたくさんありますし)、ある程度、社会に適応することはできる場合が多いのですけどね……この編集者さんは、「日常生活にも不自由するような障害のレベル」ではなさそうだし。
 まあでも、他人の人生に、そこまで立ち入る筋合いがある人も、あんまりいませんよね。
 外部からみれば、学校の成績がよくて、有名な会社で、多くの人が憧れる仕事をしている人、なんだし。


 じゃあ、なんでもビジネスライクに対応してくれる編集者なら良いのか、とか、今のインターネット時代には、編集者というのは不要なのか(実際、いまの編集者の仕事は、作品の中身についてあれこれ言うのではなく、作品をどう売るのかのプロモーションが大事だ、と言っている有名編集者もいます)、とか、いろいろ考えてしまうんですよね。


 この編集部だけでなく、著者の「商業引退騒動」を煽ったネットニュースの人の対応にも呆れてしまいました。
 画像の無断転載について問い合わせたにもかかわらず、返ってくるのは、一方的な「ジャーナリズム論」。
 「お話にならない」というのは、こういうことなのか……
 この人は、本当にそういう人なのか、それとも、事態をうやむやにするための芝居なのか……
 憧れのメディアで働いている「まともにコミュニケーションできない人たちのショーケース」のようなんですよ、この作品に描かれている「憧れのはずだった世界」は。
 

 著者は本当にひどい目にあわされ、せっかく開きかけた商業漫画家としての芽も摘まれかけてしまったのですが、こうしてちゃんと主張することによって、支援したり、「うちで描きませんか?」という人も現れてきたのです。
 もし、勇気をもって告発しなければ、そのまま消えるか消されるかのどちらかだったでしょうし、これまでも、そういう業界事情やメディアの保身のためにつぶされた漫画家の卵は、少なからずいたのではないかと思います。


 少なくとも、こういう事例が一冊の本として紹介されたことにより、今後、同じような状況に陥った人は、「これはやっぱり、間違っているんだ」と理解できるはずです。
 それだけでも、この本には大きな意義がある。


 漫画家になりたい、小説家になりたい、というような人の「夢や希望」が叶う確率はあまりにも低く、その筋道もあいまいだから、みんな、目の前に垂らされた細い糸にしがみついてしまうのです。
 ただ、それが「悪意を持った組織や人による罠」であれば、「騙されないようにしましょう」としか言いようがないのだけれど、こういう、「悪意はなさそうなのだけれど、現実対応能力が極めて低い担当者によって生まれてしまったトラブル」というのは、なんとも言えない居心地の悪さがあります。


 こういうのって、相手が上司だったり、厳しい人だったら、案外ちゃんとやっている、という場合もあるんですよね。
 相手が自分より立場が下だったり、ミスを大目にみてくれる人のときにだけ発動される「病気」。
 それは、本当に「病気」なのか?と言いたくなるのですが。


 創造物の多くって、完全に病んでいるところとギリギリ正気を保っているところの境界にあるような気もするんですよね。
 そういう僕のイメージは「古い」のかもしれないけれど。



※2017/9/26 追記:この本については『ねとらぼ』さん側の見解が出されています。僕はこれを知らずに感想を書いたのですが、これを読んで、事実関係については「少なくとも現状では、部外者には判断できないな」と頭を抱えてしまいました。
本を読む側としては、「書いてあることを信じるのが原則」だと考えてはいますが、この本に関して、現時点では、僕は確信が持てない、というのが正直な気持ちです。
当面は、『ねとらぼ』さん側の見解を「両論並記」という形で御紹介しておく、ということで御容赦ください。
なんらかの結論が出たら、このエントリは修正あるいは削除する可能性があります。

nlab.itmedia.co.jp
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