琥珀色の戯言

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【読書感想】 グローバル・ジャーナリズム――国際スクープの舞台裏 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
世界一斉に報じられた「パナマ文書」の裏には各国記者たちの「史上最大の作戦」があった。イタリアマフィアの極秘アフリカ進出は、前代未聞の欧州・アフリカ記者連合が暴いた。ビジネスも犯罪も国境を越える時代、記者たちは一匹狼から国際協力に舵を切り、デジタル技術で武装する。新しい国際調査報道の可能性を報告する。


 世界を揺るがせた大スクープ「パナマ文書」は、どのような人々によって世に出されたのか?
 日本にいて、ネットによく接していると、「マスゴミ批判」をよく目にします。
 たしかに、誤報やねつ造、印象操作など、マスコミの問題点は、たくさんあるのです。
 でも、この新書で紹介されている、自分の目と耳と足で調べ、スクープ記事を書く「調査報道」を続けている記者たちの話を読むと、ジャーナリストにもこんな気骨のある人たちがいるんだな、と嬉しくなってくるのです。
 その一方で、彼らは権力者や犯罪組織など、リスクの高い対象を調査することが多いので身体の危険にさらされ、ときには命を奪われることもあるし、それで多額の報酬を得ている、というわけでもないんですよね。
 提灯記事で権力者を擁護することによって、美味しいものを食べたり、自らの不祥事やセクハラ・パワハラでさえもみ消してしまおうとするような「御用記者」の贅沢な暮らしぶりと比較すると、なんだか割に合わないなあ、とも思うのです。


 著者は、海外のジャーナリストたちとも交流があるのですが、日本では、海外のジャーナリストがあまりにも持ち上げられていることに疑義を呈しています。

 時折耳にする「海外ではオフレコ懇談はない」「欧米の記者はコーヒー一杯もご馳走にならない」など、私の経験からは必ずしも正しいと思えない「和式メディア批評」「海外ジャーナリズムの神話」は次第に淘汰され、議論の質は向上するだろう。同時に各国の情報開示制度や取材環境と比べることが容易になり、これまで述べてきた「日本の壁」も一回はっきりし、個人情報やプライバシーの保護に名を借りた政府の情報独占を改善する機会にもなるはずだ。
 そうして報道はもっと面白く、もっと意義深くなり、日本のジャーナリズムが世界中の情報公開と調査報道の先駆者となって飛躍していく夢を私は持っている。そんなとき、国境を越えてつながりあう記者同士の友情と連帯がますます大きな意義を持つだろう。
 人と情報が国境を越え、時代はもう逆行しない。ジャーナリズムのグローバル化は加速する。記者は国境を越えて連帯し、取材と報道を通じて、世界の民主主義と市民の自由によりいっそう貢献する。


 報道の世界にもグローバル化の波は押し寄せてきていて、国境をこえて、記者たちが協力する事例も出てきているのです。
 「パナマ文書」は、まさにその一例でした。
 2.6テラバイト、1150万通にもおよぶ「パナマ文書」は、最初、南ドイツ新聞に持ち込まれたものでしたが、南ドイツ新聞はその信ぴょう性を確認したのち、自分たちだけでこのデータを解析・報道するのは難しいと判断して、世界の有力メディアに協力を呼びかけました。
(その際には、内部からは「どうしてこんな特ダネをみんなで共有しなければならないのか」という反対意見があったことも紹介されています)

 南ドイツ新聞とICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)は極秘の呼び掛けを発信し、世界の有力メディアが静かに集まり始めた。イギリスの公共放送BBCや高級紙ガーディアン、フランスのル・モンド。アメリカのマイアミ・ヘラルドなど各地有力紙を擁する新聞グループのマクラッチ―も名を連ね、中南米、アジア、アフリカの報道機関も加わった。日本からは共同通信朝日新聞が(後にNHKも)加わり、約80か国の100を超えるメディア、400人近い記者が集まった。
 権力者や犯罪者を向こうに回しての取材、報道となる。抑圧的な政府のもとにいる記者だけでなく、400人の記者全員、油断は許されない。どの国からであれ「モサック・フォンセカの資料が流出し、各国政治家の名前が見つかった」という情報が漏れれば、権力者を直ちに刺激し、プロジェクト潰しの引き金を引く。それが国際的な調査報道プロジェクトの難しさなのだ。


 著者は、彼らが協力して、「パナマ文書」をスクープとして発表するまでのプロセスを紹介していきます。
 もともと膨大なデータであり、すぐにそれとわからないように暗号化されているデータがあったり、データが事実かどうか確認したりもしなければならず、「パナマ文書」が記事になるには、記者たちの地道な努力が必要だったのです。


 著者は、アイスランドで調査報道を続けてきたテレビ記ヨハネス・クリスチャンソンさんのケースをこんなふうに書いています。

 アイスランドは北欧の小さな島国である。人口は33万人だから、国全体で滋賀県大津市福島県郡山市と同程度の数の人が住んでいることになる。そのおよそ半分、15万人が首都レイキャビクで暮らす。
「この小さな島国で首相の調査報道を始めれば、あっという間に噂が広まる」とクリスチャンソン。彼自身、調査報道記者として国内のテレビに何度も出演し、よく知られた身でもある。全てを極秘裏に進めなければ、噂が噂を呼んでしまう。たまたま国営放送RUVの番組との契約が終了し、仕事が全くなくなったところだった。真相を誰にも告げないまま、メディア関係者との連絡を一切絶ち、データの読み込みと分析に取り組むことに決めた。
 レイキャビク中心部から車で15分ほど走った丘の中腹、団地のような集合住宅の一室がクリスチャンソンの自宅だ。ここがパナマ文書分析の「秘密基地」になった。クリスチャンソンは壁に資料を貼り、覗かれないよう窓を黒いビニールで覆った。薄暗い部屋で、孤独な作業が続く。クリスチャンソンの収入は途絶え、生活は世捨て人の様相を呈した。
 孤独な闘いをお金の面で支えるのは妻ブリーニャ・ギスラドッティルで、自宅で経理の仕事をして三人の子どもを育てているが、生活費には到底足りず、11月には貯金が底を突いた。このままでは2015年のクリスマスはプレゼントどころか、一文無しで迎えることになってしまう。年末が支払期限のローンもある。ブリーニャが「もうやめて」と言い出すこともあった。それでも二人で話し合うと、不安よりも「これをやり抜こう」という結論になるのだった。報道に成功する保証はない。成功したとしても、首相ら政治家のスキャンダルを暴くことで逆に報復を招く恐れもある。北極圏までわずか250キロメートル、レイキャビクの冬は暗く、一日20時間もが夜となる。小さな家族は不安と希望が交錯する嵐の中にいた。


 「パナマ文書」に関しては、結果的に世紀の大スクープとなり、「メディアの力」を世界に再認識させるものとなりました。
 とはいえ、その準備段階では、成功が約束されていたわけではなく、記者たちはギリギリのところで取材や調査を続けていたのです。
 お金があるところに協力するような仕事をすれば、ラクに稼げるはず。
 それでも、「社会正義」みたいなものに突き動かされて、真実を暴こう、伝えようというジャーナリストは、存在するのです。それも、少なからず。


 日本では、取材対象者のプライバシーを守るために、匿名にしたり、モザイクをかけたりすることが多いのですが、海外では、必ずしもそうではないのです。

 英語圏では、映像のモザイク処理や匿名報道をどうしても必要な場合だけに厳しく制限する。匿名やモザイクは、変造を施した検証不能な情報を読者や視聴者に提供することになるし、ジャーナリズムの歴史の中で、捏造やでっち上げを何度も誘発してきた苦い教訓があるからだ。匿名化には、嘘の情報も保護してしまう落とし穴があるのである。


 えっ、でもそんなことしたら、対象者のプライバシーが侵害されるんじゃないの?
 みんなからいろいろ言われるだろうし……
 しかしながら、この本を読むと、実名・顔出しでの「告発者」や「被害者」に対して、英語圏では日本のようなバッシングではなく、共感や賞賛の声が集まることが多いそうなのです。
 問題なのはその実名を知った読者・視聴者の反応であって、日本のメディアが「匿名報道」に向かわざるをえないのは、そういうネガティブな世間の反応のせいだとも言えるのです。


 読みながら、こういう「お金にならないニュースを掘り起こし、世の中に問うている人」たちを支援する姿勢が「真のジャーナリズム」を日本にも育てていくためには大事なのではないか、と考えていました。
 彼らは、お金のためだけに報道を生業にしているわけではないのだけれど、だからこそ、情報の受け手の側も本当に大事な情報には身銭を切る意識を持つことが、いま、求められているような気がするのです。

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