琥珀色の戯言

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【読書感想】母さんごめん、もう無理だ きょうも傍聴席にいます ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
「100歳まで頑張る」と話していた98歳の母の首に、74歳の息子が手をかけた――。
これが自分だったら、一線を越えずにいられただろうか?


記者が見つめた法廷の人間ドラマ29編。
朝日新聞デジタルの人気連載、ついに書籍化!


◇就寝中の28歳の息子の胸を刃物で刺し、命を奪った父。裁判長も認めた「相当やむを得ない事情」とは――。
◇介護が必要になった夫に、長年連れ添った妻が手をあげた。頭によぎったのは、36年前の夫の裏切り――。
◇法律家への狭き門・司法試験。その問題を長年作り続けてきた憲法学の第一人者が、教え子の女性に試験問題を漏らして、被告人席に立った――。


 法廷に関するドラマって、けっこうたくさんありますよね。
 ドラマの中では、検察官と弁護士が丁々発止のやりとりをして、意外な新事実が掘り起こされることも多いのですが、実際の裁判は、あれほどドラマチックなものではない、というのはよく耳にします。
 毎回劇的な新事実が出てくるようでは、警察や検察はそれまで何をやってきたのか、という話になりますし。
 「裁判ウォッチング」が趣味、という人もいるので、「面白く感じる人も少なからずいる」のだとは思いますが、実際に裁判に参加したり、傍聴したりしたことがない人のほうが多数派でしょうから、「本当の裁判では、どんなやりとりがなされているのか」というのは、案外、知られていません。
 法廷では録画も写真撮影も禁じられています。


 この本は、朝日新聞デジタル版に連載されていた、裁判傍聴記をまとめたものなのですが、原告・被告の「ナマの言葉」には、心を動かされるところがあるんですよね。
 

 同性愛者の男が恋人だった男性2人にストーカー行為を繰り返したあげく、それぞれの親を殺してしまった——。発生時にはテレビのワイドショーや週刊誌を騒がせたこの事件の裁判を傍聴したことが、この連載企画を始めたきっかけだった。
 傍聴席から見る被告は、服用していた睡眠剤精神安定剤の影響があったのか、顔色は生気を失い、目はうつろで微動だにしない。証言台に立つを弱々しい声でぽつりぽつり。喜怒哀楽はなく、質問に対してひたすら従順に答えていた。
 その姿からは、証人らが法廷で語る日頃の被告の横暴ぶりはとても想像できなかった。残忍な殺害の手口はもちろん、キレると手がつけられなくなり、かわいがっていた子犬の腹を蹴って階段から突き落としたり、戸籍上だけの「夫婦」だった妻に天ぷら油をひっかけて大やけどを負わせたり。本当にこの人にそんなことができたのだろうか——? 混乱した。
 だが、裁判は事件の真相をすべて明らかにしてくれるものではない。主に検察側の立証や弁護側の反論に必要な事実を、被告や証人に語らせるための場からだ。「なぜこんな事件が起きたのか」。一番知りたいことはなかなか正面から語られない。
 ならばとにかく法廷で語られた事件や被告のディテールを、見たまま聞いたままに描こう。ふつうの新聞記事には書かないようなやりとりを。「なぜこんな事件が起きたのか」の答えは出ないとしても。こうしてこの企画が生まれた。初回となったこの事件では、計11日に及ぶ裁判員裁判を傍聴し、夢中で取ったメモはノート3冊分に及んだ。

 あの事件の裁判を判決まで見届けたあと、私の心に浮かんだのは、「この人にとってもっと生きやすい社会だったら、こんな事件を起こさずに済んだのだろうか」という思いだった。
「ゲイは嫌い。ふつうに生まれなかった」。被告は常々そう言っていた、と証人として出廷した妻が語った。また被告は麻酔薬や睡眠薬を手放せなかった。それが感情の起伏が激しかった原因の一つだという。裁判官から「事件は薬と性格、どちらのせいだと思うか」と問われ、「半々くらい。薬をやめられればよかったと思う」と答えた。


 この本の詳細な傍聴記を読んでいると、酷い事件を起こした人たちには、その人が生来持っている性格と、置かれていた環境という二つの要因があり、たしかに、こんな状況に陥らなかったら、こんなことしなくても済んだんじゃないかな、と考えさせられるものも多いのです。
 ただ、「その人にとって生きにくい社会だったら、他人を殺しても許される」というわけではないですよね。
 犯罪に対して「社会が悪い」と言い始めたらキリがない。
 生活保護を受けるべき状態なのに、役所であれこれ理由をつけて断られ、お腹がすいてどうしようもなく、パンを1個万引きした、というくらいの罪であれば共感もできそうなのですが……


 それでも、これを読んでいると、なんというか、この人たちに、他の方法はあったのだろうか?と考え込んでしまう事例も少なからずあるんですよね。

 就寝中の息子の胸を刃物で刺し、命を奪った父に告げられたのは、執行猶予付きの判決だった。東京地裁立川支部で11月下旬にあった裁判員裁判。裁判長は「相当やむをえない事情があった」と述べた。ともにプラモデル作りが好きで、二人三脚で大学受験に臨むほど仲がよかった父子に、何があったのか。


 三男(当時28)への殺人罪に問われたのは、東京都八王子市の樋口敏明被告(65)。黒のスーツに青紫のネクタイを締め、法廷に現れた。事件までは、監査法人の会社員。同僚からは「まじめ」「誠実」と思われていた。
 事件の経緯を、検察の冒頭陳述や被告の証言からたどる。
 約10年前、三男は都立高2年生のとき、精神の障害と診断された。通信制高校に移るなどしたが、浪人生活を経て大学にも進学。充実した学生生活を送った。卒業後はガス会社に就職した。
 しかし、次第に変化が生じる。仕事がうまくいかず、職を転々とした。「自分をコントロールできない」と本人も悩んでいた。昨年夏ごろから家族への言動が荒くなり、次第に暴力も始まった。
 今年(2014年)5月下旬、被告の妻が三男に蹴られ、肋骨を骨折。「これから外へ行って人にけがさせることもできる」。三男はそんな言葉も口にした。
 被告は、警察や病院、保健所にも相談を重ねた。
 警察からの助言は「入院治療について、主治医と話し合って、危害を加えるようでしたら110番してください」。保健所でもやはり、「入院について主治医と話してください」
 一方、主治医の助言は、「入院してもよくなるとは言えない。本人の同意なく入院させれば、退院後に家族に報復するかもしれない」。ただ、「警察主導の措置入院なら」と勧められたという。
 措置入院とは、患者が自身やほかの人を傷つける恐れがある場合、専門の精神科医2人が必要と認めれば、本人や保護者の同意がなくても強制的に入院させられる制度だ。
 主治医は法廷で、「家族の同意によって入院させた場合、三男は入院についてネガティブに考えると思った。警察主導の措置入院なら、本人の認識を変えるきっかけになると思った」と証言した。
 ただ、警察は措置入院に前向きではなかった。被告が相談に行っても、「措置入院には該当しないのでは」との返答。三男は暴れても、警察が駆けつければ落ち着いたし、警備業のアルバイトを続けられていたことなどが理由だった。
 いったい、どうすればいいのか——。被告は追い詰められていった。


 事件が起こった日、この三男は、アルバイト先の仕事道具を誤って洗濯した、という理由で、母親を怒鳴り、顔を殴るなどの暴力をふるっていたそうです。
 しかしながら、三男は警察官が来ると落ち着き、その様子をみた警察官は「措置入院にするのは難しい」と判断しました。

 今後もさらに暴力を振るうことを宣言した息子をみて、意を決した父親は、三男が寝ている間に、刃物を胸に突き刺したのです。
 

 精神疾患があるとはいえ、警察にとっても、病院にとっても、あまり積極的にはかかわりたくない案件であり、また、かかわりにくい状況でもあったのです。
 「誰かを傷つけたら来てください」って言われても、それじゃ手遅れだよね。
 でも、警察としては「何かやるかもしれないから、逮捕する」というわけにもいかない。
 誰が悪いわけでもないのだけれど、いろんなシステムの盲点になってしまっている、こういう事例って、実際は少なからずあるのではないかと思われます。
 これは、執行猶予で妥当なのだろうけど、それでも「有罪」ではあるんですよね。
 そして、殺めたあと、息子と添い寝をして、翌朝出頭したという父親の罪の意識は、ずっと消えることがない。
 人が人を裁く、というのはキツいことだよなあ。
 こういうのを人工知能がやってくれたら、人間は納得できるのだろうか……

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