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【読書感想】論理的思考力を鍛える33の思考実験 ☆☆☆☆

論理的思考力を鍛える33の思考実験

論理的思考力を鍛える33の思考実験

内容(「BOOK」データベースより)
いちばん簡単な思考実験の入門書。考えるって面白い!「トロッコ問題」、「テセウスの船」、「アキレスと亀」、「ギャンブラーの葛藤」、「モンティ・ホール問題」、「エレベーターの男女」、「マリーの部屋」、「ありえない計算式」…有名どころからオリジナルまで、33の思考実験を掲載。


 「思考実験」というと、なんだか敷居が高そうで買うのに躊躇してしまったのですが、読んでみると、わかりやすく、というか解法を一手ずつ丁寧に説明していて、これなら僕でも納得できるな、と感じました。
「モンティ・ホール問題」って、これまでに何度も説明してもらったのだけれど、正直、「頭ではわかるけど、感覚的には違和感があった」のです。


 「モンティ・ホール問題」というのは、こういうやつです。

 さて、ゲームスタートです。プレイヤーはあなたです。3つのうち1つのドアを選びましょう。1つの扉には車が、他の2つの扉の向こう側にはヤギが配置されています。
 仮にあなたはAの扉を選んだとします。
 次に、モンティは演出として残りの2つのドア(BとC)のうち1つを選んで扉を開けます。
 このとき、モンティは正解を知っており、必ず不正解の扉を開きます。もし、Aの扉が正解の場合、不正解の2つの扉からランダムに1つを開きます。
 仮に今回はCの扉を開いたとしましょう。もちろん、ハズレなのでヤギが見えます。
 これで、車のあるドアはAかBとなりました。選択肢が3つから2つに減ったわけです。
 そして、モンティはあなたに語り掛けます。
「選ぶ扉を変えてもいいですよ」
 今ならBの扉に選択肢を変えることができるというのです。さて、選ぶ扉を変えたほうがいいのでしょうか?


 思考を巡らせてみてください。
 Cがヤギだとわかったので、残る扉はAとBです。
 Aの扉とBの扉、どちらを選択したほうが車を当てる可能性が高まるのでしょうか。
 あるいは確率は同じでしょうか。それなら最初の選択のままでいいような気もします。


 これは、アメリカの人気番組で実際に行われていたゲームで、その番組の司会者の名前をとって「モンティ・ホール問題」と呼ばれているのです。
 ちなみに、実際の番組では、最初の選択を変えないプレイヤーが多かったそうです。
 どの扉を選んでも、確率は3分の1なのだから、自分の選択を変えて外したら、ものすごく悔しいだろうし……って、僕も思ったんですよ。
 ところが、すでにご存じの方も多いと思うのですが、これ、「選ぶ扉を変えてもいいですよ」って言われたときに、変えたほうが(例題でいえば、Bの扉に選択肢を変えたほうが)車をもらえる可能性が高くなるのです。
 ひとつ選択肢が消えた時点で、あとはもう2つにひとつ、五分五分、じゃないの?と思ってしまうのですが、実際はそうはならない。選ぶ扉を変えると、車をもらえる可能性は2倍になります。
 著者は、この「モンティ・ホール問題」を、起こりうるすべての組み合わせを図示することによって、読者に実感させようとするのです。
 たしかに全ルートを並べてみると、「選択肢を変えたほうが良い」。
 こういう泥臭いというか、地道な説明のほうが、僕にとっては「わかりやすかった」のだよなあ。
 この本、数学が全くわからない人にはちょっと厳しいと思うけど、「数学は得意じゃないけど、論理的な思考の技術を少しでも身につけたい」という人には、ちょうど良いのではないかと。
 すでに自信がある人にとっては、簡単すぎるのかもしれないけれど。


 この本を読んでいて痛感するのは、人というのは、客観的にみれば同じことでも、自分がその事象にどうかかわるかによって、違う判断をしてしまう、ということなんですよね。
 サンデル教授の『ハーバード白熱教室』で採り上げられたことで、あらためて注目されるようになった「トロッコ問題」。

 線路の切り替えスイッチのそばにいるあなたは、とんでもない光景を目の当たりにしていました。
 あなたの右方向から石をたくさん積んだトロッコが猛スピードで暴走しています。ブレーキが故障しているのか明らかに異常なスピードです。
 とうてい今から止めることはできません。ただ、線路の切り替えを行えば進行方向を変えることができます。
 

 線路の先には5人の作業員がいます。5人ともトロッコにはまったく気づいておらず、おそらく避けることはできないでしょう。このままではトロッコが突っ込み、5人は死んでしまいます。
 

 あなたは、切り替えスイッチの存在に気がつき、これを切り替えて5人を助けようと思い立ちます。あなたは切り替えスイッチに近づき、勢いよくスイッチに手を伸ばします。
 しかし何ということでしょう。あなたは一瞬、切り替える先の線路のほうに目をやり、様子を確認しました。すると、視線の先には1人の作業員がいるではありませんか。スイッチを切り替えれば、この1人の作業員が死んでしまいます。
 あなたはこの6人と面識はなく、6人とも何の罪もない人です。ただ、悲惨な現場に居合わせてしまっただけです。あなたもたまたまこの現場に居合わせてしまっただけで、そこにスイッチがなければただの傍観者の1人です。
 実際には「5人もいればだれかが気づくだろう」とか、「大声を出して危険を知らせる」とか、いろいろな方法を考えてしまうところですが、ここではスイッチを切り替えること以外あなたにできることはなく、作業員は皆トロッコの暴走に気づいていない状態とします。


 あなたはスイッチを切り替えますか?
 それともそのままにしますか?


 この思考実験の場合、「スイッチを切り替えて、1人を犠牲にし、5人を助ける」というのが多数派(ある統計では、85%を占める)になるそうです。
 
 
 この本での思考実験はこれだけでは終わらず、この「トロッコ問題」のさまざまなバリエーションを提示してきます。

 ある線路上の橋の上にいるあなたは、とんでもない光景を目の当たりにしていました。
 橋の下にある線路の上を、石をたくさん積んだトロッコが猛スピードで暴走してきたのです。暴走トロッコの先には5人の作業員がいます。誰ひとり、この悲惨な状況に気がついていません。このままでは5人は死んでしまいます。あなたはこの状況をどうにかるす方法はないかとあたりを見回します。
 

 すると、橋の上に、自分の他にもう1人、男性がいることに気がつきました。
 かなりの巨漢で、しかも見るからに重そうなリュックを背負っているではありませんか。この男を突き落とすことができたなら、トロッコを止めることができます。
 しかしその場合、男は確実に死んでしまいます。
 太った男は、作業員5人が行っている作業が気になっているらしく、大きく身を乗り出して夢中になっています。どうやらこの男性も暴走トロッコには気がついていないようです。
 今なら確実に太った男を線路上に落とすことができるとします。
 あなたは太った男を下に突き落としますか?
 それともそのままにしますか?


 なお、あなた自身が飛び込んでもトロッコは止まらず、あなたを含めた犠牲が6人になるだけとわかっているとします。
 実際には太った、しかも重そうなリュックを背負っている男を突き落としたからといってトロッコが止まるとは限らないでしょう。
 しかも、特に小柄な女性であれば、こんなに大きな男を突き落とせるわけがないし、もみ合いになって自分が落とされるかもしれないと考えるかもしれません。
 しかし今回の思考実験では、この太った男を突き落とせば確実にトロッコは止まるし、あなたが突き落とす行動をとれば、もみ合いになることなく確実に突き落とせると仮定します。
 また、あなたが起こした行動によってあなたが罪に問われることはないとします。


 「思考実験」とはいえ、あまりにも重すぎる内容なので、ついつい「裏ワザ」的なものを探してしまうのですが、そうなるともう「思考実験」にはならないんですよね。
 しかしこれ、真正面から考えたくない問題だなあ。
 ちなみに僕は、この場合には「男を突き落とさない」という選択をするのですが、これを読んでいるあなたはどうでしょうか?
 そして、前回の「スイッチを切り替える」ときと、「1人を犠牲にして、5人を助ける」人の割合は、変化するのか?


 このほかにも、さまざまなバリエーションの「トロッコ問題」が出てきます。
 選択の「多数派」をみていくと、個々の人というのは、自分が直接その行為にかかわるかどうかによって、起こる結果が同じでも、選ぶ行動が変わるもののようです。
 スイッチを切り替えても、突き落としても「1人を犠牲にして、5人を助ける」という結果には変わりがないのに、自分が直接手をふれて誰かを傷つけるような行為には、抵抗感が強くなるのです。


 これを読みながら、人間というもののデリケートさを感じるとともに、説明のしかたや、直接的な関与の有無で、同じ結果を生むことであっても、人々の賛否をコントロールできるのではないか、と考えていたんですよね。
 そういうことを、意図的にやっている権力者もいるはずです。

 
 「論理的思考力」に自信がない人は、一度読んでみることをおすすめします。
 「わかっているつもり」の人も、ここで紹介されている問題をすべて正解できる人は(正解のない問題もたくさんあります)、案外、少ないのではなかろうか。

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