琥珀色の戯言

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【読書感想】騙し絵の牙 ☆☆☆☆

騙し絵の牙

騙し絵の牙

内容紹介
話題作『罪の声』塩田武士の待望の最新刊は、まさかの大泉洋に、騙される!


昭和最大の未解決事件「グリ森」をテーマに描いてから、約1年――。
『罪の声』塩田武士の最新刊は、大泉洋“主演小説”!
塩田武士×大泉洋
新しい<小説の形>がここに! そして最後は“大泉洋”に騙される!


芸能事務所、さらには大泉洋本人との共同企画により、主人公に俳優・大泉洋を「あてがき」して社会派長編小説を執筆。
2013年から構想開始し、プロット改稿を幾度となく重ね、取材・執筆すること約4年。雑誌『ダ・ヴィンチ』連載を経て、この度単行本化!


出版、映像、音楽……エンタメ業界は、スマホと「時間の奪い合い」になった。既存のエンタメ産業は、「過渡期」真っ只中である。
本作『騙し絵の牙』では、出版界のなかでも「レガシーメディア」と言われるようになった「雑誌」の編集部を物語の舞台に、業界全体を映し出して「エンタメ産業のうねり」を圧倒的リアル筆致で描く。
さらに、そんな窮屈な時代に風穴をあけるような、太陽のような明るさと才知に長けた主人公に、俳優・大泉洋をあてがきして物語を創作。実在の俳優と物語の主人公がリンクする、新しい読書体験に!


内容(「BOOK」データベースより)
大手出版社で雑誌編集長を務める速水。誰もが彼の言動に惹かれてしまう魅力的な男だ。ある夜、上司から廃刊を匂わされたことをきっかけに、彼の異常なほどの“執念”が浮かび上がってきて…。斜陽の一途を辿る出版界で牙を剥いた男が、業界全体にメスを入れる!


 今や「斜陽」となっている紙媒体の雑誌編集長・速水。
 彼は、難しい局面でも如才なく立ち回ることができる、有能でウィットに富んだ(それでいて、周囲に対して、ほとんど偉ぶるところもない)有能な雑誌編集者なのですが、雑誌や文芸書の売り上げ減や電子書籍の台頭、人気作家や漫画家と契約した、出版エージェントの登場(『コルク』の佐渡島庸平さんがモデルなんだろうなあ、なんていう、モデル探しをするのも、この本のひとつの楽しみ方だと思います)、編集部内での人間関係のもつれや気配りのできない部下、いつのまにか噛み合わなくなってしまった家庭など、まあ、とにかく問題山積みなわけです。
 速水は、大泉洋さんをアテ書き(その役者が演じることを想定して書かれた役)したキャラクターであり、読者もそのことをあらかじめ知っています。
 だから、小説内での速水のセリフは大泉さんの声で聞こえてくるし、行動も、大泉さんが演じているものとして頭のなかで再生されるのです。
 この速水、ちょっとお調子者なんだけれど、「人たらし」と言えるほど心のなかに入り込んでくるのがうまくて、でも、それを自分のためだけに利用してうまく立ち回れるほど器用でもないんですね。それほど清廉潔白でもないけれど、根っからの悪党でもない。
 

 「これ、何の本なんだろう?」と読み始めて100ページくらいまで、ずっと考えていたんですよ。

 最後は”大泉洋”に騙される!

 オビにこう書いてあったので、大泉洋さんが登場人物として出てくるのか?とか、また叙述トリックで、大泉さんがアテ書きされているのは「意外な人物」なのでは?とか、あれこれ考えながら読んでいたんですよ。
 こんなふうに書かれているということは、なんらかの「謎解き」を伴うミステリなのか?でも、なかなか人が死なないんだが……このまま出版界の内輪話と速水の世渡り技術で終わってしまうのか?


 最後まで読んでみての感想としては、これは「ミステリ」ではない、というか、なんかとんでもないどんでん返しを期待させるような売り方はどうよ、と思うわけです。
 まさに「大泉洋に騙される」のだけれど、それは「大泉洋と、彼が演じる人物に対する、観る側の先入観」みたいなものを意識しているのでしょう。
 これを「どんでん返し」だと思わないのは、僕がいまの出版界の状況についての情報を好んで集めているから、という可能性もあるのですが、語られているいろんな「背景」みたいなものは、とってつけたような感じもしました。


 ただ、この小説、たしかに「面白い」んですよね。
 速水という編集者の立ち回りも含めて、登場人物の会話がすごく面白い。
 「みんなに愛されて、仕事もできる人」っていうのは、こういう感じなのかな。
 他者と接する仕事をしている人にとっては、「活きた教材」にもなりそうな気がします。
 
 この本の最大の読みどころは、「速水という人物を中心に、出版業界の現状が、けっこう赤裸々に語られている」ということではないかと思います。

「コミックは読んでる時間が短いっていうのが大きいな。スマホも画面が大きくなって十分読めるし」
 速水が小説を念頭に置いて話すと、三島は頷いてグラスの水滴を指でなぞった。
「活字だと自己啓発とか、ITは割といけるんじゃないですかね。単純ですけど、マーケティングがやりやすい書籍は電子でも売れやすいみたいですね。テレビ見ながらスマホいじるんで、小説もドラマになれば売り上げが伸びる……かな? やっぱり小説は難しいか」
「聞けば聞くほど、紙に未来がないと思えるよ。文芸も単行本は底を打ったような感触だけど、文庫の落ち込みがむちゃくちゃだ」
「かなり悪いんですよね?」
「三年連続6%台の落ち込みで、どんどん底を割ってる。単行本の売れない分を補完できなくなってて、売れないから文庫化もしないって状況が当たり前になってきてる」
「文庫の売上率が高い社はかなりきついですね」


 「三年連続6%台の落ち込み」って、それはキツいよね……
 実際のところ、僕も話題の作品が単行本になってから、文庫化されるまでの期間は、いまの時代にはちょっと長すぎるし、そのあいだに電子書籍で安くなったものを読んだり(それはまだ良いのだろうけど)、図書館で借りたり、興味を失ったりしてしまう例が多いのではないか、と感じています。
 本の価格や印税のこと、あるいは装丁の自由度から、単行本にこだわりたくなる気持ちもわかるのだけれど、それは、「一部のもとからの本好き」にしか伝わらない面もある。
 これまで単行本の売り上げを支えてきた若者たちは、ソーシャルゲームSNSYouTubeに流れてしまっているのです。
 現実問題として、この傾向を変えることは難しいと思うんですよ。
 肌身離さず持っているスマートフォンでできることのほうが、買って持ち歩かなければならない文庫本よりも、ハードルが低いことは間違いないし。


 こんなにうまくいくのだろうか、と思うところはあるし、既成勢力は、そう簡単に自分たちの利権を手放さないはずですが。


 正直なところ、売る側がアピールしているほどの「新しさ」は感じなかったのですが、逆に「大泉洋さんとのコラボレーションがなくても、けっこう面白い小説」になっていると思います。
 出版業界の現状に興味がある人か(詳しすぎる人にとっては、知っている話ばかりかもしれません)、大泉洋さん、あるいは、作者の塩田武士さんのファンにはオススメです。
 あと、「お仕事小説」が好きで、「何か面白い本を読みたいなあ。でも難しい本はイヤだな」というくらいの皆様に。
 しかしこれ、人気タレントを使った安易な企画だと思っていたけれど、制約のなかで、これだけの小説に仕上げた塩田武士さんはすごいな。仕事師だ。


fujipon.hatenadiary.com

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