琥珀色の戯言

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【読書感想】久米宏です。 ニュースステーションはザ・ベストテンだった ☆☆☆☆

内容紹介
久米宏さん、初の書き下ろし自叙伝。TBS入社から50周年を迎える今年、メディアに生きた日々を振り返ります。
入社試験の顛末から、病気に苦しんだ新人時代。永六輔さんに「拾われた」『土曜ワイドラジオTOKYO』、『ぴったし カン・カン』『ザ・ベストテン』『久米宏TVスクランブル』『ニュースステーション』の18年半、『久米宏 ラジオなんですけど』の現在まで。久米宏の歴史=メディア史の意味もあり、時代の証言として、なによりも「ない番組」を切り開いてきた、一人の人間の成長物語として、読み応えのある1冊です。初日の惨敗からニュース番組の革命といわれるまでの『ニュースステーション』は、圧巻のドキュメント。伝説の番組は、時代の空気を鮮やかに甦らせます。


 『ニュースステーション』が始まったのが1985年10月7日で、終了したのが、2004年3月26日。20年近く続いた番組だったのですが、終わってから、もう13年半も経っているんですね。
 久米さんの後、『報道ステーション』の司会をしていた古館伊知郎さんもすでに降板しておられますし。
 『ニュースステーション』の最終回に、久米さんが手酌でビールを飲んでいたシーンは、記憶に残っています。
 僕にとっての「久米宏」は、『ザ・ベストテン』で、黒柳徹子さんと一緒に軽妙な司会をし、『ぴったし カン・カン』で、「ほにゃらら」と言いながら仕切り、『TVスクランブル』で、横山やすしさんと緊張感あふれるやりとりをしていた人だったのです。
 この本には、反抗心が強かった若い頃の久米さんのエピソードと、TBSへの入社後、担当する番組がことごとくうまくいかず、さらに、結核にかかってしまって休養を余儀無くされてしまったことなども書かれています。
 久米さんがアナウンサーとして手応えをつかんだのは、永六輔さんのラジオ番組の一コーナーで、「体当たりレポート」をやるようになってからだったのです。
 『ベストテン』の司会をやっている、スマートなイメージの久米さんにも、そんな修業時代があったんですね。


 この本を読むと、久米宏という人は、「自分が他人からどう見えるか」「他者を自分を差別化し、生き残っていくには、どうすればいいのか」というのを、ずっと意識し続けてきたように思われます。

 誰とも違う個性を打ち出すためには、逆に「生活感のないアナウンサー」を目指そうと思った。身の周りの話ではなく、世界情勢や日々の事件・事故、宇宙や自然のあり方を話題にする。普段の生活が見えず、架空の人物の存在としての「久米宏」。
 たとえば「今日は暑いのでポロシャツを着てきました」ではなく、「この服は綿100%です」から始めて木綿や染色の歴史、なぜ綿のシャツは洗濯すると縮むのかを話す。「秋の風が吹き始めました」よりも気圧配置の話をする。
 それは自分の道を切り拓くための戦略であると同時に、僕たち夫婦のあり方から導き出された必然でもあった。現実の家庭はそれほどアットホームではなく、「温かい家庭」など幻想でありフィクションにしかすぎない。それは普通の夫婦のあり方とは違うかもしれないが、そんな二人の人生観、家族観が善かれ悪しかれ、僕の仕事の全体に大きく影響している。
 ラジオでもテレビでも、僕は自分の家庭のことをほとんど口にしたことがない。話し方も家庭的ではない雰囲気、よく言えば「クール」、悪く言えば「冷たさ」とも受け取られる。


 久米さんは、『ザ・ベストテン』の司会者に抜擢され、黒柳徹子さんとともに、この番組の顔となります。

ザ・ベストテン』が従来の歌番組と違ったのは、まずランキングの公正さにこだわった点だった。それまでもランキング形式の歌番組はラジオにもテレビにもあまたあったものの、その違いは決定的だった。
 黒柳さんは司会を引き受けるに当たり、「番組の演出で順位の操作は絶対しないでください」と申し入れ、「もし順位を動かすようなことがあったら番組を降ります」とまで宣言した。その尻馬に乗って「僕もそうします」と言い添えた。
 黒柳さんの強い意志にスタッフも応え、レコードの売り上げだけではなく、視聴者のリクエストはがき枚数、有線放送のリクエスト回数、ラジオ各局のランキングを集計した数値を打ち込むと自動的に10曲の順位が出るシステムをつくった。


 今となったら、そんなの当たり前じゃないか、と思う話ではあるのですが、当時はすごく画期的なことだったんですよね(いまでも、ランキングを「調整」している番組もあるかもしれません。数年前、ラジオのランキング番組で、その日ゲストに来た歌手の曲の順位が、ずっと右肩下がりだったのに突然再浮上していて、苦笑したことがあります)。
 公正に、というのは簡単なようでいて、けっこうキツいこともあるんですよね。
 『ザ・ベストテン』の初回放送では、当時の超人気歌手である山口百恵さんの曲が11位と12位でベストテンにギリギリ入れなかったり、テレビ出演を拒否していた中島みゆきさんの曲が4位に入っていた、という、憂慮すべき事態が起こっています。
 しかも、初回放送の日、山口百恵さんのスケジュールは、あらかじめ空けてあったのだとか。
 普通なら、10位と11位を入れ替えたはずだと、久米さんは仰っています。
 でも、『ザ・ベストテン』は、そうしなかった。
 

 僕にとって『ザ・ベストテン』は時事的、政治的な情報番組であり、のちの『ニュースステーション』のほうがニュースを面白く見せることに腐心したぶん、ベストテン的という意識が強かった。二つの番組は、僕の中で表裏の関係をなしていた。
 当時は秋元康さんが進行表を書いていたが、リハーサルで黒柳さんと交わす会話は、バンドマンのウケを狙ったシモネタや内輪話のみ。二人とも、リハーサルでのやりとりは本番では繰り返さない主義だった。一度話したことを繰り返した途端、それは段取りとなって、必ず視聴者に見抜かれる。
 2013年に大ヒットしたNHK連続テレビ小説あまちゃん』を見ていたら。往年の『ザ・ベストテン』をイメージした歌番組が一瞬登場し、黒柳さんを清水ミチコさん、僕を糸井重里さんが演じていた。テレビの中の「僕」は台本を持っていたが、それはフィクション。ノンフィクション主義の僕たちは。本番で台本を手にしたことなど一度もなかった。
 だから二人の受け答えは、相手が予想しないことを言い合う競争でもあった。お互いを驚かせてやろうと、いつも隠し玉を投げ合っていた。バッテリーというよりも双方ともにピッチャーで、剛速球もあればワイルドピッチもありだった。
 本番ではアクシデントやハプニングが続出した。演出でセットに連れてきた仔犬がうんちをし始めて小泉今日子さんが笑って歌えなくなったり、1位の郷ひろみさんがミラーゲートから出てこなかったり。
 けがをしても、近藤真彦さんは包帯を巻いたまま、中森明菜さんは松葉杖をついて出演してくれた。10代のアイドル歌手が見せたプロ根性が相乗効果となって、さらに番組の評価は高まった。
 番組で出演者の誕生日を祝うケーキをみんなで食べたときだ。「五木ひろしさんが画面の隅で指についたクリームをテーブルクロスでぬぐっていた」と指摘するはがきが、視聴者から殺到したことがある。五木さんがVTRでお詫びするという大騒ぎに発展した。
 テレビは怖い。何千万という視線が注がれ、たとえ画面の端のささいな動きでも視聴者は見逃さない。手は抜けないと肝に銘じた。


 たしかに、『ザ・ベストテン』って、ドキュメンタリー的というか、生放送ならではのハプニングが魅力だったんですよね。
 

 この経験を活かして、久米さんは『ニュースステーション』をはじめることになったのですが、最初は技術的にも拙く、真面目すぎる内容も多く、視聴率も上がらなかったそうです。
 それが、1986年1月26日のアメリカのスペースシャトル「チャレンジャー号」の爆発事故の映像を持っていたCNNとテレビ朝日が独占契約しており、現地からのリアルタイムの映像を流すことができたことと、同年2月25日の「フィリピン2月革命(マルコス大統領の退陣とアキノ政権成立)」によって、番組は軌道に乗り始めます。

 こうした細部へのこだわりは、ニュース原稿の内容からその読み方、表情にも及んだ。
 記者が書いたニュース原稿は夕方から五月雨式に僕の手元に集まって来て、午後9時40分ごろに一気に押し寄せてくる。原稿には独断でかなり手を入れた。本番の最中に直すこともあれば、読み始めてからアドリブで言葉を差し替えることも少なくなかった。
 原稿をどのように手直ししたか。初めのこと目についたのは、昔ながらの名文調、美文調、紋切り型の文章だった。「心が洗われるような白い雪」「憎しみが憎しみを招く連鎖」。
 必要なのは、美しい文章でも、かっこいい文章でもない。聞いてわかりやすい文章だ。だから、なるべく書き言葉を使わず、話し言葉にする。記者には「普段話す言葉で書いてほしい」と繰り返しお願いした。
 たとえば「投棄した」ではなく「投げ捨てた」。「回想する」は「思い出す」。常套句の「なりゆきが注目される」など日常では使わない。「どうなるんでしょう」でいい。
 往々にして文章が長かった。1回息を吸って吐いたらワンセンテンスが終わるくらいでなければ、原稿を読む側はもちろん、聞いているほうも苦しくなる。文章はどんどん短く切った。1ページ分を削除したこともあった。
 語順は理解しやすい論理の組み立て方に並べ変えた。形容詞は形容する名詞の一番近くに持ってくる。「白い洗い立てのシャツ」ではなく「洗い立ての白いシャツ」。主語はなるべく前のほうに置いたほうがわかりやすい。「九州地方に台風が接近しています」ではなく、「台風が九州地方に接近しています」。主語と動詞の関係をはっきりさせる。「赤い車に乗った年配の男女」ではなく、「年配の男女が赤い車に乗っている」。
 「さて」「ところで」「一方で」といった転換の接続詞はなるべく使わない。場面が変われば、あるいは読み手の気持ちが変われば、視聴者にとってはすでに「さて」となっているからだ。
 パンダを見ると「かわいい」、桜ならば「きれい」といった手垢のついた言葉は使わない。違う表現を考えるようにする。
 季節の話題を伝える場合、「今、あじさいが満開です」まではいい。しかし、その後に「ぜひお出かけになってみてはいかがでしょうか」といった慣用句は要らない。行くか行かないかは聞いた人が自分で決める問題だ。


 人間誰しも、自分のやっていることに対しては「このくらいやっていれば十分だ」と思いがちですよね。
 なかなか、客観的な立場で評価するのは難しい。
 久米さんの話を読んでいくと、久米さんというのは、「めんどくさい視聴者」なのだろうなあ。
 そういう視点があるからこそ、『ニュースステーション』は成功したのです。
 「わかりやすいニュース」にするために、さまざまなものがこぼれ落ちてしまうことへの不安も、久米さんやスタッフにはあったようですが。


 ここには、到底紹介しきれない「いまのテレビをつくってきた主役の証言」が、たくさん詰まった一冊です。
 久米さんのこれまでのスタンスを知ると、ここに書かれていることも、どこまでが真実なんだろう?とも思うんですけどね。


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ザ・ベストテン (新潮文庫)

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