琥珀色の戯言

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【読書感想】芸能人と文学賞 〈文豪アイドル〉芥川から〈文藝芸人〉又吉へ ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
なぜ又吉直樹芥川賞をとったのか
なぜ小泉今日子講談社エッセイ賞を受賞したのか
なぜビートたけし太田光も「ネタ」として「直木賞」を狙っていると言うのか
1925年、芥川龍之介の1枚の写真が「作家=芸能人」と「文学賞」の歴史を宿命づけた
来年の芥川賞直木賞加藤ミリヤ尾崎世界観紗倉まな、あるいは星野源がとってもおかしくない!
文学賞80有余年「約束された」秘密の物語が今、ここに!

 又吉直樹さんが『火花』で芥川賞を受賞した際には、作品の内容以前に「芸人が書いた小説が芥川賞を受賞すること」について、さまざまな意見が飛び交っていました。
 中には、作品を読んでもいないのに「客寄せパンダ」的な扱いをしていた人もいて、なんだかなあ、と思ったんですよね。
 『火花』は、素晴らしい小説で、芥川賞をとっても全然おかしくないと感じていたので。


 この本では、「文学賞研究家」である著者が、芸能人・有名人が文学賞を受賞したり、ノミネートした事例を、芥川賞直木賞80年余りの歴史とともに振り返っていくものです。
 いまでも、有名人が小説を書くと「直木賞を狙います」なんていうのが見出しにされることが多いのですが、そのルーツはどこにあるのか。
 芸能人が書いた小説が文学賞を受賞するというのは、どういう意味があるのか。
 そもそも、小説において、評価されるのは作品の中身だけのはずではないのか。
 

 その一方で、有名人が書いた作品というのは、話題性があるし、売れるのも事実です。
 芸能人のなかには、それをかえって敬遠する人もいる、というような話も出てきます。


 社会にインパクトを与えたアイドル的な作家といえば、まず、石原慎太郎さんが挙げられます。
 石原さんは、一橋大学卒業前の1956年、23歳のときに『太陽の季節』で芥川賞を受賞し、一躍、時の人となりました。

 発表の瞬間は、それまでの受賞者と大差ないぐらいの、平穏な新聞記事が多かったんですが、いまより数倍・数十倍は威力があったとも言われる週刊誌やラジオが放っておきません。受賞者自身も、それらの要請に逃げ隠れせず、真正面から応えたことが火に油を注ぎ、3月12日に発売された単行本『太陽の季節』(新潮社刊)には全国から注文が殺到。1か月半で約13万部に達したといい(『日本読書新聞』1956年4月30日号)、石原慎太郎さんの名前、顔、髪型、言動は、一気に広まりました。ニュー・スターの登場です。
 ただ、じっさいのところは、受賞作(を含む単行本)は最終的には22万5000部と、当時としても中規模くらいのベストセラーでおさまってしまいます。

 しかし、あれだけ騒がれた割に、前年の第1位『はだか随筆』の60万部の売行きにははるかに及ばず、30万部を割るという有様(57年4月・出版ニュース社刊『出版年鑑1957版』)


 えっ、あんなに騒がれたのに、そんなものなの? という感じで、社会に与えた文学賞受賞の強い印象だけが、やたら突出した最初の例にもなりました。
 いまとなっては、石原さんのことは知っていても「太陽の季節」を読んだことがない人のほうが圧倒的に多いでしょうが、芥川賞直後からそうだった、と表現するのが適切なようです。そこが、石原慎太郎さんの受賞が、文学の話題を超え、タレント輩出イベントの嚆矢として、いまも伝説となっているゆえんでもあります。


 日本がそんなに豊かではなかった時代とはいえ、えっ、それだけしか売れなかったの?というのと、売上の初速がすごかったけれど、あまりその後は伸びなかったんだな、というのと。
 僕も『太陽の季節』は、読んだことがありません。
 「障子に陰茎を突き立てるシーンがある、トンデモ小説」みたいなイメージだけを持っていて。
 芸能人が書いた本って、発売直後に一気に売れて、1か月もするとブックオフに在庫が溢れる、という印象があります。そして、けっこう売れたはずなのに、何年かすると、存在そのものが忘れられてしまう。
 齋藤智裕(水嶋ヒロ)さんの大ベストセラー『KAGEROU』なんて、6年半くらい前にあんなに売れたのにタイトルを聞くと、「そういえば、そんな本が売れたこともあったねえ」って感じですし。

 80年代を盛り上げた芸能人小説ブーム。文学の衰退だ、文学絶滅の危機だと、みんなでキャッキャとはしゃぎ合いました。いま見ると、ほんと楽しそうです。
 そのブームの、最終進化系とも、最高到達点とも称されるのが、1987年から88年にかけての椎名桜子なのだ。……などとも言われるアノ椎名さんが、本項の主役です。
 ああ、いたよね。「名前・椎名桜子。職業・作家、ただいま処女作執筆中。」ってやつでしょ。あのCM、強烈だったもんなあ、すごく印象に残っているよ。……と、私おさらっと笑い飛ばしたい。そう思って、当時このコピーがどうやって使われたのか、一応特定しておこうと、いろいろ調べてみました。
ところがです。そんな広告、まったく見当たりません。当時の雑誌で見つかるのは、「処女作執筆中、をネタにしたライターたちの文章」ばっかりです。

 担当の編集者は、
「昨年(引用者注:1987年)の春に草稿を読んだとき、スターの素質を感じました」
 と語る。すぐさま「作家」として売り出すことを決め、7回も書き直させた。その後、同社(引用者注:マガジンハウス)のファッション誌『アンアン』(引用者注:『an・an』)でモデル兼ライターとしてコラムを担当させ、おまけに、そのコラムの著者肩書に、まだ本も出していないうちから、「作家・処女作執筆中」とやる念の入れよう。(『週刊朝日』1988年5月6日号「小悪魔的少女を描いた自伝小説が売れる 椎名桜子は元アンアンモデルの令嬢」)


 ということなので、私も見てみましたよ『an・an』を。7月10日号〜10月2日号まで連載された椎名さんの『知りたがり日記』。だけど一度も「処女作執筆中」なんて書かれちゃいません。んもう。『週刊朝日』のうそつき。


 椎名桜子! 名前だけで懐かしい。
 当時ネットがあったら、「椎名桜子www」とか、さんざんやられていたのではなかろうか。
 僕も椎名さんが出ているCMを観て、「なんでこの人、まだ何もやっていないのに、こんなに持ち上げられているんだ?」と疑問だったのを思い出します。
 でも、この本を読んでいると、そんな椎名さんを茶化した文章を読んで、それを椎名さん自身が言ったことだと思い込んでいたのかもしれません。
 そもそも、あれって、椎名桜子というタレントのプロモーションみたいなもので、本人の意思というより、周りがそうやって売り出そうとしただけなんですよね。
 ちなみに、椎名さんの処女作『家族輪舞曲(ロンド)』は、初版2万部、公称30万部(実売10万部)と、かなり売れたそうですよ。
 その後、作家として目立った活動はない(というか、今は何をしていらっしゃるのでしょうか)椎名さんですが、それだけに、その「一発屋」っぷりは忘れられません。


 著者は、「文学賞の楽しさ」について、こう述べています。

 果たして文学賞の楽しさとは何でしょうか。
 その最大の要素は「当事者でない人たちが、賞の選考や結果などをもとに、小説の感想からそうでない下世話な話まで、好き勝手にものを言う」ことです。自分ひとりでは思いもつかない考え、心理、あるいは社会認識など、幅広い人びとの価値観が披瀝され、交差し、共鳴したり反発したりする。こういった発言を聞いたり読んだりすることが、最も満足感の得られる文学賞の楽しみ方だと、私はいつも実感しています。芸能人が関わると文学賞が面白くなるのは、通例とは比較にならないくらい広く一般から挙がる大量で多彩な声を聞くことができるからです。
 そのなかでも芥川賞は、平素から注目されているという稀有な性質があります。これを芸能人が受賞したときの衝撃は、純粋に又吉さんだけが見せた新たな光景で、文学賞界におけるその価値は、途轍もなく大きいものでした。


 実際、「ベテラン作家の傑作が受賞する」よりも、「芸能人や有名人、外国人が受賞した」ほうが、(作品の出来不出来はさておき)盛り上がるんですよね、文学賞って。芥川賞の選評も、村上龍さんや山田詠美さんは、「ダメ出し」をするときのほうが、活き活きしているようにすら感じられるのです。
 「芸人が芥川賞を獲ることの是非」なんて、作品本位でいえば、関係ないはずなのだけれど、そういうことが話題になれば、賞に注目が集まるし、本も売れる。文学賞には、本を売るためのプロモーション、という側面もあるのですから、有名人の作品を選ぶのは、けっして間違ってはいないのです。
 個人的には「それでも、『KAGEROU』は、さすがにどうかと思う」のですけど。


 この本のオビには、「次は、星野源だろ(笑)」って書いてあるのですが、これ、(笑)じゃないような気がします。


芥川賞物語 (文春文庫)

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直木賞物語 (文春文庫)

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