琥珀色の戯言

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【読書感想】死ぬほど読書 ☆☆☆

死ぬほど読書 (幻冬舎新書)

死ぬほど読書 (幻冬舎新書)


Kindle版もあります。

死ぬほど読書 (幻冬舎新書)

死ぬほど読書 (幻冬舎新書)

内容紹介
もし、あなたがよりよく生きたいと望むなら、「世の中には知らないことが無数にある」と自覚することだ。すると知的好奇心が芽生え、人生は俄然、面白くなる。自分の無知に気づくには、本がうってつけだ。ただし、読み方にはコツがある。「これは重要だ」と思った箇所は、線を引くなり付箋を貼るなりして、最後にノートに書き写す。ここまで実践して、はじめて本が自分の血肉となる。伊藤忠商事前会長、元中国大使でビジネス界きっての読書家が、本の選び方、読み方、活かし方、楽しみ方を縦横無尽に語り尽くす。


 ベストセラーになっているこの新書なのですが、読みながら、僕はずっと考えていました。
 これって、何の本なんだろう?って。
 伊藤忠という超有名商社を思い切った手法で建て直し、中国大使も務めた著者の「読書論」なのですが、書かれているのは「本を読んだほうがいい」「読む本は、人それぞれ好みや本を読むスキルも違うから、読みたいものを読むべき」「自分はハウツー本やベストセラーに興味はない」というようなことで、「なんか当たり前のことばっかりだなあ」って感じなんですよ。
 もちろん、奇を衒って「1年に1000冊!」とかいうような本より良心的ではあるのですが、「ダイエットをするには、食事療法を守ることと適度な運動」とだけ書いてあるような「ダイエット本」みたいな、「言う通りなんだけど、わざわざ買って読むほどのことがあるのだろうか……」と疑問にもなるのです。
 そもそも、「読書本」なんていうのは、ある意味、著者の趣味を押しつけるのが「差別化ポイント」でもあるわけで、「みんな読めるもの、好きなのを読んでいいですよ」と言われると、「はいそうですか」としか言いようがありません。

 私は先頃、新聞に載っていた読者のある投稿を見て、驚きました。それは21歳の男子大学生による「読書はしないといけないものなのか?」ということを問うた内容のものでした。
 本は読まないといけないものなのか?
 そんな疑問を抱くこと自体、私にとっては信じがたかったのです。読書の意義など、わざわざ探ったり、説明したりしなくても当然わかるはずのもの。それは常識以前の常識であって、空気を当たり前に吸うのと変わりないもの。少なくとも私はそんな認識を持っているので驚いたのです。


 ちなみに、著者は、直接「本を読まないといけないの?」と聞かれたら、「読む、読まないは本人の自由なんだから、本なんて読まなくていいよ」と答えるそうです。
 こういう人は、アルバイトや勉強に精を出せばいい。
 でも、読書の楽しみを知っている人は、説明しなくても、本を読むことの意味はわかるでしょう?と。

 
 著者のものの考え方とか、会社経営のエピソードなどは、なかなか面白いな、と思うんですよ。

 私は商社マン時代に情報のクオリティがいかに重要か、幾度も身をもって知りました。入社して間もなくニューヨーク駐在に赴く折、幹部役員であった瀬島龍三さん(1911〜2007年)からもらったアドバイスが忘れられません。
 瀬島さんは太平洋戦争時の大本営陸軍部の作戦参謀だった元軍人です。11年間のシベリア抑留を経て、47歳のときに伊藤忠商事に入社し、伊藤忠を総合商社に発展させた功労者です。その瀬島さんは私にこういいました。
「もし問題が起こったら、すぐ飛行機に乗って現地に行きなさい。お金なんか気にしなくてもいい。それで会社から文句をいわれるなら、私にいいなさい」
 商社マンは一次情報を一刻も早く得ることが、とても重要だと教えてくれたのです。これは日本軍の大本営作戦参謀であった瀬島さんの「すべては現場に宿る」という自戒的教訓からきた言葉だと思います。


 昔も今も、いや、ネットなどで、遠い場所の情報も簡単に入手できるようになったと思いがちな今だからこそ、「一次情報」の重要性は高まっているように僕には思われます。
 自分の目や判断だけに頼っては危険だけれど、他人の言葉を盲信することには、慎重になったほうがいい。


 著者が、芥川賞を「小説界最高峰の賞」と仰っているところなどは、「いや、芥川賞って、『新人賞』みたいですよ」って言いたくなります。

 でも、面白いとか感動したといった作品は、そうそうありません。少し前にはお笑い芸人が書いた小説や、コンビニを題材にして芥川賞をとった小説がよく売れたようですが、正直、面白いとは感じませんでした。


 うーむ、僕が最近の芥川賞受賞作のなかで、面白いと思ったのが、その「お笑い芸人が書いた小説」や「コンビニを題材にした小説」だったんですよね……こりゃ気が合わないや。
 僕は商社マンには向いてないんだろうな……医者にも向いてないとずっと思っているけど……


 著者は本当に「デキる人」で、ゴルフもレッスンに通って身体に覚えさせるのではなく、教本を読んで、理論と照らし合わせながら試行錯誤することによって、「日課だった朝の散歩のときに5番アイアンを持って歩き、公園で軽くスイングをする程度」で、シングルプレイヤーにまで登りつめておられます。
 すごいです。僕も昔、ちょっとだけゴルフをかじったことがあるのですが、教本に何が書いてあるのかさえ、理解できませんでした。
 そして、頭ではわかったつもりでも、身体がまったくついてこないのです。


 あと、「他人の失敗談は役に立たない」という話は、興味深いと感じました。

 私は伊藤忠の業務部長時代、会社の失敗事例を集めてもらったことがあります。
 過去の失敗から社員が教訓を学ぶよう編纂されたものですが、私にはまったく教訓になりませんでした。すべてに目を通しましたが、失敗は当然という感想しか持てませんでした。
 何か失敗をしたときに、「たしか教訓集にこれと似た事例があったな」と思い出すようなこともなければ、たとえ思い出しても、時代も環境も状況もみな違うので、そのまま当てはめて役に立つこともないでしょう。
 そもそも人間は愚かな生き物です。さまざまな人の失敗事例をマスメディアなどを通して見ているにもかかわらず、それによって自らの失敗が減っている様子はありません。無謀な投資や粉飾決算が原因で倒産した会社がどれほど報道されようが、相変わらず思慮の足りない投資や経費のごまかしをする会社は後を絶たない。価値観の違いから離婚する夫婦のケースをたくさん見知っていても、価値観のズレをどう埋め合わせればよいかわからず、離婚に至る夫婦はごまんといる。
 つまり、人は他人の失敗を見て、自分もそうならないようにしようと気を引き締めることはあっても、それ以上に役立つことはあまりないと思います。
 自分の失敗ですら、たいして教訓にならない。こんな失敗は二度とするまいと思っても、”喉元過ぎれば熱さを忘れる”で、同じような失敗のコースをたどりかけながら気づかなかったりするものです。自分の失敗ですらそうなのですから、まして他人の失敗や教訓など、推して知るべしです。


 では、人の失敗事例が役に立たないとすれば、仕事で大きな失敗をしないためにはどうすればいいか?
 人間は失敗をする動物です。もっともいい方法は、絶えず「小さな失敗」をしていくことだと私は思っています。


 著者は「人間は失敗する」ということを前提に、小さなことでも見逃さず、仲間で「ヒヤリ」「ハット」を共有し、お互いに責め合うのではなくて、芽のうちに修正や改善をしていくことを勧めています。
 この人は、読書家、というより、きわめて優秀な実務家であり、読書は気分転換みたいなものなのかな、とも感じます。
 「書痴」の読書論やブックガイドって、本好きにとっては面白いのだけれど、「本というものが好きでたまらない」人って、あんまり上手く生きられていないような気もするんですよね。
 

水曜日は狐の書評 ―日刊ゲンダイ匿名コラム (ちくま文庫)

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