琥珀色の戯言

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【読書感想】人生にゆとりを生み出す 知の整理術 ☆☆☆

人生にゆとりを生み出す 知の整理術

人生にゆとりを生み出す 知の整理術

内容(「BOOK」データベースより)
超めんどくさがりやが編み出した、効率的な学び方全部のせ!


 あのphaさんが書いた「知の整理術」か……
 頭が良い人であることは百も承知なのだけれど、正直、これを読みながら「知」って何なのだろうな、と考えずにはいられませんでした。
 phaさんは、いまの時代を象徴するような、新しい生き方を摸索している人だと思う。
 でも、僕の価値観からすると、「phaさんって、こんなに頭が良い人なのに、自分の『知力』を暇つぶしや小銭稼ぎのためにしか使っていない」ようにも感じるんですよね。
 もったいないよなあ、って。
 本人にとっては、まさに「余計なお世話」であり、知力があるからこそ、ニート(というより、もうすでに作家だとしても)でも生活していけるのだろうし、そもそも、「知」というのは、「何かの役に立てるためにだけに、あるものではない」のかもしれません。
 本物の知者というのは、俗世に染まるのを潔しとしないのだろうか。

 僕は小さい頃から、ほとんど何かをがんばったことがない。
 自分が人より根性や体力がないのには自信がある。みんなで一緒に何かをすると、いつも一番先に、「疲れた」とか「だるい」と言ってサボり出すタイプだ。
 決して勤勉じゃないし、決まった時間に起きられないし、部屋も散らかっているし、ちょっと活動するとすぐに横になって休んでしまう。
 だけど、そんな僕が今までの人生で、京大現役合格をしたり、会社を辞めて無職になってからもブログが人気ブログになって、5年間で5冊の書籍の出版に至ったり、シェアハウス「ギークハウス」の運営を10年間続けているなど、大体のことはなんとなくやっているうちにうまくいった。
 うまくいった理由はたぶん、「人より我慢強さがないからこそ、しんどいことを避けてうまくやるやり方を知っていた」から。そして、たまたま人生の早い段階で、「勉強を楽しむやり方を身につけることができた」からだ。


 phaさんはすごい人だと僕も思うのです。
 でも、こうして、自分自身で、「こんなすごいことをやってきたんですよ!」とアピールされると、「こんな本を書いて、読んだ人が『こんなふうになりたい』と思うほどすごいことをしてきたのか?」と言いたくなるんですよね。
 ネット発の「自分はこんなにすごい」アピールでお金を稼ごうとしている人の大部分は、僕にとっては「なぜ、この人はそんなに自信を持っているんだろう?たいしたことなんてやってないのに」という存在なのです。
 もちろん、「僕なんてすごくないです」って書いても本は売れないでしょうから、営業上しかたないところはあるんでしょうけど、この本に書かれている整理術というのは、そういう本をこれまでたくさん読んできた僕にとっては、そんなに珍しくも斬新でもありません。

 本というのは、すべて世界ではじめてのことを書かなければならない、というわけではないし、こういう「読みやすくまとまっていて、1時間くらいでわかったような気分になれる」という内容には、いつの時代にもニーズはあるとは思います。
 こういう本にいままで接してこなかった人が、phaさんの名前で興味を持って、勉強してみようかな、という気持ちになってくれれば、意義は大きいですよね。


 ただ、「勉強を楽しめるかどうか」というのは、幼少期、それも3歳以下とか、かなり幼い時期の環境がけっこう重要だとされていますし、僕の人生経験上、「勉強というのものが、どうしても肌に合わない人」というのも、少なからずいるんですよね。
 それは、僕にスポーツ一般が縁遠いのと同じように(観戦するのは大好きなんですが)。
 

 まず、僕が何かを勉強する際に大事だと考えている軸がある。
 それが、次の3つだ。

その1 「習慣の力」でやる
その2 「ゲーム感覚」でやる
その3 「楽しいことだけ」やる


 コレから勉強法を説明していく前に、大前提となる考え方だ。
 これらを一つずつ紹介していきたい。


 周りに勉強している人が多い環境に置かれていると、この3つは、言われなくても感じ取っていることが多いのではないかと思います。
 人生とは「めんどくさい」との闘いである、というのは、ものすごく身につまされるところがあるのだよなあ。
 

 偉そうなことばかり書いてきましたが、この本を読んでいて痛感するのは、僕は自分や人生というものに、感情移入しすぎているのかもしれないな、ということでした。

 まず、楽しむためには「余裕」が必要だ。
 すごく気持ちがいっぱいいっぱいな状況だと、楽しむなんてことをやっているヒマはない。何かを楽しむためには、一歩引いた視点から状況を冷静に見るようなことが必要だ。
 なかなか余裕を持ちにくいときには、僕は自分自身が宇宙人か未来人だと想像するようにしている。
 自分は本当は今の地球よりももっと文明が進んだ宇宙とか未来の人なんだけど、ヒマ潰しにパーチャルリアリティの世界で21世紀の地球人の人生を仮想体験しているだけ、見たいに考えるのだ。
 人生で苦境に陥っているときも、「なかなか難しい戦局だな、この状況でできるだけ被害が少ない最善手を指すにはどうしたらいいか」とゲーム感覚で考える。

 
 なんかムカつくやつがいたとしても、「ほほー、21世紀の地球ではまだこんな野蛮なAIが動いているのか、当時の人間は大変だったんだな」と思うと、少し許せるような気がする。
 そうしたメタ的な視点から現状を見てみることで、少し気がラクになってゲーム感覚で冷静に状況を判断できる。
 他にも、「自分は2年前のあの日に死んでいたはずで、今生きているのはボーナスステージ的なオマケだ」と思ってみるのも有効だ。自分がもともと死人だと思えば、怖いものはない。


 しょうもない……とか、そんなこと思えないよ……などとツッコミを入れたくなるのですが、何か悩み事があったり、つらい状況のときって、そのことしか考えられず、視野が狭くなって、自分を追い詰めて選択肢を減らしてしまいがちです。
 これを思い出して、「メタな視点から見てみる」ことができれば、とりあえず、一息つけるし、「こういう状況に陥っている(いた)のは、自分だけではないのだ」ということもわかります。
 知識というのは、自分を客観視する能力を育てるために役に立つのです。


 phaさんは、〆切や予定はちゃんと守るほうなのだそうです。

 それは、がんばっているというよりも、自己評価が低いというか、自分のダメさを多めに見積もる癖があるからだと思う。
 僕は他の人に比べて、肉体や精神の持久力や安定性がすごく低くて、すぐにバテたり疲れたりしてすべてが嫌になりやすい。
 だから、予定を立てるときはいつも余裕を多めに取るようにしている。
 仕事や遊びの誘いも、「予定は空いているけれど、体力がなくてだるいから」という理由で断ることが多い。そのせいで収入や人との交流が減ったりもするけれど、「それは自分の限界だからしかたない」と考えている。
 スケジュールを守るために一番大切なのは、仕事をすごいスピードでこなす能力ではなくて、見栄を張らずに自分のありのままのダメさを認められる心の強さなのだ。
 実際よりもちょっとダメなくらいに自分のことを見積もっておいたほうが、予定にも余裕ができるし、他人にも「謙虚な人だ」とか思われるのでトクだ。


 「スケジュールを守るために一番大切なのは、見栄を張らないこと」
 これは至言だなあ。
 僕はあれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、と焦ってばかりで、結局どれも中途半端に終わってしまうことがよくあるので、身につまされました。
 
 
 読んでいるあいだは、「phaさんは、知の無駄遣いをしているのではないか?」なんて考えていたのです。
 読み終えてみると、「知というものを、大きなものだと考えすぎていると、かえって腰が重くなるばかりなのだな」とも感じます。
 知や人生なんて、無駄遣いしても良い、という余裕を持って生きられたら、僕ももう少し生きやすくなるのかな。


ひきこもらない (幻冬舎単行本)

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