琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い ☆☆☆☆

黙殺 報じられない“無頼系独立候補

黙殺 報じられない“無頼系独立候補"たちの戦い


Kindle版もあります。

内容紹介
落選また落選! 供託金没収! それでもくじけずに再挑戦! 選挙の魔力に取り憑かれた泡沫候補(=無頼系独立候補)たちの「独自の戦い」を追い続けた20年間の記録。2017年 第15回 開高健ノンフィクション賞受賞作。【目次】第一章 今、日本で最も有名な「無頼系独立候補」、スマイル党総裁・マック赤坂への10年に及ぶ密着取材報告。/第二章 公職選挙法の問題、大手メディアの姿勢など、“平等”な選挙が行なわれない理由と、それに対して著者が実践したアイデアとは。/第三章 2016年東京都知事選挙における「主要3候補以外の18候補」の戦いをレポート。


 人はなぜ、選挙に出るのか?
 議員ともなれば、それなりの社会的地位や報酬も得られるので、なりたい人は、少なからずいるはずです。
 みんなの「代表」として国や地方自治体を動かす、ということに、ロマンを感じる人も多いでしょうし。
 選挙には、「きわめて当選の可能性が低そうな候補者」が出馬してきて、珍妙な公約を政見放送で流し、ネットをざわめかせることがあるのです。
 彼らが選挙に出るのは「売名行為」なのか、それとも、「供託金を没収されても、アピールしたいことがある」のか、「思い出づくり」か、あるいは「本気で当選する可能性があると信じている」のか?

 ここで一つの数字を紹介したい。
「97%対3%」
 これは2016年7月31日に執行された東京都知事選の際、民放テレビ4社の看板ニュース番組が立候補者たちの報道に割いた放送時間の割合だ(7月18日〜22日、幸福実現党による調査)。
 21人が立候補したが、97%は「主要3候補(小池百合子増田寛也鳥越俊太郎)」、3%は「その他の18候補の合計」である。NHKではこの割合が「54%対46%」になるが、それでも「その他の18候補」の扱いは「主要3候補」に及ばない。
 私はフリーランスライターとして、20年近く選挙の取材を続けてきた。その際、できる限りすべての候補者に接触を試み、彼らの活動や掲げる政策を一人でも多くの有権者に届けようとしてきた。
 なぜか。
 それは、すべての候補者が同額の、決して安くはない供託金支払い、対等な立場で立候補しているからだ。
 選挙報道に関わる者のスタンスには様々なものがあると思うが、私は立候補者の主張を可能な限り平等に有権者に伝えることが、その任務を負った者のスタート地点であると考えている。また、「多様な選択肢」をあらかじめ切り捨ててしまうことは、社会にとって「もったいない」とも感じている。


 著者は、20年以上も選挙、それも、大手メディアに「黙殺」されがちな無頼系独立候補(「泡沫候補」という言いかたに反発して、著者は彼らをこう呼んでいるのです)を中心に取材してきたそうです。
 あまりお金になる取材ではない、ということもあって、家族の生活のために、アルバイトをしながら、という時期もあったのだとか。
 “無頼系独立候補”たちは、エリートや二世議員ではありません。
 借金をして供託金をなんとか準備して出馬しても、演説をしていれば避けられ、マスメディアから黙殺される。
 “無頼系独立候補”のほうに、自らを重ねる人も少なくないはずなのに、選挙をやってみると、やっぱり「よくわからない人は不安」だから、大きな政党が支持している候補者や有名人に票が集まるのです。


 ただ、僕はこの本を読んでいて、著者が「どうせ当選しない、非現実的なことを言っている人」を「選挙に出る勇気がある」というだけで、過剰に持ち上げすぎているのではないか、とか、「選挙に出ていれば『変な人』を面白おかしく採りあげることができる」というだけではないのか、とも感じたんですよ。


 2014年に行われた東京都知事選に出馬した、中川智晴さんの街頭演説の取材より。

「何を聞いているんですか?」
「『世界に一つだけの花』」
 中川は鼻歌交じりに車からトラメガと傘を取り出すと、ハチ公前の歩道をリズムに乗りながら行ったり来たりした。
「どうしたんですか」
「どの場所がいいかと思って」
 その時、ハチ公前のビルに設置された大型スクリーンに、偶然、SMAPの映像が映し出された。中川が以前、「応援に来てもらいたい」と言っていたことを思い出す。その映像を見た中川は、嬉しそうに口元を緩ませてこう言った。
「じゃあ、始めます」
「どうぞ」
 中川は「休め」の姿勢を取ると、左手で傘を差し、顔を斜め45度に落としてポーズを取った。まるでSMAPが歌う前のポーズを
決めているようだ。そして右手に持ったトラメガを一度大きく天に突き上げた後、SMAPが映るビルに向かってこう叫んだ。
「キムラ~~! タクヤッ! さんっ!」
 中川は敬称を略さなかった。
「ナカガワ~ッ! トモハル~ッ!」
 小雨の中、傘を差して歩いていた人たちが、ピクッとして中川の周りを避けて歩いていく。
「わかるかぁ~!」
 避けて通るどころか、Uターンして逃げていく人もいた。
「キムラ~! タクヤ~!」
 SMAPのメンバー、木村拓哉氏に呼びかけているようだ。
「聞こえるか~~!」
 中川はトラメガをくるくると回し、決めポーズを取りながらどんぶり勘定政策やトップガン政治を力説した。しかし、最初の一言に力が入りすぎて音が割れてしまうため、なかなか聞き取れない。通り過ぎる人が中川の一言一言にビクッ、ビクッと驚く様子が、私の撮影した動画には残っていた。


 こういうのを書けるのって、「選挙活動だから」であって、そうでなければ、この人をメディアで「晒す」のはためらわれるのではないでしょうか。
 これで、投票しようという人がいるのか?
 それでも、著者がみてきたほとんどの選挙で、出馬した候補には、主要候補には遠く及ばないものの、それなりの数の票が投じられてきたそうです。
 「まさか当選しないだろう」と面白半分に投票してみる人もいるのかもしれませんが、投票する側にも、けっこう多様性がある、ということなのでしょう。
 「一般的な選挙活動」とされている、街頭演説や選挙カーでの名前の連呼だって、多くの有権者からすれば「ありきたりのことを言っているか、単にうるさいだけ」だと思います。
 「震災が東北でよかった」なんていう議員が存在するということを考えると、大きな政党に公認されているから、立派な人だとはかぎりません。
 地方議会の選挙でもなければ、候補者がどんな人かなんて、「印象や世間の評判」で判断するしかないですし。
 たぶん、「見かけは良いけど……」という人もいれば、「愛想は悪いけど、優れた人」だっているはずなんですよね。


 正直、この本に出てくる“無頼系独立候補”たちは、面白すぎる人たちで、さすがにこの人たちが都知事になるのはどうなのか……とは思うのです。
 まあでも、舛添さんも猪瀬さんも小池さんも、ねえ……舛添さんの数々の公費の私的使用についての言い訳なんて、噴飯ものではあったし。

「選挙は誰でも出られる」という言説は現実的には誤りだ。選挙に出るためには、それまでの社会的地位を失うというリスクが伴う。そのリスクを乗り越えたとしても、今度は経済的なハードルが待ち受けている。日本では、「供託金」という前払金を払わなければ選挙に立候補できない仕組みになっているからだ。
 供託金は、当選するか、もしくは有効投票数の1割を獲得するなど、一定の条件を満たさないと返還されない(複数の当選者がいる議会選挙などの場合はその割合は変わる)。日本は選挙公営(選挙運動費用を税金で負担する制度)だが、供託金を没収された候補はビラなどの印刷費も個人負担しなければならない。そして日本の供託金は世界でも類を見ないほど高額だ。
 たとえば衆議院の選挙区、参議院の選挙区、都道府県知事選は300万円・政令指定都市の首長選の場合は240万円。国政の比例で選挙に出ると600万円もかかる。この高額な供託金が立候補の機会を奪っているとして、今、東京地裁で裁判が行われている。
 それでは他の国はどうなのか。調べてみると、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカなどのように、供託金制度そのものがない国が大半だ。日本人にとってなじみのある国で供託金制度がある国でも、イギリスが7万5000円程度、カナダが9万円程度、オーストラリア(下院)も9万円程度にすぎない。高いといわれる韓国でも150万円程度である(2017年10月2日のレートで換算)。
 かつてはフランスにも供託金制度があったが、その額は上院で200フラン(約4000円)、下院で1000フラン(約2万円)と日本に比べれば微々たるものだった。しかし、フランスではその額ですら批判の対象となり、1995年に供託金制度は廃止された。


 300万円必要で、大きな政党の支持がなければそのお金はまず戻ってこないし、「泡沫候補として選挙に出た人」は、ご近所からは後ろ指をさされる……
 あまりにも大勢の人が選挙に出てきたら、運営しきれない、という怖れもあるのでしょうけど、諸外国ではこの供託金が不要、もしくは安価でも十分やっていけているのですから、日本でも、300万円は高すぎると思います。
 おかげで、「大政党の後ろ盾がある没個性な人」か「供託金没収覚悟で政見放送でアピールすることを目指す捨て身の候補」しかいない、そんな選挙ばかりになってしまっているのです。
 東京都知事選には、まだ“無頼系独立候補”が出馬してくるけれど、地方の知事選なんて、やる前から当選確実な人vs共産党が立てた候補者、なんていう選挙がたくさんありました。
 既成政党は信頼できない!なんて言いつつも、“無頼系独立候補”は何をやるかわからないので怖い、と考えている人も多いはず。というか、僕はそう感じてしまう。
 選挙って、誰が勝つか、というよりも、世の中を良くするためのもののはずなのに、なかなかうまくいかないものだな、と考えさせられます。


 この本を読んでいると、“無頼系独立候補”たちも、候補者として活動していくうちに、どんどん「成長」していくということもわかるんですよね。
 だから、“無頼系独立候補”たちは、けっして「おかしな人たち」ではなくて、主要候補者との違いは、政治という舞台での場数や経験だけなのかもしれません。
 政治家が育たないのは、みんなが候補者を、政治に携わろうとしている人たちをバカにしている国だから、そんな気もするんですよね。


fujipon.hatenablog.com

映画「立候補」 [DVD]

映画「立候補」 [DVD]

映画「立候補」

映画「立候補」

アクセスカウンター