琥珀色の戯言

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【読書感想】労働者階級の反乱~地べたから見た英国EU離脱~ ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
2016年の英国EU離脱派の勝利。海外では「下層に広がる排外主義の現れ」とされたが、英国国内では「1945年以来のピープル(労働者階級)の革命」との声も多かった。世界で最初に産業革命、労働運動が起きたイギリスでは労働者こそが民主主義を守ってきた。ブレグジットは、グローバル主義と緊縮財政でアウトサイダーにされた彼らが投じた怒りの礫だったのだ――。英国在住の注目の著者がど真ん中から現状と歴史を伝える。


 2016年のイギリスのEU離脱とアメリカでのトランプ大統領の誕生は、「排外主義の伸張と世界の右傾化の象徴」だと言われています。
 僕もトランプ大統領が誕生した日には「自分はいま、歴史の転換点に立ち会っているのだ」とトランプ的なものを支持しているわけでもないのに、ずっとテレビにかじりついていたんですよね。
 諸外国で移民排斥を主張する政党が勢力を増してきていることもあり、日本からみれば、「一連の流れ」「世界の潮流」のようにみえるのですが、イギリスに長年在住し、現地の労働者階級が多く住む街で生活してきた著者は、アメリカとイギリスて起こったことは、必ずしも「同じ」ではないのだ、と述べています。

 実際、家族も、知り合いもない異国の地に一人でやってきて、仕事をみつけたり、出産したり、育児したりしながら生活していくのだから、それは困ったことや途方に暮れることの連続であり、そういうときにわたしを助けてくれたのは、近所の人々であり、配偶者の友人たちやそのパートナーたちのサポートの輪だった。彼ら無くして現在のわたしはいないと言ってもいい。わたしが生まれ育った国の人々に比べると、なんだかんだ言っても彼らはとても寛容で、多様性慣れした国民だと切実に感じていた。
 ところが、である。
 EU離脱投票で離脱派が勝利した瞬間、彼ら英国労働者階級の人々は、世界中から「不寛容な排外主義者」認定されてしまった。投票結果分析で、英国人労働者階級の多くが離脱票を投じ、彼らこそがブレグジットBrexit=EUからのイギリス脱退)の牽引力になっていたことが判明したからである。
 だからといって、白人英国人の労働者階級の人々がみな離脱派だったと決めつけるのは短絡的だし、差別的ですらある。が、実際、わたしの周囲では、1人か2人の例外を除き、全員が離脱票を投じていた。
 えらいこっちゃ、と思った。


 僕はトランプ大統領の支持者たちに取材した本もけっこう読んだのですが、彼らもまた、過激な差別主義者や移民を暴力的に排斥したい、というわけではなくて、真面目に働いているのに、自分の暮らし向きや立場がどんどん右肩下がりになっていくことに行き詰まりを感じている人々でした。
 メディアでとりあげられがちな、「わかりやすい差別主義者」なんていうのは、たぶん、そんなに多くはないのです。
 少なくとも、アメリカの有権者の半分がそういう過激な思想を持っているわけではなさそうです。


 著者は、自分自身の経験だけでなく、日本ではあまり掘り下げられていない、現地のメディアでの報道をあわせて考察しています。
 「自分の感覚だけで完結させていない」のが、この本の長所なんですよね。


 イギリスのEU離脱トランプ大統領の誕生について。

 確かに、高齢者がブレグジットやトランプに票を投じ、若者はそうしなかったところは似ている。
 だが、相違する点がある。英国のブレグジットが、「労働者たちの反乱」といわれるほど労働者階級の人々に支持されたのに対し、米国のトランプ大統領は、じつは貧しい層には支持されなかったことが明らかになっているのだ。
 米国では中流から上流がトランプ政権誕生を支持し、貧しい層はクリントン支持のほうが多かったことが明確に数字に表れているが、英国では、裕福な層ほど残留を支持し、貧しい層は離脱を支持していた。これを見比べれば、ブレグジットは「貧しい労働者階級の反乱」だったといえるかもしれないが、トランプ現象にそうした側面があったとはいいづらい。

 ブレグジットとトランプ現象が本当に似たような現象だったとすれば、トランプは、EU離脱派の英国人にも支持されているはずである。トランプ本人が自らを「Mr.ブレグジット」と呼び、「EU離脱の投票で離脱派が勝ったのだから、自分も絶対に大統領選で勝つ。これは時代の必然だ」と選挙戦で語っていたことは有名なのだから。
 しかし、じつはトランプ大統領は、英国では一貫して人気がなかった。実際、わたしの周囲にいる離脱派の労働者たちも、「あれはダメだ」と口をそろえて言っていた。2016年8月(EU離脱投票の2か月後)の「YouGov UK」(英国の市場調査会社)の世論調査では、
「トランプに非常に好感を持っている」と「どちらかといえば好感を持っている」を合わせた数字は、わずか8%だった。EU離脱キャンペーンの核となった右翼政党UKIP(英国独立党)の支持者なら、ほぼ全員がトランプ支持でも良さそうなものだが、同党の支持者のみの調査でさえ、「非常に好感を持っている」と「どちらかといえば好感を持っている」を合わせても49%。半分にも満たない。


 他国からは「似た者同士」のように思われているけれど、当事者は「あいつらとは違う」と考えているのです。

 英国のEU離脱投票で、離脱に入れた人々の最大の関心事は「移民問題」だったという調査結果が出ているが、2番目は「NHS(National Health Service 無料の国民保険サービス)」だった。投票前、テレビの討論番組などを見ていても、観客席の人々からは、「EUからの移民が増えすぎている」「EU移民を制限しないと」という意見がさかんに出ていたが、それらは移民そのものに対する不安は憎悪というよりは、「移民が増えて病院の待ち時間が長くなっている」とか、「移民が増えて公営住宅が足りなくなっている」「移民が増えすぎて英国人の子どもが近所の学校に通えない」というように、必ずといっていいほどインフラ不足や公共サービスの質の低下への不満とセットになっていた。
 これは重要なことで、英国の人々が排外的になっている理由を示していると言っていいと思う。
 英国は、もともと移民を受け入れてきた歴史を持つ国であり、日本のような国とは違って、中高齢者だって、若い頃から近所に移民が住んでいたり、移民と交際や結婚をしたり(右翼政党UKIPのファラージ党首でさえ、妻はドイツ人だ)、一緒に仕事をしてきた経験は持っている。そもそも、英国人がそんなに排外主義的な傾向を持つ国民なら、英国は今のような国にはなっていないだろう。
 ブレグジットの背景には、保守党政権が2010年から増進してきた強硬な緊縮財政政策があったことを見逃すわけにはいかない。


 経済的に右肩上がりで、インフラや公共サービスが充実しれば、大部分の人が寛容でいられるし、生活が苦しくなれば、「何かのせい」にしたくなる、あるいは、自分たちより優遇されているようにみえる人たちに苛立ちを感じるものなのでしょうね。
 そういう点では、アメリカでハリウッドスターやセレブやお金持ちたちが民主党を支持すればするほど、「恵まれた人たち」への反感もつのっていったように思われます。
 2010年に労働党から13年ぶりに政権を奪還した保守党は、「不景気は労働党政権の浪費のせい」だとして、超緊縮財政政策を行ったそうです。
 「このままでは、イギリスがギリシャのようになってしまう」と国民にアピールし、予算を削減した結果、数十万人の公務員が解雇され、公共サービスが縮小された結果、国立病院が相次いで閉鎖されたり、公立学校の教員が激減し、大学の授業料が上がり、福祉が削減され、という状況になったところに、移民がどんどん入ってきて、公共サービス利用者が増えていく……
 そりゃ何か言いたくなるのも、わかるよなあ。


 そこで、日本の有権者(というか僕)のように、「どうせ、どこが政権を取ったって、たいして代わり映えしないから、せめて、改革!とか、リセット!とか言う連中に、これ以上引きずられないようにしよう……」なんて投げ出してしまわないのが、英国労働者のプライドなんですね。
 彼らはまだ、自分たちには政治を変える力がある、と信じている。


 著者の知り合いの1955年生まれのサイモンさんという労働者は、こんな話をしています。

「勘違いしないでほしいが、俺は移民は嫌いじゃないんだよ。いい奴もいるしね。嫌な奴もいるが。そりゃ英国人だって同じだ。
 ……俺は英国人とか移民とかいうより、闘わない労働者が嫌いだ。黒人やバングラ系の移民とか、ひと昔前の移民は……この国に骨を埋めるつもりで来たから、組合に入って英国人の労働者と一緒に闘った。でも、EUからの移民は、出稼ぎで来てるだけだから、組合に入らない。
 この国の労働者たちの待遇改善なんて彼らにはどうでもいい。自分たちが金を稼げて、本国にそれを持って帰って家のローンを終わらせれば、それでOK。労働者の流動性は組合の力を弱めたと俺は思うね」


 僕は社会主義者じゃありませんし、日本が共産主義国になってもらいたいとは全く思いませんが、その一方で、「共産化の恐怖」がなくなってしまった時代には、労働者は、限界まで搾取されてしまうのではないかという気がしています。
 そういう意味では、冷戦時代の資本主義側の労働者というのは、危ういバランスの上ながらも、かなりの恩恵を受けていた、とも言えそうです。

 英国の場合、学校教育の場が、高額授業料の私立校と授業料無料の公立校であるため、富める家庭の子どもと労働者階級の家庭の子どもが受ける教育の質が違うという事実は昔からあったのだが、現代では無料の公立校のあいだにも、凄まじいほどの格差が存在している。成績優秀な公立校の近所の地価は上がり、高級住宅街になっていくため、収入による地域の棲み分けが完成してしまっている。
 労働者階級の人々が多く住んでいる公営住宅地の学校に通っている子どもたちは、高級住宅街の優秀な学校に通っている子どもたちとの接点がなく、まるでパラレルワールドを生きているような状況になり、これは「ソーシャル・アバルトヘイト」という言葉で表現されているほどだ。
 この状況は、いたずらに社会の分断を生むばかりか、労働者階級の子どもたちと中流・上流階級の子どもたちの権力格差を生み、若者たちの機会不平等を定着させていると指摘されている。が、この状況は改善されるどころか、いっそう激化している。


 著者は、巻末で、「EU離脱の背景にあったもの」として、こう述べています。

 2016年のEU離脱投票の後、わたしも離脱派の勝利の背景には緊縮財政があると書いたのだったが、日本の多くの人々は、「欧州の危険な右傾化」と「ポピュリズムの台頭」が原因であるというところで止まってしまい、「緊縮が理由などと書くのは、右傾化した労働者階級を擁護することになり、レイシスト的だ」と苦情のメールも来た。
 しかし、それまでは気にならなかった他者を人々が急に排外し始めるときには、そういう気分にさせてしまう環境があるのであり、右傾化とポピュリズムの台頭を嘆き、労働者たちを愚民と批判するだけではなく、その現象の要因となっている環境を改善しないことには、それを止めることはできない。
 こうして英国の労働者階級の歴史を100年前から振り返るだけでも、どういうときに彼らが排外主義的になったり、それがおさまったりするのかがわかるし、コービン(とその師、トニー・ベン)やホランドなど、サッチャーの緊縮政治に強固に異を唱えていた政治家たちが、再び時代のキーパーソンとして浮上してきている構図も見えてくる。
 歴史には、現在につながる伏線が必ずあるのだ。


 移民バッシングの盛り上がりを、モラルの低下だけが原因だと思い込んでいては、本質を見誤るし、問題を解決することはできない、ということなのでしょう。
 逆に、経済の問題が、移民問題にすり替えられていると考えてみたほうが、良いのかもしれません。
 とはいえ、そう簡単に、今の世界で、高度成長が実現できるとも考えにくいですよね。
 日本のように、人口がどんどん減っていき、人件費も高い国はなおさら。
 

 面白い本なので、ぜひ、読んでみてください。
 わかりやすくまとめられた本やテレビ番組からはこぼれ落ちてしまいがちな「人々の声」があるのだ、ということを再認識させられます。


fujipon.hatenadiary.com

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